伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2015.02.08
良好な親子関係に貢献したチャールズ皇太子
2015.02.05
絵画のリアリズムが容姿叩きに成り下がる
2015.02.02
レバノンでなくイランの人質事件

良好な親子関係に貢献したチャールズ皇太子

『バッキンガム』P.297:
それはチャールズに起きた一つの奇跡である。
Meyer-Stabley原本:
Et l'on attribue une part de ce prodige à Charles.
Telperion訳:
そしてこの奇跡の一因はチャールズだとされている。

家庭のもめ事が多かった時期があるにもかかわらず、原書出版の2002年、チャールズと息子たちが普通に親子関係を築いていることについて。

奇跡の一部はチャールズが起こした

述語の動詞attribuerの意味

原文の述語として"attribuer A à B"という言い回しが使われている。仏和辞書には「AはBのものだとする、AをBに帰する」など、いくつかの意味が載っている。この場合、Aが"une part de ce prodige"(この奇跡の一部分)、BがCharles(チャールズ)なので、「Aの原因をBとする、AをBが作ったと見なす」という意味が最もふさわしい。

英語の動詞attributeもフランス語のattribuerとだいたい同じ意味。だからattributeを英和辞書で引くと、attribuerがどういう言葉かを理解しやすい。

奇跡の体験者を示すのでは存在意義がない原文

原文は「この奇跡の一部をチャールズのものだとする」とも訳せる。これを「この奇跡の一部はチャールズに起きた」と言い換えるというやり方もあるかも知れない。

しかし「この奇跡」はチャールズとウィリアムとハリーの関係のことなのだから、チャールズだけに起きたわけではないのは分かり切っている。「この奇跡の一部はチャールズに起きた」では、3人の自然な関係を述べた後に書き足す意味がない。

チャールズ以外の要素を消した新倉真由美

新倉真由美の「それはチャールズに起きた一つの奇跡である」は、「この奇跡の一部はチャールズに起きた」とも違う。 原文ではチャールズが関わるのは"une part de ce prodige"(この奇跡の一部)。他の部分はチャールズのものではない。全体としての奇跡は、チャールズと他の誰か(恐らくはウィリアムとハリー)のものとなる。

新倉真由美は「この奇跡の一部」を「一つの奇跡」と書き換えることにより、奇跡がチャールズだけに起きたということにした。でも「一つの奇跡」は奇跡全体を指すのだから、原文とは違う意味。

新倉真由美はこの文の少し前、「チャールズは冷たい親だと見なされていた」という意味の原文を「チャールズは冷たい親だった」と書き換えた。「チャールズは奇跡の原因」と思えなかったのも、「奇跡はチャールズだけのもの」と決めつけたのも、チャールズが冷たい親だったという確信と無縁ではないのかも知れない。

確かな事実としての書き方ではない原文

次の2点から、チャールズが奇跡の一部を生んだというのは世間一般による判断だと分かる。

  • 主語l'onは不特定の人々を指す代名詞
  • 述語attribuerには「誰かがこのように判断した」という含みがある

チャールズが冷たい親だったと確信している新倉真由美にとって、今の親子の仲が良いのは確かに奇跡。「不特定の人がそう判断している」というMeyer-Stableyの慎重な言い方は、無用の長物なのだろう。

でもMeyer-Stableyが書いているのは、良い親子関係への貢献度。確かな事実でなく、「不特定の人がそう判断している」という言い方になるのは、私には納得できる。

絵画のリアリズムが容姿叩きに成り下がる

『バッキンガム』P.239:
真に根本的な問題は、王制の神秘的な面を保ちあらゆる状況で理想化するべきか、逆に、真実に目を向け、ロイヤルファミリーのメンバーを〈一般の人々〉として見なすべきかということである。最近では時々辛辣な表現で侮辱され、ごま塩頭とか、重責のためのしかめっ面と言われることもある。
Meyer-Stabley原本:
La véritable question de fond est la suivante : s'agit-il en toute circonstance d'idéaliser,de conserver le côte sacré de la royauté, ou faut-il au contraire privilégier la vérité et faire des membres de la famille royale des « gens comme les autres », atteints par les premiers outrages des ans, quelques rides d'expression, une chevelure poivre et sel, un air plus sévère que souriant qu'explique l'accumulation des responsabilités ?
Telperion訳:
根底にある真の問題は次のことである。どのような場合も理想化し、王制の神聖な面を維持するべきなのか、それとも反対に真実を優先し、王家の一員を「他と同じような人々」にする必要があるのか。つまり、年月の凌辱、表情の若干のしわが現れ、ごま塩頭になり、責任を負い続けたために微笑みより深刻な雰囲気が生まれたようにするのか。

