伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

他人が導入したわけではない工夫

『ヌレエフ』P.84:
それらを導入したマリナ・イチワは指摘している。
Meyer-Stabley原本:
Ainsi que le notera en coulisse Marina Ilicheva :
Telperion訳:
マリーナ・イリシェワが舞台袖で気づくとおりである。

キーロフのパリ・ツアーでヌレエフが自分の踊りを独自に変更したことについて。

構文解析

  1. "le notera en coulisse Marina Ilicheva"は"Marina Ilicheva le notera en coulisse"の倒置文。
    • 主語は"Marina Ilicheva"
    • 述語はnotera(気づくであろう)
    • 目的語はle(それ)
  2. この倒置文の前にある"ainsi que ~"の意味として仏和辞書にあるのは「~であるように、~と同様に、および~」。ここでは"ainsi que"に続くのが名詞句でなく文なので、最初の「~であるように」がもっとも可能性が高い。

これらを全部つなぎ合わせた訳は「マリーナ・イリシェワが舞台袖でそれに気づくように」。これは前の文「ヌレエフはいくつか独自のステップを取り入れていた」につながるように書かれているので、前の文と続けて読まないと不完全な形になっている。

「導入する」という訳語の不自然さ

原文と新倉真由美訳を照合すると、新倉真由美訳には"en coulisse"(舞台袖で)に当たる訳語がない一方、原文にない「導入した」という言葉がある。どうやら新倉真由美は"en coulisse"を「導入した」と解釈したらしい。しかし、coulisseは原本のあちこちで「舞台裏」「舞台袖」の意味で使われている言葉。仏和辞書を引いても、「導入」と言い換えられそうな意味は見当たらない。

そもそも、ヌレエフが取り入れたステップをマリーナ・イリシェワが導入するというのが不思議な記述。イリシェワの素性は分からないが、名前から見て女性なのだから、ヌレエフが踊ったステップを自分で踊ることはないだろう。ヌレエフが取り入れたステップの原案者がイリシェワだった?イリシェワは振付家か演出家で、後に自分が指導する舞台にヌレエフのステップを取り入れた?

原文ではイリシェワの動作は「気づく」のみ。ヌレエフが踊るのを舞台袖から見ていて「あれは本来の振付ではない」と気づくということなので、意味不明な点はまったくない。

2014/4/9
構文解析をより詳しくし、「それら」という新倉真由美訳への言及を削除

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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