伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

何も教えようとしない真の教師?

『ヌレエフ』P.29:
何も教えようとしないのですが、とても音楽的で非常に教養があり、ロシアのディアギレフバレエ団で踊っていた方でした」
Meyer-Stabley原本:
Elle n'avait jamais réellement enseigné, mais elle était très musicienne, fort cultivée, et avait dansé des années auparavant dans la troupe des Ballets russes de Diaghilev. »
Telperion訳:
実際には教えていたことはなかったが、とても音楽好きで大変教養があり、以前は何年もディアギレフのバレエ・リュスの一座で踊っていた」

生涯初めてのバレエ教師となるアンナ・ウデルツォーワとの出会いを語るヌレエフ。

教えていなかったのはヌレエフと知り合う前

文中の述語の時制は2種類ある。

直説法半過去
「音楽好きで教養があった」の述語était
直説法大過去
  • 「教えていなかった」の述語"n'avait enseigné"
  • 「踊っていた」の述語"avait dansé"

これは、「音楽的で教養があった」のはヌレエフがウデルツォーワを知った当時のことであり、「教えていなかった」と「踊っていた」がそれより過去のことだから。つまり、ウデルツォーワが「本当に教えたことはなかった」のは、バレエ・リュスで踊っていたのと同様、過去のことであり、ヌレエフと会った以降のことではない。

ただし、ウデルツォーワは子どもに教えた経験があると自ら語っている。「本当に教えたことがなかった」の意味は、私にはよく分からない。本人が自分を本職の教師だと思っておらず、素人の座興のようなスタンスだったのだろうか。

ロシア・バレエはバレエ団の名

ウデルツォーワがいた"Ballets russes de Diaghilev"は、そのまま訳せば「ディアギレフのロシア・バレエ」となる。しかし新倉真由美はひねった訳にでもしたかったのか、「ロシアのディアギレフバレエ」と語順を入れ替えた。

しかし、"Ballets russes"が20世紀前半にあった伝説的なバレエ団の名前だということは、「三日月クラシック」の記事の「P.232 そのロシアの誉れ高い~」の項にあるとおり。このバレエ団を「ディアギレフバレエ」と呼ぶのは聞いたことがない。

教えない人を真の教師呼ばわりする新倉訳

「何も教えようとしない」とその直前の「彼女こそ真の教師だったと言えます」(訳本より)は、あまりにも相容れない。それにウデルツォーワがヌレエフの才能を見込んでクラシック・バレエの基礎を教えることは、このあと書かれているとおり。

更新履歴

2016/5/13
バレエ・リュス関連の記述を増加

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する