伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

人物ヌレエフよりダンサー、ヌレエフを評価

『ヌレエフ』P.240:
思い切って言おう。時どき私をいら立たせていたダンサー、ヌレエフと言う人物の前に私は降参したのだ。実に賞賛すべきこの作品の中には、
Meyer-Stabley原本:
Si je m'incline, comme tout le monde, devant le danseur, le personnage Noureev m'a souvent agacée : cette confidence faite, me voici à l'aise pour le déclarer, dans Valentino, tout à fait admirable.
Telperion訳:
私は皆と同じようにこのダンサーの前にひれ伏すが、ヌレエフという人物には何度もいら立った。このことを打ち明けたうえで、私はやすやすと表明しよう。「ヴァレンティノ」で彼は実に素晴らしい。

舞踏批評家シルヴィ・ド・ニュサック(Sylvie de Nussac)による映画「ヴァレンティノ」のヌレエフ評。

二つの面

コロンまでの最初の文で、ド・ニュサックはヌレエフの2つの面を分けている。

従属節ではダンサーについて
Si je m'incline, comme tout le monde, devant le danseur, (私は皆と同じようにこのダンサーの前にひれ伏すが)
主文では人物について
le personnage Noureev m'a souvent agacée (人物ヌレエフはしばしば私を苛立たせた)

新倉真由美は2つをごちゃ混ぜにしているので、「私を苛立たせていたダンサー」とか「ヌレエフと言う人物の前に降参」という、ド・ニュサックと反対な訳になっている。

実に賞賛すべきなのはヌレエフ

"le déclarer ~"は「彼/それが~であると表明する」。ここでのleは(そしてこの文の後で賞賛されるのも)ヌレエフ。leが映画だとすると、映画を「『ヴァレンティノ』の」が修飾するというおかしなことになる。

仮定・譲歩の意味がある接続詞の見落とし

新倉真由美は原文の構成をまるで無視しているが、その一つとして譲歩の接続詞si(~であるが)をまったく訳していないことが挙げられる。新倉真由美が仮定や譲歩の接続詞を無視するのはそれほど珍しいことではない。

更新履歴

2014/1/19
主に問題点を分ける

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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