伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

「白鳥の湖」の騒動が起きたのは公演前

『ヌレエフ』P.258:
そして最悪な事態が起きた。一九八四年一二月“白鳥の湖”の改訂版の公演が大騒動で中断し延期になったのだ。
Meyer-Stabley原本:
Mais le pire est à venir, la nouvelle production, en décembre 1984, du Lac des cygnes, précédée d'intermèdes houleux.
Telperion訳:
しかし最悪の事態はこれからだった。それは1984年12月の「白鳥の湖」の新作で、その前に大騒ぎの幕間劇が演じられた。

ヌレエフが新解釈の「白鳥の湖」をパリ・オペラ座バレエで初演したときのこと。

公演を中断するのでなく公演に先行する騒ぎ

原本では「白鳥の湖」の新作が「騒々しいintermèdesに先立たれた」(précédée d'intermèdes houleux)と書いてある。intermèdeの意味は「幕間の出し物」「中断、小休止」だが、ここで具体的に何を指すのかは、この文だけでは何とも言えない。確実なのは、intermèdeが指すのが何の騒ぎであれ、新作より前に起こったということ。だから「公演が大騒動で中断し」とは訳せない。

調べれば分かる騒動の内容

Meyer-Stableyは非常に不親切なことに、公演前に何があったのかを説明せず、せいぜい「抗議のせいで稽古が2週間遅れた」というヌレエフの談話を引用したに過ぎない。しかし幸い、ルドルフ・ヌレエフ財団サイトの「白鳥の湖」説明ページ(音楽が鳴るので注意)に、具体的な記述がある。それによると、当時のパリ・オペラ座バレエのダンサーたちは、それまでのバレエ団のレパートリーだったブリュメイステル版から離れるのを嫌がり、ヌレエフ版の稽古をしようとしなかった。ヌレエフは翌年にブリュメイステル版を上演することを約束し、ようやく公演にこぎつけた。

ヌレエフ財団サイトはヌレエフの情報を知るにはとても役に立つ。また、ヌレエフ版パリオペ「白鳥の湖」は映像が販売されているので、付属の解説にも期待できるかも知れない。いくら原著者が不親切でも、当時の状況を把握し、それに合う翻訳を考えるのは不可能ではない。

騒ぎの内容を頭に置くと、Meyer-Stableyがintermèdeという言葉を選んだ理由は、次のいずれかではないかと思える。

  1. 舞台の外での騒ぎを幕間劇にたとえた
  2. 練習拒否で公演準備が止まったことを小休止と呼んだ

更新履歴

2014/10/8
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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