伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

誘われた時の葛藤

『ヌレエフ』P.54:
どうするか試したのだろうか?
Meyer-Stabley原本:
A-t-il été tenté de le suivre ?
Telperion訳:
ついて行く誘惑にかられたのだろうか?

ワガノワ時代にゲイのナンパ場を横切ったヌレエフが男に誘われたという文の後。

原文で使われる動詞tenterには「試みる」「気をそそる」という2つの意味がある。新倉真由美は「試みる」を採用し、能動態の疑問文として訳している。ところが、能動態の疑問文なら"A-t-il tenté de le suivre ?"になる。原文は受動態の疑問文。tenterの受動態に"de ~(不定詞句)"が付くと、「~という気をそそられる」、転じて「~したくなる」という意味になる。原文でdeに続く不定詞句"le suivre"は、文脈的に「彼を追う」が最適。文全体の意味は「彼は彼を追う気をそそられたのか?」となる。

2人の「彼」のどちらがヌレエフでどちらがナンパ男なのか。この段落でMeyer-Stableyが「ヌレエフはワガノワ時代にすでに同性愛に目覚めていたが、迫害を恐れて表には出さなかった」と結論を出していることを考えると、「ヌレエフはナンパ男の後を追いたかったのだろうか」の方が可能性が高い。この次の文「KGBの挑発を警戒したのか?」と同じく、ヌレエフの内心をMeyer-Stableyが思い巡らしているのだろう。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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