伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2015.01.19
実態と合わない肩書への冷やかし
2015.01.17
職員に尊敬されるのはダイアナでなくチャールズ
2015.01.15
ロイヤル・ヨットはアンティル号ではない
2015.01.13
夫に従う誓いを強制されるダイアナというイメージ
2015.01.11
人間性を証明したのはダイアナでなくエリザベス

実態と合わない肩書への冷やかし

『バッキンガム』P.107:
人びとは宮殿内で使われている言葉や、女王の部屋に絶対出入りできない衣装係、女官、引き裾の女官、ピラミッドの頂点にいる馬を持っていない侍従(乗馬教師と同義語)、女性ばかりなのに未だに〈卿〉と呼ばれる補佐官など、古めかしい肩書をからかわずにはいられない。
Meyer-Stabley原本:
On ne se prive pas de railler le langage de la cour et le côté désuet de certains titres. Ainsi les dames d'atour, qui ne pénètrent jamais dans la chambre de la reine ; les dames d'honneur, un peu plus élevées dans la hiérarchie ; les dames de la traîne, au sommet de la pyramid ; les écuyers, qui n'ont pas de chevaux; les lords-lieutenants, fonction parfois remplie par des femmes que l'on continue d'appeler « lords »...
Telperion訳:
宮廷の言語や、ある種の肩書の廃れた面は、遠慮なく笑われる。たとえば、女王の寝室に決して足を踏み入れない衣装婦人、階層の中でもう少し地位が高い名誉婦人、ピラミッドの頂点にいる引き裾婦人、馬を持たない乗馬係、時には女性が果たすのに卿と呼ばれ続ける長官卿…。

Meyer-Stableyはここで、フランス語(恐らく英語でも)では名前と仕事が合っていない肩書を冷やかしている。しかしここで挙がる肩書の中には、日本語では別な訳が一般的なものもある。定訳では実態と違う名前だと分からないし、フランス語の直訳ではおなじみの肩書だと分からない。訳文だけで原文の意味を十分に伝えるのは私には無理。

肩書の名前の解説

これから肩書のそれぞれについて、名前の説明とMeyer-Stableyの言いたいことを書いていく。もし出版本なら、肩書の1つ1つに訳注を付ける形になったろう。

les dames d'atours
  • 文字どおりの意味は「衣装の婦人」
  • 寝室で女王の着替えを手伝うわけでもないのに、「衣装の婦人」とはこれいかに。
les dames d'honneur
  • 一般的な訳語は「侍女、女官」。文字どおりの意味は「名誉の婦人」
  • 召使の中では大した身分でもないのに、「名誉の婦人」とはこれいかに。
les dames de la traîne
  • 文字どおりの意味は「引き裾の婦人」
  • 引き裾は引きずられるもので、"à la traîne"には「落後した」という意味もあるのに、引き裾の婦人が召使を率いるとはこれいかに。
les écuyers
  • 王室関連の訳語は「侍従」。「乗馬教師、曲馬師」といった訳語もある。
  • 馬もないのに、「乗馬教師」とはこれいかに。
les lords-lieutenants
  • 原文中のlordは男性限定の敬称の意味もある。
  • 女性もなる地位なのに、lordが付くとはこれいかに。

Meyer-Stableyが肩書をdésuet(流行遅れの、廃れた)と形容しているのは、「昔は名前と仕事が合っていたのだろうが、今はもう違う」と言いたいからだろう。

古風な単語が問題なのではない

私自身が不満だらけな訳しかできないので、本来は他人の訳をとやかく言えない。しかし新倉真由美は訳のうまい下手以前に、Meyer-Stableyが肩書を笑う理由をほとんど理解していないのが、次のことからうかがえる。

  1. "les dames d'honneur"のくだりが「女官」一言だけ。
  2. 「ピラミッドの頂点にいる」を侍従に付けた。でもセミコロン(;)はコンマ(,)より区切りの意味が強い記号。"au sommet de la pyramid"とつながっているのは、セミコロンの向こうにある"les écuyers"ではなく、コンマの向こうにある"les dames de la traîne"。
  3. 「未だに〈卿〉と呼ばれる補佐官」では、肩書そのものに「卿」(lord)が付いていると分からない。

