伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2015.02.25
議会が開会式で王権に蹴散らされる新倉本
2015.02.19
王冠の真珠をネックレスに使い回し?
2015.02.16
アリソン・ワットが描いた皇太后は原著者の説明と違う
2015.02.13
イギリス皇太子とチェスター伯は同一人物
2015.02.10
皇太后論の自由すぎる創作

議会が開会式で王権に蹴散らされる新倉本

『バッキンガム』P.127:
チャールズ一世時代から続く不思議なしきたりで、執行官が五十mほど廊下を通りドアをぱたんと閉める。王だけが兵士を伴い議場に入ることができ、五人の議員は入場を遮られ拒絶される。
Meyer-Stabley原本:
Par un étonnant rituel, l'huissier - dit le la Verge noire - parcourt cinquante mètres de couloir et se fait claquer la porte au nez, selon une tradition qui remonte à Charles Ier : seul roi à avoir osé pénétrer dans cette assemblée avec ses soldats pour y arrêter cinq députés, il essuya un refus énergique.
Telperion訳:
驚くべき儀式により、執行官(黒い棒と呼ばれる)が50メートルの廊下を通り抜け、鼻先で扉をばたんと閉められる。この伝統はチャールズ一世までさかのぼる。5人の議員を逮捕するために、兵とともにこの集会に押し入った唯一の国王であり、断固として拒否されたのだ。

イギリス議会開会式で、貴族院から女王の使者が庶民院(下院)の議員を呼びに行く儀式について。

原本が新倉本と違う個所

1. 使者は庶民院前で締め出される

執行官が廊下を通り抜けた後の行動は、新倉真由美によると「ドアをぱたんと閉める」。しかし対応する原文は"se fait claquer la porte au nez"。述語の原形である"se faire ~(動詞の原形)"は「~してもらう、~される」という受け身の使役文。つまり、執行官は自分がドアを閉めるのでなく、誰かにドアを閉められる。

YouTubeで"parliament opening"で検索すると、開会式の動画がいろいろ出てくる。そのなかにはこの場面が映っているものもある。たとえば"State Opening of Parliament by Her Majesty Queen Elizabeth, including Black Rod"。

ついでに書くと、"claquer la porte"は扉を乱暴に閉めること。動画を見ても、「来るな!」と言わんばかりの勢いで扉が閉まっている。この動作の発祥については後で書くが、ここは「ぱたんと閉まる」では意義が薄れる。

2. 庶民院に入った王はチャールズ一世だけ

チャールズ一世の名が出た後、原文では"seul roi à avoir osé pénétrer"(入り込んでのけた唯一の王)と続く。この語句には注意すべき点がいくつかある。

  1. 「入ってのけた唯一の王」とは、「数ある王たちのうち、入ってのけたのはこの王ただ一人」」というニュアンスであり、比較対象は他の王だけ。新倉真由美の「数ある人々のうち、入れるのは王一人」というニュアンスとは違う。
  2. 国王の動作を示す不定詞"avoir osé"の時制は直説法複合過去。つまりこの動作は過去行われたものであり、現在のものではない。

これらをまとめると、王が庶民院に入ったのは、過去一度の出来事だと分かる。それを行ったのがチャールズ一世で、他の王は庶民院には入らなかった。

3. チャールズ一世の目的は議員の逮捕

チャールズ一世の行動として、"avoir osé pénétrer dans cette assemblée avec ses soldats"(兵士とともにこの集会に入ってのけた)の後に、"pour y arrêter cinq députés"(そこで5人の議員をarrêterしに)と続く。pourは目的を示す前置詞で、チャールズ一世が庶民院に殴り込んだ目的を説明している。

動詞arrêterを仏和辞書を引くと、「止める」とか「阻止する」とかいう意味が最初に出る。でも王が兵士を引き連れ議場に入ってきた目的なのだから、最もふさわしそうな単語は「逮捕する」だろう。

原文だけを読むなら、「そこで5人の議員を止める」という解釈もありえるかも知れない。でも原文は目的を書いただけなのに、新倉真由美はその目的が成就したかのように書いているのは、やはり原文からの逸脱。

