伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

予見できないのは人生でなく人の行動

『ヌレエフ』P.167:
人生は予見できないもので運命から逃れられません。
Meyer-Stabley原本:
Il est, comment dit-on, imprévisible. Et il se fait que je n'échappe pas à la règle.
Telperion訳:
人は、どう言えばいいのか、予測不可能です。そして私も例外ではないということになるのです。

態度がいい時と悪い時の落差の激しさに関するヌレエフの発言。

第1の原文

引用部分の直前は「人間は機械ではないのです」(訳本より)なので、第1の原文の主語il、つまり予測不可能なのは人間のこと。「人間」に当たるフランス語hommeは男性名詞なので、男性名詞の代名詞であるilと符合する(なお、「機械」に当たるmachineは女性名詞)。

"comment dit-on"は文字通りには「人はどう言うのか」。ここではヌレエフがimprévisible(予測不可能)という言葉を選ぶまでの間を持たせるための言葉だと思う。

第2の原文

直訳すると「そして私は通例を免れないということになります」。

  • "il se fait que ~(節)"は「~ということになる、が起きる」
  • règleは「規則」「通例」など

『プログレッシブ仏和辞典第2版』のrègleの項には、主語がje(私)でなく"son cas"(彼または彼女の場合)だという以外、上の文そのままの用例が載っている。

Son cas n'échappe pas à la règle. 彼(女)の場合も例外ではない

この部分を含めたヌレエフの発言全体

ここでのヌレエフの発言を通して読むと、「気分が変わるのは人間なら当たり前」という論調なのが分かる。「さびしい日も楽しい日もある」とか「皆そうではありませんか?」とか言っている。

「人生」とか「運命」とか訳せそうな言葉は原文に見当たらない。それにたとえがちがちの運命論者でも、「私の喜怒哀楽はすべて運命に従う」とはあまり言わないのではないだろうか。

2014/2/17
発言の背景の説明を少し手直し

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する