これでは、これらの肩書が笑われる理由が次のように誤解されそう。

  1. 「女官」という言葉は古臭い
  2. 今どき使わない「引き裾」という言葉が肩書に含まれている
  3. 補佐官になった女性は周りに「卿」付けで呼ばれる

「侍従に当たるフランス語écuyerには乗馬教師という意味もある」は、新倉真由美にも分かったらしい。でも新倉真由美の書き方で読者がそう理解できるのかは疑問。私は侍従と乗馬教師が同義語なのは宮殿内部の慣例という可能性も思い浮かべた。

肩書の笑いどころへの新倉真由美の理解が足りないため、続く文でもどんどんぼろが出る。それについては「嘲笑の対象ではない白鳥担当者」や「職名のからかいが職員や絵画の侮蔑に激化」を参照してほしい。

言葉遊びへの無理解以外で気になったこと

男性もなるlord-lieutenant

lord-lieutenantは"fonction parfois remplie par des femmes"(時折女性がなる職)とある。「女性ばかり」は明らかに誤訳。実際、王室Webサイトにあるlord-lieutenantの説明ページには、"Men or women of all backgrounds"(あらゆる前歴の男女)とある。

lord-lieutenantは州の代表

王室サイトの説明によると、lord-lieutenantは州における王権の代表者として、王室がらみの儀礼行為を行うらしい。「ジーニアス英和大辞典」にはlord-lieutenantの訳語の1つとして「州(county)知事」がある。「補佐官」は個人秘書のような仕事を連想させ、lord-lieutenantの訳語には向かないと思う。

役職名は私にとって特に苦手な翻訳対象。それに私自身、最初はlord-lieutenantを宮殿の王族付きの役職だと思い込んでいたので、他人の訳語をとやかく言える立場ではない。でもlord-lieutenantはMeyer-Stableyが挙げた他の肩書に比べて外部から見えやすい地位なので、気づいたことはせっかくだから書いておく。

職員に尊敬されるのはダイアナでなくチャールズ

『バッキンガム』P.105:
王室で最も尊敬する人物、という調査ではチャールズ皇太子妃と僅差だった。
Meyer-Stabley原本:
Un sondage effectué parmi le personnel la désignerait comme la personne la plus respectée de la famille, suivie de près par le prince Charles.
Telperion訳:
職員の間で行われた調査では、王家のうち最も尊敬される人として選ばれた。少し後に続いたのはチャールズ皇太子である。

エリザベス2世が宮殿の職員にとって良い主人だという評判について。上でははっきり訳出しなかったが、最も尊敬される人として選ばれたのは彼女(désigneraitの前にある代名詞la)で、文脈からエリザベスと分かる。

ダイアナが批判の直後で尊敬されるという不思議

上の新倉真由美の文は、これだけ読むと普通に見える。でも、新倉本では前の文は次のとおり。

宮殿では皆、女王は気難しい〈主人〉ではないと口を揃えて言う。ダイアナ妃のように気まぐれではなく、マイケル・ケント公妃のようにお高くもなく、マーガレット王女のように疲れさせることもない。

女王と比べて評判が悪い3人のなかにダイアナが入っているのに、なぜ直後でダイアナが王家の中で最も尊敬されているのだろう。

もっとも、後で書くとおり、「宮殿では評判が悪くても一般社会では尊敬される」という答えを出すことはできる。でも私は、この文脈で一般の世論調査が出ることに納得が行かなかった。

まったくダイアナに味方しない原文

次点はチャールズ

原文で女王に続いたのは"le prince Charles"。新倉真由美は"la princesse Charles"とでも見間違えたのか? でも英語でダイアナを"Princess Charles"と呼ぶのは見かけないので、フランス語でも同じだろうと私は思うのだが。

調査の対象は職員

原文ではsondage(調査)の後に"effectué parmi le personnel"(職員の間で行われた)とある。さらに前に「宮殿では皆」とあるのだから、宮殿に勤務する職員のことだろう。

世論調査なら、ダイアナのほうがチャールズより人気が高いだろう。でもこれは職員の調査。どちらのほうが仕えやすい主人かという問いには、別な答えが返ってもおかしくない。

