伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

今ではAZTを大量投与しなくなった

『ヌレエフ』P.277:
その当時AZTの大量服用はかなり危険でした。
Meyer-Stabley原本:
À l'époque on utilisait des doses très élevées d'AZT, ce qui était assez dangereux.
Telperion訳:
当時はAZTの服用量は非常に高く、かなり危険なことでした。

ヌレエフが1988年ごろに要求した薬剤AZTについて、ヌレエフの死後に主治医カヌシが語る。

当時と今の違いは危険性でなく服用量

原文はコンマによって前半と後半に分けられる。前半の意味は「当時はAZTの非常に高い服用量が使用されていた」。コンマの後で前半の内容は"ce qui était assez dangereux"(かなり危険だったこと)と言い換えられる。これを読むと、「当時は大量だったということは、今では大量の服用量ではないのかな」という印象を持つ。

一方、新倉真由美の文では、「その当時」が修飾するのが「服用量が高い」でなく「かなり危険でした」になった。そのため、「当時は危険だったということは、今では安全になったのかな」という印象を与えている。冒頭を「その当時行われていた」とするだけでも、原文と同じにすることはできたのだが。

AZTの投与量の変遷

カヌシの発言から受ける印象「今ではAZTの大量投与はしない」と、新倉真由美の文から受ける印象「今ではAZTの大量服用は危険ではない」のどちらが正しいかは、『化学療法の領域』2009年2月号に掲載された特集記事の一つ「−進化を重ねるHAART−」の章「II HAART時代の到来」の最初の段落を読むと分かる。要点をかいつまんで書く。

  1. 1987年に米国でAZTが抗HIV薬として承認されたときの投与量は1日1,200mg分6(4時間ごと,1日6回)。
  2. この量のAZTは副作用が強かったので、日本では400mg分4で使われるようになった。
  3. その後,米国でも用量設定試験が行われ,500~600mg分3~分6と変わった。

なお、英語wikipediaでのAZTの記事にも、"Today, side-effects are much less common with the use of lower doses of AZT."(今日では、AZTの投与量はより少なくなり、副作用が見られることははるかに少ない)との記載がある。

2012/10/8
原文の文脈説明(第1段落)を追記。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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