第12章「肖像画の中で」(フランス語は"En portrait")の節「理想主義と現実主義のはざまで」(フランス語は"Entre idéalisme et réalisme")の先頭の文。章の名から想像できるとおり、この章は王族の肖像作成を中心に据えている。

前の節で出たモデルを美化しない肖像画

今回の文を理解するには、その周辺に書かれた内容を知ることが欠かせない。だから本文の解釈を始める前に、その前に書かれたことを説明しておく。

初めに書いたとおり、問題の文は新しい節の冒頭。その前の節の最後で、ブライアン・オーガン(Bryan Organ)が描いたチャールズ皇太子とダイアナ妃の肖像画が話題になっている。新倉本の説明を読んですら、絵のチャールズが君主然としていないことは何となく分かる。そして節の結びの文では、「君主が一般人のように見なされるのは不幸なこと」という意味の感想が引用されている。

問題の肖像画は多分次の2つ。良くも悪くも、高貴さより人間臭さが前面に出た絵。賛否両論だったと新倉本に書いてあるのもうなずける。

本文を読む前から見当が付く理想主義と現実主義の内容

オーガンの肖像画のくだりを読んでいれば、次の節の題「理想主義と現実主義のはざまで」を読んだ時点で、2つの主義が何を指すかは察しが付く。

理想主義
王族は特別な人間に見えるように描くべきという考え。オーガンの絵に対する「君主が一般人のように見なされるのは不幸なこと」という批判はこれに基づく。
現実主義
たとえ王族でも普通の人間と同じように描くべきという考え。オーガンはこちらの陣営。

あらためて対比される絵画制作の理想主義と現実主義

ようやく問題の文の説明に移る。提示される疑問は、原文ではセミコロンの後から文末まで。長いので2つに分けて説明する。

1. 主文となる疑問文

s'agit-il en toute circonstance d'idéaliser,de conserver le côte sacré de la royauté, ou faut-il au contraire privilégier la vérité et faire des membres de la famille royale des « gens comme les autres » ?

(どのような場合も理想化し、王制の神聖な面を維持するべきなのか、それとも反対に真実を優先し、王家の一員を「他と同じような人々」にする必要があるのか。)

節の題になった理想主義と現実主義について説明し、問題を提起している。先ほど述べたとおり、Meyer-Stableyがここで言う理想主義と現実主義とは、どちらも画家が王族の絵を描くときの姿勢だと考えてよい。

2. 「他と同じような人々」の特徴

atteints par les premiers outrages des ans, quelques rides d'expression, une chevelure poivre et sel, un air plus sévère que souriant qu'explique l'accumulation des responsabilités

(年月の凌辱、表情の若干のしわ、ごま塩髪、責任を負い続けたために微笑みより深刻な雰囲気にやって来られ)

疑問文最後の語句« gens comme les autres »(他と同じような人々)を修飾するのが上の部分。先頭にあるatteintsは、「~に到達される、傷つけられる、追いつかれる」などという訳語があり、訳しにくい。しかしとにかく、何かが一般人、そして一般人と同じ扱いの王族のもとに来たことは分かる。前置詞parの後に続くのが来たものだが、これがやたらと多い。

  • les premiers outrages des ans (年の最初の凌辱)
  • quelques rides d'expression (表情のしわがいくつか)
  • une chevelure poivre et sel (白いものが混じった髪)
  • un air plus sévère que souriant qu'explique l'accumulation des responsabilités (責任の累積によって説明される、微笑むよりもっと深刻な雰囲気)

これらに押し掛けられた「他と同じような人々」とは、年相応に老けた外見の人だと分かる。「王家の一員を他の人と同じようにする」現実主義では、しわや白髪が遠慮なく描かれるということになる。

新倉真由美が創作した悪口

最初の疑問文は、だいたいは新倉真由美のように訳しても問題ない。もっとも、sacré(神聖な)を「神秘的な」と訳せるのか疑問だが。でもその後がいけない。リアルな絵画が扱う身体的特徴が、王族に向けられた嘲笑と化した。

  • "outrages des ans(年の侮辱)が単なる「侮辱」に。これでは人からの侮辱にしか見えない。
  • "quelques rides d'expression"(表情のいくつかのしわ)を「時々辛辣な表現で」としたらしい。expressionに「表現」という訳語はあっても、「辛辣に」と訳せる単語は見当たらない。
  • "plus sévère que souriant"(微笑んでいるよりも深刻な)に比べると、「しかめっ面」に込められた悪意はけた外れ。
  • 最後が「と言われている」で終わる。原文のどこにそう訳せる個所があるのか。

まるで画家の放言か三流メディアの報道のような言い方。こうなると、最初の「理想化すべきか、現実を重視すべきか」という問いが画家の創作姿勢についてのことだと新倉真由美が理解しているのかも怪しい。もし理解していたとしても、画家がリアリズムを重視するのは王室を貶めるためだと思わなければ、あんな文は書けないだろう。