宮殿の職員の感想とおぼしき「ダイアナは気まぐれ」の直後に、職員の調査でダイアナが尊敬されるという結果が出るのは、いかにも不自然。でも単なる「調査」なら、広い世論調査だと受け取り、反対の結果を受け入れることは可能。「職員の調査」より「調査」のほうが、尊敬されるダイアナというイメージを作るには都合がいい。

エリザベスは明確に一位

原文最後の"suivie de près par le prince Charles"の直訳は「チャールズ皇太子によって近くで付いて来られ」。エリザベスにチャールズが付いてくるのだから、最も尊敬されるのがエリザベス、2番目に尊敬されるのがチャールズという順位ははっきりしている。

新倉真由美が選んだ言葉は「チャールズ皇太子妃と僅差だった」。これだと、エリザベスとダイアナの順位がはっきりしない。ダイアナが1位、エリザベスが2位という可能性もある。

漢字1つの問題だとしても

調査対象が訳されなかったのは、単に粗雑なだけかも知れない。ダイアナが1位にも見えるのは、新倉真由美自身も気づいていないかもしれない。「チャールズ皇太子」の後に「妃」が付かなかったら、私はこの記事を書かなかっただろう。それとて、漢字1文字のことでは、単なる誤植の可能性もある。

でも私は、「チャールズ皇太子妃」を善意で見てあげることができない。私は『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』を読みながら、「特定の一方向に偏った間違いが多すぎ!」と散々思ってきた。『バッキンガム宮殿での日常生活』の宮殿案内以外を読み始めたばかりの今、再びそう思っている。

ロイヤル・ヨットはアンティル号ではない

『バッキンガム』P.191:
夫妻は足早に両親や贈り物や馬を後にし、ロイヤルヨット、アンティル号に向かった。
Meyer-Stabley原本:
Le couple quitta rapidement parents, cadeaux, sujets et chevaux pour cingler vers les Antilles à bord du yacht royal.
Telperion訳:
夫妻は両親、贈りもの、臣民や馬から速やかに離れ、王室ヨットに乗ってアンティル諸島に針路を取った。

アン王女とマーク・フィリップスの結婚式後のこと。

アンティルは地名

夫妻が向かった先である"les Antilles"が航海の目的地だということは、次の2点からだけでも分かる。

  1. 「向かう」に対応する原文の動詞はcinglerで、「(ある場所に向けて)航行する、針路を取る」。
  2. 原文最後の"à bord du yacht royal"は「王室のヨットに乗って」。

それにAntillesそのものも仏和辞書に「アンティル諸島」として載っている。

王室ヨットはブリタニア号

念のため、アン王女のハネムーン先がどこかに書いていないかと探したら、王室ヨット、ブリタニア号のWebサイトに英国王室カップル4組のハネムーン航海が載っているのが見つかった。アンとマーク・フィリップスのハネムーンの説明には、"Their cruise around Barbados and the Caribbean"(二人がバルバドスおよびカリブ海を一周りする航海)とある。アンティル諸島はカリブ海にあるので、実際に二人のハネムーン先らしい。

このブリタニア号、もうお役御免になったというのに、今なお単独のWebサイトがある。よほど重要な乗り物だったのだろう。今では観光スポットとして公開中らしく、日本語の説明文も無数に見つかる。

私は英国王室に関する知識をろくに持ち合わせていないので、新倉真由美の文に何の違和感もなかった。この文の誤訳に気づいたのは、少し前の部分の原文をチェックしたとき、たまたまここが目に入ったからに過ぎない。でも、もっと詳しい読者なら、「ロイヤルヨット、アンティル号」を読んで唖然とするかも知れない。

夫に従う誓いを強制されるダイアナというイメージ

『バッキンガム』P.191:
近年〈ペチコートの反乱〉と書いたビラがばらまかれ、イギリスのMLF(女性解放運動)も罵声をあげたが、〈従う〉という言葉は現在でも残されている。レディダイアナはカンタベリー大司教にこの言葉を削除するよう懇願した。
Meyer-Stabley原本:
malgré une récente « insurrection en jupon » (dixit la presse) menée à coups de tracts et de vociférations par le MLF anglais, elle maintint bien le terme « obéir ». Lady Diana, elle, demanda à l'archevêque de Canterbury de le supprimer.
Telperion訳:
最近の「ペチコートを履いた蜂起」(マスコミいわく)の結果、イギリスの女性解放運動がビラや怒号を連発したものの、彼女は「従う」という言葉をしっかり残した。レディ・ダイアナはカンタベリーの大主教に、この言葉を除くように求めた。