4. 拒絶されたのは議員でなくチャールズ一世

最後の文"il essuya un refus énergique."は「彼は断固とした拒絶にあった」。

  • 主語ilは三人称単数の男性名詞の代名詞なので、男性一人。この場合はむろんチャールズ一世。
  • 述語essuyaの時制は直説法単純過去。過去のある時点で行われたことを指す。

新倉真由美は「五人の議員が拒絶される」としているが、それなら主語は「彼」(il)でなく「彼ら」(ils)でなければならない。それに新倉真由美の言い方では、議員が拒絶されるのも儀式の一部のようだが、それなら述語の時制は直説法現在のはず。

使者の儀式は議会が王権に従属しないという象徴

Meyer-Stableyの文を読むだけでも、女王の使者が鼻先で扉を閉められることの意味は推測できる。武力をもって議会に押し入ったチャールズ一世が締め出されたことを記念しているのだろう。

英国王室サイトにある議会開会式の説明ページにも、このしきたりが書いてある。おかげでarrêterを心置きなく「逮捕する」と訳すことができる。

By tradition, the door of the House of Commons is slammed in Black Rod's face. It is then reopened to enable Black Rod to convey the Sovereign's summons to the Speaker.
伝統にのっとり、庶民院の扉はブラック・ロッドの眼前でぴしゃりと閉められる。その後扉が再び開くので、ブラック・ロッドは君主の召集を議長に伝えることができる。

This tradition is a reminder of the right of the Commons to exclude everyone but the Sovereign's messengers.
この伝統は、庶民院が君主の使者以外のいかなる者も締め出す権利を思い出させるものである。

No monarch has set foot in the Commons since Charles I entered the Commons and tried to arrest five Members of Parliament in 1642.
1642年にチャールズ一世が庶民院に入り、5名の議員を逮捕しようとして以来、庶民院に足を踏み入れた君主はいない。(Telperion訳)

"Black Rod"は庶民院への使者の職名。文字通りには「黒い棒」なので、Meyer-Stableyは"la Verge noire"と訳している。

ブラック・ロッドの儀式の由来を知った後で新倉真由美の文を読むと、笑いがこみあげてくる。庶民院に入れるのが兵士を伴う王だけだとか、議員が入場を拒否されるとか。庶民院は王の権力の前にはなすすべもないという降伏宣言か、はたまたかつて王に敗れた屈辱を忘れないための再現儀式か。

王冠の真珠をネックレスに使い回し?

『バッキンガム』P.193:
戴冠式の後には祝宴が催された。エリザベスは王冠についていた真珠をプラチナの芯から外し、ネックレスとして使えるようにした、という話を聞いて微笑んだ。
Meyer-Stabley原本:
Ce n'est que dans les réceptions qui suivent que la cour sort ses diadèmes. Élisabeth sourit quand on lui rapporta que les plus hautes familles d'Angleterre avaient fait monter leurs diadèmes de façon que les perles puissent être détachées de leur armature de platine et portées en collier dans la vie mondaine courante.
Telperion訳:
次に行われた歓待の場でのみ、廷臣たちがティアラを取り出した。イギリス最高の名門の数々が、ティアラを組み立てさせるとき、真珠をプラチナの台座から取り外して上流階級の日常生活でネックレスにして身につけられるようにしたとエリザベスは聞き、微笑んだ。

エリザベス二世の戴冠式の説明より。

王冠から真珠を外すという珍事

王家の財宝のなかでも特に神聖なはずの王冠から宝石を外すのには驚いた。そんな無理をせずとも、ネックレス用の宝石くらい、いくらでも調達できそうなのに。Meyer-Stableyはすぐ前の章で、英国王室の宝飾品のぜいたくさを吹聴していたのだから。

王冠の真珠をネックレスに転用するのを女王が後から知ったのもとんでもない。女王の周りの職員は女王に無断で真珠を王冠から外すのか? それを聞いて微笑む女王も太っ腹すぎる。

主題は臣下の髪飾り

「真珠を王冠から外して」の原文をさっそく読みたいところだが、その前の文を先に読むほうが状況がよく分かる。

最初の文の構文解析

引用した最初の文の基本となる文は次のとおり。

La cour sort ses diadèmes dans les réceptions qui suivent.
(続く接待で、廷臣たちがティアラを取り出した。)

