伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

フォンテーンのあおりを食らったのはパートナー

『ヌレエフ』P.132:
そしてその至高の優美、完璧な優雅さ、寛大な心と舞台栄えがして存在感を放つ容姿は、ライバルたちを青ざめさせたものでした。
Meyer-Stabley原本:
une grâce de souveraine, une élégance parfaite, une grande générosité de cœur et une présence scénique qui irradiait et faisait pâlir ses partenaires.
Telperion訳:
至高の優雅さ、完璧な優美さをそなえ、心は大変広く、舞台での存在感は四方にあふれ出て、パートナーを色あせさせていた。

プティが列挙したフォンテーンの美点の抜粋。

partenaire(パートナー)はバレエの文脈ではパ・ド・ドゥーの相手を指すことが圧倒的に多い。仏和辞書を引いても、partenaireは一対一の緊密な関係がある相手を指す言葉で、プリマ・バレリーナとそのライバルたちの関係には当てはまらない。プティが言っているのは、ヌレエフより前にフォンテーンと組んだパートナーたちがいずれも、ヌレエフのように自分を対等に見せるタイプではなく、フォンテーンを立てるのに徹していたこと。

関係節"qui irradiait et faisait pâlir ses partenaires"(発散し、パートナーを色あせさせていた)の述語irradiaitとfaisaitの活用語尾は三人称単数形。だから、この関係節は単数の事柄を修飾していると分かる。つまり直前の"une présence scénique"(舞台での存在感)のみ。実際、優美さや優雅さならともかく、「フォンテーンの寛大な心がパートナーを色あせさせた」というのはあまり現実的でないように思える。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する