アン王女とマーク・フィリップスの結婚式での「夫を愛し、敬い、従う」という誓いの言葉について。

過去の描写が現在の一般的な情景扱い

新倉真由美の「〈従う〉という言葉は現在でも残されている」は、現在の結婚式一般についての説明という印象を与える。しかし対応する原文は"elle maintint bien le terme « obéir »."。

  • 文の主語はelle(彼女)。
  • 文の述語maintint(維持した)の時制は直説法単純過去(ちなみに動詞の原形はmaintenir)。つまり過去のある時点の出来事を指している。

つまりこの文は、アンが最初の結婚式で行ったことだけを指している。もし新倉真由美の唱えるような現在の一般論なら、主語は不特定多数を指すonだろうし、述語の時制は直説法現在maintientになる。

ダイアナの願いが困難だったという印象への誘導

新倉真由美によると、ダイアナは「従う」という言葉を削除するよう「懇願した」。「懇願」には、なかなか承諾しない相手に何度も必死に頼むというイメージがある。まるでダイアナが大主教に「誓いの言葉を削るなどとんでもない」と強硬に反対されたかのよう。哀願むなしく、式では嫌々ながら夫への服従を誓わされたという結果すら想像できる。

ところが、原文の動詞はdemander。英語のaskのように、頼みが困難かどうかの先入観を持たせない、中立的な「求める、頼む」という意味。

ちなみに、『危機の女王 エリザベスII世』(黒岩徹著、新潮選書)には、エリザベス二世の結婚式に絡めて次のような記述がある。困難を伴ったかどうかは知らないが、少なくともダイアナは「夫に従う」とは言わずに済んだらしい。

エリザベスは、慣例にしたがい、カンタベリー大主教の前で「夫を愛し、夫を大事にし、夫に従う」と誓った。この「従う」という言葉に対し、後に男女同権に反するとの抗議の声が広がり、一般の結婚式でも、この言葉を削る例が続出した。その三四年後、チャールズ皇太子とダイアナとの結婚式では、社会通念の変化を反映して、ダイアナ妃は「従う」という言葉を口にしなかった。(P.58)

小さな逸脱の相乗効果

昔行われた1つの結婚式の様子が現在の一般的な情勢のように書かれるのは、新倉真由美が代名詞にも述語の時制にも無関心なせいかも知れない。ダイアナの要求が「懇願」になるのは、新倉真由美が大げさな言葉を使いたがるせいかも知れない。しかしこの2つが組み合わさると、英国全体、もしくは英国王室の結婚式が今に至るまで古い因習に支配されており、その中でダイアナがもがいているというイメージが浮かんでくる。これは偶然の産物だろうか、それとも新倉真由美がもとから抱いているイメージだろうか。

ビラの印刷内容ではない「ペチコートの反乱」

原文の« insurrection en jupon »(ペチコートを履いた蜂起)には、説明が2つある。

Meyer-Stabley原本:
(dixit la presse)
Telperion訳:
(マスコミいわく)
Meyer-Stabley原本:
menée à coups de tracts et de vociférations par le MLF anglais,
Telperion訳:
イギリスの女性解放運動によるビラや怒号の発射に至った

1番目の説明にあるdixitは手持ちの仏和辞典にないので、ラルース仏語辞典から説明を引く。

Mot latin signifiant il a dit, employé auprès du nom de quelqu'un pour le désigner comme l'auteur des propos rapportés.
「彼は言った」という意味のラテン語。伝えられた言葉の作者だと示すために、誰かの名前に対して使う。

「ペチコートを履いた蜂起」はマスコミによる呼び名。そして蜂起が原因となってビラがばらまかれた。でもマスコミが使う言葉が当然のようにビラに書かれているとは言えない。ビラを書くのはマスコミではないのだから。

