伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ミック・ジャガーの想像は赤面するほどのものではない

『ヌレエフ』P.179-180:
彼はその力強さと気品をほめそやし、ロシアの偉大なダンサーのタイツの中を想像したと認めざるを得なかった。
Meyer-Stabley原本:
Il ne cesse plus de faire l'éloge de sa puissance et de sa grâce et reconnaît qu'il s'imagine souvent dans les chaussons du grand danseur russe.
Telperion訳:
彼はもうその力強さと優雅さを賛美するのをやめず、ロシアの偉大なダンサーのシューズを履いた自分を想像することが何度もあると認める。

ヌレエフの公演に感激したミック・ジャガーの様子。出典は原本の参考文献一覧にある『Jagger Unauthorized』(Christopher Andersen著)で、邦訳本『ミック・ジャガーの真実』(小沢瑞穂訳)もある。

想像したのは自分自身の姿

ジャガーがした"s'imaginer ~"は「~である自分を想像する」。「~」は状態を表す語句で、この場合は"dans les chaussons du grand danseur russe"(ロシアの偉大なダンサーのシューズの中に)。

新倉真由美の「タイツの中を想像した」という訳の原因は次の2点。

  1. 代名動詞s'imaginerを普通の他動詞imaginer(~を想像する)と読み違える
  2. "dans les chaussons"を「タイツ(本当はシューズ)の中」という名詞句として扱い、imaginerの目的語にしている

しかし、他動詞の目的語が前置詞(この場合はdans)で始まることは決してない。それに、s'が付くか付かないかで動詞の意味が変わることはよくあるので、s'をないがしろにはできない。

どういう自分を想像したのか

「シューズの中にいる」が文字通り中にいるのか、それともシューズを履いた状態のことなのかは、私には決めかねている。上では後者にしたが、前者の可能性も捨てられない。『ミック・ジャガーの真実』は前者にしていたと記憶している。

chaussons(シューズ)とcollants(タイツ)の見間違い

新倉真由美は他でも"La guerre en chaussons"を「タイツを履いた戦争」(P.260)としている。そちらは単にバレエ界の大物同志の争いを指す比喩なので、タイツでもシューズでも大した影響はない。しかしこの文でシューズをタイツに変えられると、とてもエロチックな印象になる。

更新履歴

2014/1/21
文法説明の簡略化を中心に大幅に書き換え

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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