伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

演じる役に自分を投影

『ヌレエフ』P.236:
俳優たちは皆、演じる役の人物に自分自身を重ね合わせます。ヌレエフもヴァレンチノの中に多くの神秘的でロマンチックな部分を見つけたのでしょう。
Meyer-Stabley原本:
Touts les acteurs mettent une partie d'eux-mêmes dans les personnages qu'ils incarnent et l'on retrouve une large part du mystère et du romantisme de Noureev dans son Valentino.
Telperion訳:
俳優は皆、演じる役の中に自分の一部を移すものであり、ヌレエフの神秘とロマンチズムの多くがそのヴァレンティノの中に見られます。

第2文で、"du mystère et du romantisme de Noureev"(ヌレエフの神秘とロマンチズムの)に続くことから、"son Valentino"(彼のヴァレンティノ)の「彼」とはヌレエフのことだと推測できる。「彼のヴァレンティノ」とは、ヴァレンティノ本人でなく、ヌレエフが解釈したところのヴァレンティノ。

第2文の主語l'onは、「ストライキに関与するのは誰か」で述べたonの別表記なので、やはり不特定の人々を指したり、主語をぼかしたりするために使われる。ここでのonは、ヌレエフのヴァレンティノの中に、ヌレエフの神秘とロマンチズムを見つける人々なのだから、映画「ヴァレンティノ」の観客だろう。誰かをまず代名詞で呼び、同じ文でその後に名前を明記することはまずないので(名前が先、代名詞が次なのが論理的な順序)、Noureevの前にあるonはヌレエフではない。

第1文で"mettre A(目的語) B(場所を示す属詞)"は「AをBに置く」。引用文でAは"une partie d'eux-mêmes"(自分自身の一部)、Bは"dans les personnages qu'ils incarnent"(彼らが演じる人物の中)。「自身の一部を演じる人物の中に置く」は、「演じる人物に自分の特徴を持たせる」ということで、「ヌレエフ演じるヴァレンティノにはヌレエフの特性が多く見つかる」という意味の第2文とも符合する。

訳本の「演じる役の人物に自分自身を重ね合わせます」だけを読むなら、今書いた意味と同じに受け取ることは可能。しかし、続く文が「ヌレエフもヴァレンチノの中に見つけた」なので、新倉真由美は「演じる役の中に自身と共通する部分がすでに存在するのを見つけ出す」と解釈していることが分かる。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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