伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

決定したのは任命の発表方法

『ヌレエフ』P.259:
エトワール任命までのプロセスは舞台裏でほとんど密かに行われる。好みの演目の公演後に緞帳を上げ観客の前で指名を決定するのは彼なのである。
Meyer-Stabley原本:
alors que jusque-là nomination des étoiles se faisait presque en catimini dans les coulisses, c'est lui qui, avec son goût du spectacle, décide qu'elle aura lieu rideau levé et face au public, à l'issue de la représentation.
Telperion訳:
それまでエトワールの任命はほとんどひそかに舞台裏で行われていたが、公演の終了時に幕を上げ、観客の面前で任命が行われるように決定したのは、出し物好きの彼である。

舞台裏で行われていたこと

節"alors que ~coulisses"の主語、つまり舞台裏でほとんど密かに行われたのは"nomination des étoiles"(エトワール任命)。jusque-là(そのときまで)は副詞であり、主語には含まれない。読み進めると、「そのときまで」とは「ヌレエフがそうでないように決定するときまで」であることが分かる。

ヌレエフが決定したこと

彼つまりヌレエフが決定したのは、décide(決定する)の目的語であるqu'elleから文末まで、つまり「幕を上げ観客の前で任命が行われる」ということ。任命自体を決めるのはオペラ座総裁だということは、原本で明記されている(「三日月クラシック」の原文比較5より「P.272 任命はバレエ部門の責任者の推薦により芸術監督が行う 」の項を参照)。

ヌレエフの好みだったこと

"avec son goût du spectacle"は「spectacleに対する彼の好みをもって」。文全体の意味は「ひっそりと行われていたエトワール任命をヌレエフが衆人環視にするよう決定した」だということを考えると、「彼は見せ物が好きだから」のように解釈するのが最も妥当と思われる。

発表方法の変更に触れた別の資料

なお、2012年3月29日のNew York Times紙の記事に下の文がある。フランスでは知られている話なのかも知れない。

"It was Nureyev, said Ms. Dollfus, author of a biography of the dancer, who made the nomination a public, theatrical affair, rather than an internal promotion, during his 1983-1989 tenure as Paris Opera Ballet director."

「任命を内部の昇進ではなく、公開された劇場の出来事にしたのはヌレエフで、パリ・オペラ座バレエの監督として1983-1989年に在任中のことです」とヌレエフの伝記の著者ドルフュス氏は語る。(Telperion訳)

更新履歴

2012/7/13
引用した新聞記事の日付を30日から29日に訂正

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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