伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

記事「スター達が着ていたアンティークからヒントを得て」の修正

訳本『ヌレエフ』の数々の問題を列挙するとき、並べて書いている私の訳文が間違っていては、ブログの存在意義にかかわります。だから記事を投稿するときには注意しているのですが、それでも残念ながら、私自身も間違ってしまいます。自分の訳を修正する必要があると思ったときは、修正してからそのことを記事に追記していました(「抗議と遅れの因果関係」「ファリダの眼病はソ連当局の責任か」)。しかし今回「スター達が着ていたアンティークからヒントを得て」で行った修正は、説明が長くなるので、単独の記事で書くことにしました。

私の訳の問題

問題の個所を挙げます。

Meyer-Stabley原本:
les autres tenues qu'elle a fait exécuter par un ancien tailleur

私はこれを"autres A que B"(B以外のA)の構文と思い、「元テイラーに制作させた以外の衣装」と訳しました。しかし、この解釈には2つの奇妙な点があります。

  1. この衣装はシャーリー・ラッセルがデッサンしたものです。自分で考案したデザインを大ざっぱにスケッチしたのでしょう。衣服制作のプロではないシャーリー・ラッセルは、たとえ自分が考案したものでも、仕立てるのは誰かに発注したはずです。「自分がデッサンした」衣装と「元テイラーに制作させた」衣装は、同じものではないでしょうか。
  2. 辞書で"autres A que B"の例文を見ると、Bは名詞句であることが多いようです。一方、引用部分でqueに続く"elle a fait exécuter par un ancien tailleur"は、直接目的語を欠いた文です。直接目的語を欠いた文の前に来るqueは、先行詞が関係節の目的語であることを示す関係詞であることが多く、今回もそう解釈するほうが文法上の無理がありません。

該当記事の修正

論理的にも文法的にも問題がある訳を提案するわけにはいかないので、私の訳を次のように修正しました。直訳は「1920年代のアイドルの元テイラーに制作させた他の衣装をデッサンした」ですが、時間的にはデッサンのほうが制作発注より先でしょうから、訳文もその順序にしました。

修正前:
1920年代のアイドルの元テイラーに制作させた以外の衣装をデッサンした。
修正後:
他の衣装をデッサンし、1920年代のアイドルの元テイラーに制作させた。

また、"les autres tenues"を新倉真由美が「他の衣装」と訳したのは妥当なので、これに異を唱えた部分はすべて削除しました。「つまり『ヴァレンティノ』の衣装は、シャーリー・ラッセルが他人に制作させたものと自分で大まかに決めたものに二分される。」も、"autres A que B"の解釈違いがもとになっているので、削除しました。

構文解析が不十分だったために読む人を惑わせてしまったことをお詫びいたします。より突き詰めた読解を心がけていきたいです。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する