強調構文"Ce est A que B"(BなのはAである)を使い、上の文の"dans les réceptions qui suivent"(続く接待で)を強調した文は次のとおり。

Ce est dans les réceptions qui suivent que la cour sort ses diadèmes.
(廷臣たちがティアラを取り出したのは、続く接待でだった。)

さらに限定の意味のイディオム"ne A que B"(BだけがAである)を加えると、Meyer-Stableyが書いた文の出来上がり。

Ce n'est que dans les réceptions qui suivent que la cour sort ses diadèmes.
(廷臣たちがティアラを取り出したのは、続く祝宴でだけだった。)

新倉真由美は原文の"les réceptions"(接待)とsuivent(続く)しか訳していない。

キーワード1: courは廷臣

女王がいる場でdiadèmeを取り出すのだから、courは人。仏和辞書にある意味としては「宮廷の人々、廷臣たち」といった意味が最もふさわしい。

キーワード2: diadèmeはアクセサリー

ラルース仏語辞典を初めとして、いくつかの辞書で最初に「王冠」という意味が載っている。でもそれだけに限らない。

『プログレッシブ仏和辞典第2版』より
(女性の)王冠型髪飾り, ダイアデム;
ラルース仏和辞典より
Bijou souvent rehaussé de pierreries, qui enserre le haut du front.
宝石で飾られることが多い、額の上部を囲む装身具。(Telperion訳)

次の理由で、この場合のdiadèmeは王冠ではない。

  1. diadèmesの前に所有代名詞ses(その)が付いている。この場合、所有者は直前に出ている"la cour"(廷臣たち)。
  2. diadèmesは戴冠式後のパーティで取り出された。つまり戴冠式の間はしまわれていた。

Meyer-Stableyは強調構文と限定構文を重ねて、パーティでだけ髪飾りが取り出された、つまりその前の戴冠式で髪飾りはしまわれていたと強調している。戴冠式中はしまわれていたのは、まだ無冠の女王をさしおいて、臣下が冠を付けるわけにはいかないからだと想像が付く。

真珠は貴族のもの

やっと「真珠を王冠から外し」の原文を読む。この中で新倉真由美の「王冠」に当たるのはdiadèmes。前の文でdiadèmeが臣下の髪飾りなのだから、この文も同じだと推測できる。しかしそれ以外にも、diadèmeが臣下の持ち物らしいと匂わせる要素はある。

話の主語は貴族たち
エリザベスが聴いた話は、"les plus hautes"から文末まで。この節の主語、つまりdiadèmeの真珠を転用可能にさせたのは、"les plus hautes familles d'Angleterre"(イギリスで最も高位の家々)。Meyer-Stableyは王家を常々"la famille royale"と単数形で書いているのに、ここでのfamillesは複数形。並ぶものがない単独の王家より、複数の大貴族の家を指しているように思える。厳密には「王家に次いで高位の家々」なのだろうが、王家とそれらの貴族たちが階層上位を占めるのは確かなのだから、「最も格上の家々」でもおかしくはない。
diadèmeは家々のもの
diadèmesにはleur(彼らの)が付いている。彼らとはこの節の主語、「イギリスで最も高位の一族たち」。

真珠の転用が貴族の話なら、エリザベスが話を聞いて微笑んだのもうなずける。臣下が宝石をどうやりくりしようと、女王にとっては他人事なのだから。

王冠を指す単語は別にある

王家の財宝を説明した第8章に、最大の宝飾品たる王冠もある。そこで王冠はcouronneと呼ばれている。戴冠のフランス語もcouronneの派生語couronnement。この本に関する限り、王位のシンボルたる王冠はcouronneと呼ばれているとみてよさそう。

アリソン・ワットが描いた皇太后は原著者の説明と違う

現実に即した訳文かどうかの確認に向けて

記事「皇太后論の自由すぎる創作」ですでに、新倉真由美の訳が正しくないという説明は済んでいます。しかしそれだけでは物足りない。私が提案した訳をもう一度載せます。

アリソン・ワットは大胆にも、君主国で最も人気のある人物の一人を、王家の属性でなく、きらめく宝石と果樹園に似た帽子で表現していたのだ!

