伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

ヌレエフの談話が展示会関係者のものに

『ヌレエフ』P.222:
彼は多くを要求し腹を立て、時に激怒しながら希望を叶えていました。私は議論や弁解や交渉はしませんでした。彼は悩むのが好きだったのです。私は話し合いで時間を失うのは耐えられずバレエを知っていると思いあがっていたのです。博学な人は大いに知識を活用すべきです。たとえ皆がそれを喜ばないとしても」
Meyer-Stabley原本:
Il exigeait, tempêtait, s'emportait souvent, obtenait toujours ». « Je refuse d'arguer, de justifier, de négocier, se plaisait-il à marteler. Je ne supporte pas de perdre mon temps en discussions. J'ai la prétention de connaître la danse. Je sais. Et quand on sait, il ne faut pas hésiter à appliquer ses connaissances. Cela ne plaît pas à tout le monde. »
Telperion訳:
彼は要求し、どなりつけ、時にかっとなり、いつも希望を叶えていました」。「議論も正当化も交渉もごめんです」と彼は連呼するのが好きだった。「議論で時間を失うのには耐えられません。私にはバレエを知っているという自負があります。身に付いているのです。身に付いているとき、知識を適用するのをためらう必要はありません。それを喜ばない人もいます」

ヌレエフが舞台のために多くを要求したことを物語る談話。

談話の主は2人

最初の談話は、舞台衣装展示会の関係者と思われるBérengère Vincent(訳本では「ベルジェール・ヴァンサン」だが、「ベランジェール・ヴァンサン」のほうが近い発音だと思う)のもの。この談話は"obtenait toujours."で終わる。

"Je refuse"以降は別の談話。2番目の談話の途中にある倒置文"se plaisait-il à marteler"は、談話の一部ではなく、発言者を説明する文。談話の中に「誰それはこう言った」という文を倒置文で書く手法については、「ポッツがヌレエフと別れた理由」で触れている。

2番目の談話の主はil(彼)としか言われていない。しかし、これほど強気な内容は、Bérengère Vincentよりヌレエフが言いそうなことに思える。それにBérengèreはどうやら女性名らしく、そうならilではありえない。

ヌレエフが好きなこと

2番目の談話の主が好きなことである動詞martelerの意味としては、「打つ」「連打する」「悩ませる」などがある。私は談話の主が発言内容をmartelerするのだと考え、「連打する」からの連想で「連呼する」にしてみた。しかし、Meyer-Stableyは"il déconcerte, irrite, fascine."という文で暗黙のうちに他者一般を動詞の目的語としているので(この文の意味は「 「魅惑する」が「激怒する」に」を参照)、ここでもmartelerされるのは他者一般だと考え、「悩ませる」という解釈もありえる。ただし、自分が悩むのと人を悩ませるのはまったく違うことであり、「悩ませる」を「悩む」と言い換えることはできない。

2013/1/31
Bérengère Vincentの素性の推測を追加
2014/1/18
文の順序の入れ替え、小見出し追加を中心とした書き換え

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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