伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

非難の対象はギエムでなくヌレエフでは

『ヌレエフ』P.289:
断りもせずに!
Meyer-Stabley原本:
Impardonnable !
Telperion訳:
許しがたい!

シルヴィ・ギエムがヌレエフに侮蔑的な手紙を送られた後、パリ・オペラ座バレエを離れてロイヤル・バレエに活動の場を移したことを述べた後にこう続く。新倉真由美の文では、ギエムへの非難にしか見えない。

単語の意味

仏和辞書にあるimpardonnableの意味は試訳のとおり。

英語もそうだが、フランス語ではinで始まりableで終わる形容詞は「~できない」という意味のことが多い。仏和辞書をざっと見ても、insupportable(耐えられない)、inoubliable(忘れられない)、inévitable(避けられない)など、いくつも挙げられる。なお、impardonnableの最初がinでなくimなのは、pの前にはnでなくmが付くことになっているから。

また、関連する名詞pardonや動詞pardonnerを仏和辞書で見る限り、これらの言葉が指す「許す」とは「容赦する」という意味であり、「許可する」というニュアンスではないらしい。

許しがたいのは何か

「許しがたい」のはギエムの出奔だと解釈することは可能ではある。しかし、この段落全体で書かれているのは、1989年にヌレエフとパリ・オペラ座の関係が悪化したこと。記事「ストライキに関与するのは誰か」や「溝を越えられなかったヌレエフの比喩」で取り上げた文も、同じ段落にある。この段落でMeyer-Stableyはヌレエフの悪行をいろいろ並べた後、最後にギエムとの喧嘩別れを書いている。そういう段落の最後の文がギエムへの非難では、唐突というか、収まりが悪い。この「許しがたい!」とは、ギエム出奔の原因を作り、それ以外にもトラブル山積みだったヌレエフへの非難だと私は考える。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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