伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ロゼラ・ハイタワーに対して謙虚なヌレエフ

『ヌレエフ』P.115:
既に国際的なスターでしたが、臆せず堂々と私の特徴的なテクニックを吸収していきました。自分のスタイルを改善していこうと努めていたのだのでしょう(原文ママ)。
Meyer-Stabley原本:
Elle, une vedette internationale, n'avait jamais honte d'apprendre, d'assimiler certaines particularités de ma technique qu'elle estimait susceptible d'améliorer peut-être son propre style.
Telperion訳:
私のテクニックのうち、自分自身のスタイルを向上させることができそうだと見なしたある種の特徴を学び、吸収することを、国際的なスターである彼女が決して恥じなかった。

亡命後の初パートナーの1人となったロゼラ・ハイタワーについて語るヌレエフ。

"avoir honte de ~"は「~を恥じる」。「臆する」が指す気後れとは違う感情。

  • 彼女は国際的なスター
  • 彼女は私のテクニックを学ぶのを恥じない

この2つを組み合わせると、「ハイタワーはすでに国際的なスターで、実績が足りない私から学ぶのを恥じても不思議はないのに、恥じずに学ぶ姿勢がある」というヌレエフの真意が見えてくる。亡命によりヌレエフの話題性がいかに高くても、当時のヌレエフはまだ西側ではフランスでしか踊っていないに等しく、対するハイタワーは諸国で活躍したベテラン。ヌレエフはそれを自覚していた。

引用文の後でヌレエフはハイタワーをさらに「自分の知識に無闇に執着しない」「常に改善方法を受け入れる」とほめる。この賛辞も「ハイタワーはすでに知識が豊富で改善にあくせくしなくてもすむはずなのに、なんという向上心!」と、ハイタワーの実績をほのめかしていると思う。

新倉真由美の文の不自然な点

「臆せず」とは普通、強者に対峙する弱者に対して使う言葉。このため、「ハイタワーが臆せず堂々とヌレエフのテクニックを吸収する」と言うには、「ヌレエフの前ではハイタワーなど小物に過ぎない」という前提が必要。だから、ハイタワーが強者であることに触れた「国際的なスターだが、臆せず堂々と」というのはいささか奇妙な表現。

2012/12/11
「新倉真由美の文の不自然な点」部分を独立させる

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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