伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフをワガノワに推薦した学校関係者の変化

『ヌレエフ』P.39:
ウーファオペラ劇場に招待されていたボリショイのダンサー、アリク・ビクチューリンは、モスクワ在住のレニングラード学校の関係者に若きタタール人のオーディションを依頼した。そして、アリク・ビクチューリンとクズミニチコフの二名がルドルフをキーロフの学校に推薦してくれた。
Meyer-Stabley原本:
Alik Biktchourine, danseur du Bolchoï et invité de l'Opéra d'Oufa, intervient auprès des officiels de l'école de Leningrad présents à Moscou pour qu'ils auditionnent à leur tour le jeune Tartare. Il s'agit de deux hommes, Batacheva et Koumichnikov, qui promettent alors de recommander Rudolf pour l'école du Kirov.
Telperion訳:
ボリショイのダンサーでウーファのオペラ座に招待されていたアリク・ビクチューリンは、モスクワに滞在しているレニングラードの学校関係者に、次は彼らが若きタタール人をオーディションするように口添えをした。関係者とはバタシェワとクミシニコフの2人で、そのときルドルフをキーロフの学校に推薦することを約束した。

ヌレエフがワガノワ・アカデミーに入学するべく奮闘していた時代のこと。

アリク・ビクチューリンが推薦?

ビクチューリンがヌレエフのオーディションを頼んだ相手は、"Il s'agit de ~"(それは~である)という構文を使って書かれているバタシェワとクミシニコフ。この2人がヌレエフを推薦する約束をしたことが、最後の関係節("qui promettent"から文末まで)で書かれている。バタシェワ(Batacheva)は当然ながらビクチューリン(Biktchourine)ではない。それに、上記のビクチューリン紹介文を読む限り、ビクチューリンはヌレエフをワガノワ・アカデミーに推薦できる立場にない(この紹介文は実は疑わしいが、それについては後述)。

モスクワ在住?

présentは単に「存在する」。実際のところ、レニングラードの学校関係者がモスクワに住んでいるとは考えにくい。この文の出来事は、モスクワでバレエのイベントが開催されたときのことなので、たまたまその時モスクワに来ていたのだろう。

Meyer-Stableyのミス - ビクチューリンの経歴

どうもビクチューリンがボリショイのダンサーだったことはないらしい。

  • 『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)ペーパーバックP.33とP.43によると、ビクチューリンはヌレエフを学校関係者に紹介したとき、ワガノワの生徒だった。そして卒業後は故郷ウーファに戻った。
  • ロシアのバレエ雑誌のバックナンバーの英語版ページによると、ビクチューリン(英語のスペルはAlik Bikchurin)は"Bashkir State Opera and Ballet Theater"のプリンシパルだった。

Meyer-Stableyのミス疑い - 推薦者の名前

2人の推薦者はワガノワの教師で、Kavanagh本や『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)に姓名が載っている。

推薦者の一人バタシェワは、名はNaimaだが、姓の表記は一定でない。Solway本ではBaltacheeva、Kavanagh本の本文ではBaltacheyeva、Kavanagh本の索引ではBaltacheva。マイナーな人名なので断言はしにくいが、バルタチェワのほうが実際の発音に近い名前かも知れない。

もう一方のクミシニコフは、Meyer-Stabley本と同じ発音の姓であり、問題ない。MeyerSolway本ではAbdurachman Kumisnikov、Kavanagh本ではAbdurahman Kumisnikovと表記されている。

2014/2/7
以前のページの消失に伴い、ビクチューリンの経歴が載ったページのリンクを変更

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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