伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

堕落から生まれたのでなく、堕落を生んだ羞恥心

『ヌレエフ』P.176:
堕落し品位が下がると感じていたのです。しかし彼は道でたむろしている少年や不良やトラックの運転手たちを愛していました」
Meyer-Stabley原本:
C'est pourquoi il éprouvait le besoin de se dégrader. Il aimait les garçons des rues, les petites frappes, les camionneurs ».
Telperion訳:
だから堕落する必要を感じていたのです。彼は街角に立つ男やごろつきやトラック運転手が好きでした」

ヌレエフの友人モニク・ヴァン・ヴーレンの主張「ヌレエフはホモセクシュアルであることを恥じていた」に続く部分。

"C'est pourquoi ~"は英語の"That's why ~"と同じく、「これが~の理由である、それゆえに~である」。

  • これ(C')とは前の文の内容、つまりヌレエフが自分の性的志向に抱いたとされる羞恥心
  • pourquoi以降は「堕落する必要を感じていた」

つまり、羞恥心が原因、堕落したのが結果。次の文「彼は下層階級の男が好き」は、堕落の具体例なのだろう。

ヴァン・ヴーレンが言いたいのは、ヌレエフが同性愛志向を恥じていたから、下層階級の人間しか相手に選べなかったということらしい。分かりやすい主張ではないし、ヌレエフが数々の有名人を征服したと言いたいMeyer-Stableyの気に入る主張でもない。しかしだからといって、新倉真由美による次のような改変は乱暴に過ぎる。

  1. "C'est pourquoi"が示す因果関係を逆にする
  2. "le besoin"(必要)を無視する
  3. 「下層階級の男が好き」の前に「しかし」と追加して、前の文への反論のように見せる

"garçons des rues"の意味の推測

載っていない仏和辞書もあるが、フランス語で娼婦を指す言葉の1つに、"fille des rues"(通りの少女)がある。原文中の"garçons des rues"はfille(少女)がgarçon(少年)に置き換わったものなので、恐らく通りで客を取る男娼を指している。「男娼」と訳すのはあからさま過ぎる気がしたので、隠語だと分からなくなりそうとはいえ、私は「街角に立つ男」にしておいた。

2014/2/17
原文の説明を詳しくし、訳文の問題を箇条書きにする

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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