構文解析は問題ないし、単語の辞書的意味も踏まえています。でもそれだけでなく、実際の出来事をきちんと説明しているという確認もしたいものです。訳しているのは語学試験用の創作でなく、実際にあったことの説明なのですから。

私は問題の文を「アリソン・ワットは皇太后(「君主国で最も人気のある人物の一人」)の肖像画を描き、そのとき宝石と帽子を用いた」と解釈しました。だから実際にそういう絵があることを確認すればよいわけです。

アリソン・ワットの絵は帽子や宝石を使っていない

google画像検索が発達した今、適当なキーワードで検索すれば、肖像画を探すのは簡単です。ところが、google画像検索で真っ先にヒットした絵はこれでした。

次の2点は私の推測どおりです。

  1. 画家アリソン・ワットが描いた皇太后の肖像画は実在する。
  2. 絵の制作は1989年。問題の文の直前で、Meyer-Stableyがワットの件を「皇太后の生誕89年記念を機会に『スキャンダル』が起きた」と切り出していることと一致する。

しかしこの絵の皇太后は帽子をかぶっていません。宝石こそ身につけていますが、きらびやかには見えません。「きらめく宝石と果樹園のような帽子を用いて表現した」という説明はこの絵に合いません。

原著者への疑念に帰着

この事態をどう説明すればよいか。いくつかの選択肢があります。

  1. アリソン・ワットは上記の絵以外に、宝石と帽子を身につけた皇太后も描いていた
  2. 「皇太后を表現した」は絵の制作のことではない。たとえば「皇太后は宝石と帽子が印象的な方でした」というように言葉で表現したのかもしれない。
  3. Meyer-Stableyは上記の絵のことを言いたかったが、絵の内容を勘違いした

肖像画は何枚もなさそう

1番目はまずないでしょう。リンク先の説明にあるとおり、ワットは"John Player Portrait Award"の一等賞を獲得した褒賞として皇太后の肖像画制作を委託されました。王室の肖像画家として迎えられたわけではないので、何枚も皇太后を描く機会はないはず。

ワットは帽子や宝石に興味がない

原文を尊重するなら、私は2番目を採用するでしょう。でも、スコットランドの新聞ヘラルド紙の1989年8月4日の記事"Tale of the Queen Mother and a teacup"が目に留まりました。これを読むと、2番目もありそうにありません。

Right from the start Watt's main objective was to produce an informal portrait, ''as ordinary as possible'' bearing in mind the splendours of the surroundings.
最初からワットの主な目的は、周りの壮麗さを念頭に置きつつ「できるかぎり普通の」非公式な肖像画を制作することだった。
"I requested that she didn't wear one of her hats, and as little jewellery as possible. There was a long silence on the other end of the phone!" In the event the Queen Mother went along with Alison's request.
「私は皇太后に帽子をかぶらず、宝石をできる限り身につけないように頼みました。電話の向こう側では長い間無言でした!」。結局、皇太后はアリソンの要請に協力した。
And her hair is brilliant the way the waves bounce. It's a shame she often hides it with those 1930s hats.
それに髪は波打つさまが見事です。1930年代の帽子で隠すことが多いのが残念です。(Telperion注: ワットの談話より)

こんなワットが、絵画であれ談話であれ、帽子や宝石で皇太后を表現するとは信じられません。

Meyer-Stableyのミスは他の選択肢よりありそう

3番目を選ぶのはよほど他に説明のしようがない場合に限るべきです。自分の読解ミスをごまかすために原文に責任を押し付けるのはみっともないですから。でも今回、私はMeyer-Stableyの文を疑わずにはいられません。

ワットの絵は皇太后を王族らしく祭り上げるようなタッチでないので、賛否両論を呼んだだろうと想像できます。だからMeyer-Stableyはワットの絵を「スキャンダル」として取り上げたのでしょう。でもワットの絵がどういうものかはよく頭に入っておらず、「王室の属性でなく」の後に余計なことを書いたのかも知れません。

イギリス皇太子とチェスター伯は同一人物

『バッキンガム』P.147:
皇太子はある日飛行機に乗るとき〈チャーリー・チェスター〉という偽名を使った。それは実在のチェスター伯爵の名前で、彼は完璧にその振りをした。
Meyer-Stabley原本:
Le prince de Galles eut un jour recours au pseudonyme de « Charlie Chester "» pour prendre l'avion : un nom auquel il peut parfaitement prétendre puisqu'il est aussi comte de Chester.
Telperion訳:
皇太子はある日、飛行機に乗るために「チャーリー・チェスター」という変名に頼った。非の打ちどころなく自分の名だと要求できる名前だ。なぜなら彼はチェスター伯でもあるのだから。