更新履歴

2015/2/4
記事公開
2015/2/5
はるかに詳細な説明に書き換え、公開日付をこの日に変更

レバノンでなくイランの人質事件

国が違う別の人質事件

『バッキンガム宮殿での日常生活』P.80に出てくる、サッチャーが首相当時関わったとされる「レバノン人質事件」。原書では"l'affaire des otages du Liban"。新倉真由美ならずとも「レバノン人質事件」に似た訳語を当てるでしょう。

しかしレバノン人質事件とは何かをgoogle検索で調べたところ、どうもそれらしき事件がヒットしません。かわりに浮上したのがこれでした。

英語のほうがはるかに詳細ですが、概要を知るなら日本語で十分でしょう。サッチャー首相時代初期の1980年4月30日に発生し、5月5日にSAS突入で解決した占拠事件です。

最寄りの図書館にあった『サッチャー回顧録[上] ダウニング街の日々』(マーガレット・サッチャー著、石塚雅彦訳、日本経済新聞社)P.117-119にも記述があります。この上下巻の目次には小見出しまで載っていますが、レバノン人質事件があれば扱いそうな見出しは、駐英イラン大使館の事件が含まれる「中東危機」だけ。「レバノン人質事件」は本当は「イラン人質事件」なのでしょう。

証言を引用する姿勢の甘さ

「レバノン人質事件」は、チャールズ皇太子とサッチャーの関係が良くなかったという文で取り上げられます。どこぞの関係者が「皇太子は事件でのサッチャーの対応に批判的だった」と語り、それをMeyer-Stableyがどこぞの文献で見つけて本に取り入れたという形でしょう。

当時のチャールズがレバノンとイランを間違えたとは思えません。Meyer-Stableyがイランでなくレバノンを挙げた理由は、次のどちらかのはず。

  • 関係者がチャールズの言葉をうろ覚えのため国名を間違えて、一次文献著者もMeyer-Stableyも間違いをそのまま本に書いた
  • Meyer-Stableyは関係者証言をいい加減に読み、国名を間違えた

関係者のうろ覚えはいかにもありそうなことです。『ヌレエフとの密なる時』原著者のプティだって、「母に会いにソ連に行ったヌレエフがキーロフ劇場を再び訪れた」などと書いていますから。一次情報源の言葉をそのまま引用するのは、何の断りもなく修正するよりは適切な対処と思います。

でも、あやふやな昔話を聞いた王室本著者がそのあやふやさに気づかないことは肯定できません。内輪話は嘘や真実が入り乱れているもの。耳にしたことをすべて無批判に受け入れるのではなく、信頼できる証言かどうかを吟味しなければ、著書が根拠薄弱でセンセーショナルに流れるだけではないですか?せめて「1980年の駐英イラン大使館の事件と思われる」と注をつけたくなるくらいの違和感は持ってほしかったのですが。

一次文献で「イラン人質事件」だったのをMeyer-Stableyが読み間違えたとしたら、もう問題外。本に書きたいことは丁寧に読んでくれと言いたい。実際、『Noureev』での「ダニエル・エズラロー振付In the middle, somewhat elevated」「魔法の詩」などなどを思うと、こちらの可能性のほうが高いですね。

おまけ - すべての交渉を拒否したとは限らない?

出来事の捉え方を正しい、間違いと区分けするのは難しいものです。でも、先ほど書いた『サッチャー回顧録[上]』で占拠事件のくだりを読んでいたら、次のくだりをMeyer-Stabley(または一次情報源の人物)の論評らしい「すべての交渉を拒否した」と対比させたくなりました。サッチャーと当時の内務大臣ウィリー・ホワイトローが合意した対処方針です。

すなわち、まず辛抱づよく交渉を試みる。しかし、もし人質の誰かが傷つくようなことがあれば、大使館を攻撃することを考える。そして人質が一人でも殺されたら、空軍特殊部隊(SAS)を必ず送り込むことにする。作戦にはある程度の弾力性がなくてはならなかった。しかし、はじめから問題外だったのは、人質と一緒であるにせよそうでないにせよ、テロリストたちを逃すことだった。(P.118)

実際、SASが突入したのは事件発生5日後、人質の一人が殺されてから。サッチャーはテロリストの要求を聞く気はなくても、武力なしで解決するための交渉は否定していません。

この事件をMeyer-Stableyがどう評価しようと、王室本の良し悪しにはほとんど関わらないでしょう。でも、「もしかしてMeyer-StableyはサッチャーがただちにSASを突入させたと思っているのかな」と意地悪く考えてしまいます。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する