英国の王族が旅行の時に変名を使うこともあるという一例。

チャールズと強い関係らしいチェスターという名

チャールズ皇太子が使った「チャーリー・チェスター」という名には、まず次の説明が続く。

un nom auquel il peut parfaitement prétendre (彼が完全に要求できる名前)

auquelは関係代名詞。先行詞である"un nom"(名前)とは次のような名前だということを説明している。

Il peut parfaitement prétendre à un nom. (彼はある名前を完全に要求できる)

"prétendre à ~(名詞)"は「~を切望する、~を(当然の権利として)要求する」と言う意味。なんだか、チャーリー・チェスターとは単なるその場しのぎの名ではなく、チャールズが名乗る正当な理由があるかのような言い方。

恐らく新倉真由美はprétendreから英語のpretend(ふりをする)を連想したのだろう。しかしフランス語のprétendreは「主張する」という意味で、虚偽だと決めつける言葉ではないらしい。代名動詞"se prétendre"なら「自称する」と訳してよいが。

チェスターはチャールズの称号の一つ

チャールズ皇太子がチャーリー・チェスターと名乗っても良いような言い方になった理由は、すぐさま説明される。

puisqu'il est aussi comte de Chester (彼はチェスター伯爵でもあるから)
  • 節の先頭がpuisqu'(~だから)なので、前の文の理由を説明していると分かる。
  • 節の主語ilは男性名詞を表す代名詞。チャールズがチャーリー・チェスターという名を要求できる理由を述べているのだから、ilはチャールズのことだと推察できる。

チャーリーがチャールズの愛称だということはよく知られている。そしてチャールズ皇太子はチェスター伯という称号を持つのだから、チャーリー・チェスターは皇太子と無縁な名ではないというのが、Meyer-Stableyの言い分なのだろう。

新倉真由美はilをCharlie Chesterという変名のことだと思ったらしい。でも「チャーリー・チェスターはチェスター伯爵でもあるから」では、チャールズがチェスターを名乗る理由にならない。そこで故意か無自覚か、新倉真由美は原文を捻じ曲げ、自分の解釈をもっともらしく見せている。

  • puisque(~だから)を無視
  • aussi(~もまた)を「実在の」に置き換え

チェスター伯という称号は同じ本に書いてある

この『バッキンガム宮殿での日常生活』の第15章「プリンス・オブ・ウェールズ」の先頭ページに、チャールズのいろいろな称号が列挙してあり、中にこれが含まれている。

『バッキンガム』P.186:
チェスター伯爵コーンウォール及びロスシイ公爵(原文ママ)
Meyer-Stabley原本:
comte de Chester, duc de Cornouailles et de Rothesay,

これを読んでいれば、「チャールズはチェスター伯爵の振りをした」と書けるはずがないのだが。

おまけ - 皇太子がチェスター伯なのは代々の伝統

最近たまたま目を通したエリザベス一世の伝記『女王エリザベス(上)波乱の青春』(クリストファー・ヒバート著、山本史郎訳、原書房)のP.36で、ヘンリー八世の長男(後のエドワード六世)が洗礼式で「皇太子にしてコーンウォール公ならびにチェスター伯」と呼ばれていた。チャールズ皇太子と同じなので好奇心をおこしてちょっとだけネットで調べたところ、イングランドの皇太子はばら戦争時代から伝統的に、チェスター伯(Earl of Chester)を兼ねてきたらしい。あいにく英国王室サイトでは記述が見つからず、英語wikipediaの"Prince of Wales"の項や日本語wikipediaの「チェスター伯」の項に頼った。

皇太后論の自由すぎる創作

『バッキンガム』P.239:
アリソン・ワットが皇太后を、王族の肩書がなくても、きらめく宝石と果樹園のような帽子があれば、君主国で最も人気のある人物の一人だと言ってのけたのだ!
Meyer-Stabley原本:
Alison Watt avait osé représenter l'une des personnalités les plus populaires de la monarchie sans ses attributs royaux, mais avec des joyaux étincelants et des chapeaux ressemblant à un verger !
Telperion訳:
アリソン・ワットは大胆にも、君主国で最も人気のある人物の一人を、王家の属性でなく、きらめく宝石と果樹園に似た帽子で表現していたのだ!

問題の文の周辺

この文は王族の肖像作成をテーマにした章「肖像画の中で」の節「理想主義と現実主義のはざまで」の最初のほうにある。この節の先頭と前の節の最後で、王族を理想化するか、それとも一般人と変わらないようにするかという論点を取り上げている。そのあたりの事情は記事「絵画のリアリズムが容姿叩きに成り下がる」に書いた。

構文解析

原文を大きく分けると、次のようになる。

主語・述語
Alision Watt avait osé représenter (アリソン・ワットは大胆にも表現していた)
目的語
l'une des personnalités les plus populaires de la monarchie (君主国で最も人気がある人物の一人)
修飾句1
sans ses attributs royaux (王室の属性を用いず)
修飾句2
mais avec des joyaux étincelants et des chapeaux ressemblant à un verger (しかし輝く宝石と果樹園に似た帽子を用いて)

直前の文で皇太后が触れられていることから、目的語である「君主国で最も人気がある一人」とは皇太后のことだと分かる。

使わなかった手段、使った手段

この文の翻訳で最も難しいのは、2つの修飾句の先頭にある前置詞sansとavecの解釈。英語のwithoutとwithに相当し、互いに反対の意味を持つ。文脈に応じていろいろな訳語がある。

私が「~を用いず」「~を用いて」を採用したのは、主文「アリソン・ワットが皇太后を表現した」につながりやすいから。つまりワットは表現手段として、王室の属性ではなく、宝石と帽子を使ったということになる。王族の肖像の話が続いているという文脈を考えると、アリソン・ワットは皇太后を描くとき、王室らしいものではなく、宝石と帽子を目立たせたと想像できる。

2つの修飾句がreprésenter(表現する)でなく皇太后につながると解釈し、「王室の属性を持たず、宝石と帽子を持つ皇太后をアリソン・ワットが表現した」と訳すのも、文法的にはおかしくない。でも肖像の話をしているのだから、結局は宝石と帽子を身につけた皇太后の絵が描かれたということになる。

「皇太后を表現する」とは肖像画を描くことだというのは私の推測。推測の信頼性を上げるには、Meyer-Stableyの文を読む以外の調査が必要になる。それについては記事「アリソン・ワットが描いた皇太后は原著者の説明と違う」に譲りたい。

新倉真由美の文法解釈の問題点

新倉真由美はreprésenter(表現する)を人物論評のことだと思っている。それだけならむげには却下できない。しかし新倉真由美は原文の重大な部分を変質させている。

1. 新しい目的語「皇太后を」の出現

次の英文を見比べて欲しい。

  1. She called her sister. (彼女は妹を呼んだ)
  2. She called me her sister. (彼女は私を妹と呼んだ)

1番目の文の目的語は"her sister"、2番目の文の目的語はme。meが目的語の場所に入った影響は小さくない。

新倉真由美がしたことは、1番目の文を「彼女は私を妹と呼んだ」と訳すのに等しい。もし原文が「皇太后を~と表現した」という意味なら、「皇太后を」を代名詞laに置き換えてでも、必ず文に書くのがフランス語の決まり。原文に「皇太后を」に当たる単語がない以上、目的語は「人気者の一人」。勝手に「皇太后を」を付け足すことはできない。

それにreprésenterを『プログレッシブ仏和辞典第2版』で引いた限り、この動詞を「~を…だと言う」という意味で使えるのかも疑わしい。

2. 叙述文が仮定文に変貌

新倉真由美は「王族の肩書がない」「宝石と帽子がある」を仮定、「人気者の一人」を結果のように扱った。でも、新倉真由美が「~であれば」という表現を使ったのと同様、フランス語にも仮定だということを示す語句がいろいろある。

  • si + 仮定を述べる文
  • 述語の時制が条件法
  • comme si + 直説法半過去の文

原文には仮定を表す語句が一切ない。なのに仮定文として訳すのは無理があり過ぎる。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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