新倉真由美の文では理解できなかった「ペチコートの反乱」

私がこの部分の原文を読みたくなったのは、「〈ペチコートの反乱〉と書いたビラがばらまかれ」とはどういう運動なのか、納得が行く答えが見つからなかったから。

「イギリスのMLF(女性解放運動)も罵声をあげた」と並んでいるのだから、ビラのばらまきは女性解放運動と親和性があるのだろう。しかし私個人の感想では、「ペチコートの反乱」は胸を張って名乗れるかっこいい名前ではない。むしろ、相手を小馬鹿にするためのレッテルかも知れない。だからビラの作成者が自らの運動を「ペチコートの反乱」と呼ぶとは、ぴんと来なかった。

では「ペチコートの反乱」とは、ビラのやり玉に挙がったもの、この場合は「夫に従う」という誓いの言葉だろうか。でもどういう思考回路に従えば、夫に従うという誓約を「ペチコートの反乱」と呼んで非難したくなるのか、私にはとても想像できない。

人間性を証明したのはダイアナでなくエリザベス

『バッキンガム』P.298:
他界したダイアナを拒絶したのはウィンザー家最大の誤りで、彼らの冷たさは厳しく批判された。皇太子妃は一連の行動の中で既存のルールを破ったが、それは良心と人間らしさを証明することになった。女王陛下が国民たちの前に姿を見せ、彼らに話しかけ、時折目に涙を浮かべながら花束を受け取ったのは、〈ダイアナ革命〉とも言うべき人気に、心底圧倒されたためであった。
Meyer-Stabley原本:
Donner l'impression de rejeter Diana même dans la morte a été la plus grande erreur des Windsor, critiqués ainsi pour leur froideur. Certes, la reine a su rompre avec le protocole dans un bel exercice de relations publiques, faisant enfin preuve de bon cœur et d'humanité. Mais c'est vraiment sous la pression populaire de la « révolution Diana » que la souveraine est allée à la rencontre de ses sujets, leur a parlé, accepant des bouquets, parfois même les larmes aux yeux.
Telperion訳:
逝去のときすらダイアナを拒否した印象を与えたことは、ウィンザー家最大の過ちであり、こうしてその冷たさを批判された。なるほど、女王は広報活動を上手に実行して儀礼を破ることができ、ついには真心と人間性を証明した。しかし、女王が臣民に会いに行き、話しかけ、花束を受け取り、時には目に涙すら浮かべたのは、本当に「ダイアナ革命」の人気の圧力を受けてのことだった。

ダイアナ妃が逝去して数日後、エリザベス2世が数々の追悼行為を行って国民感情をなだめたことに続く文。ただし新倉真由美の文では、前の文で触れられた追悼行為が女王のものだと分からない。

女王と皇太子妃の取り違え

最も目を引くのは、第2文で儀礼を破り(rompre avec le protocole)、真心と人間性 を証明した(faisant enfin preuve de bon cœur et d'humanité)のが、ダイアナにされたこと。原文の主語は女王(la reine)であり、ダイアナはprincesse。王室本を訳していてreineとprincesseを取り違えるとは、控えめに書いてもはなはだしい不注意。

儀礼を破る女王の広報

「儀礼を破り」の後にある"dans un bel exercice de relations publiques"(広報活動を上手に実行して)は、引用直前の文でも触れられている、エリザベス2世のさまざまな弔意公表を指す。すでに離婚後のダイアナのために広く弔意を表すのは、女王の立場では異例だったのだろう。

新倉真由美は「一連の行動の中で」という不思議な訳語を当てた。新倉真由美にとって、儀礼を破ったのはダイアナ。良心と人間らしさを証明したダイアナの行動を広報と呼びたくなかったのだろうか。

なお、試訳の「広報活動」は、『プログレッシブ仏和辞典第2版』のrelationの項にあった"relations publiques"の訳語をそのまま採用したもの。英語の"public relations"もそういう意味。

拒絶したと断定しなかった原著者

新倉真由美は最初の文を「他界したダイアナを拒絶したのは」と始めた。しかしこれに当たる原文は、"Donner l'impression de rejeter Diana même dans la morte"(死亡してすらダイアナを拒否する印象を与える)。

確かに、国民は王家がダイアナを拒否したと思って怒りを覚え、エリザベス2世が事態の収拾に奔走することになった。でもMeyer-Stableyは「拒否した」でなく「拒否した印象を与えた」と書いた。慣習に従い弔意公表を控えたとしても、ダイアナを拒否するつもりのことではないという可能性を否定していないのだ。

原著者が批判に交えた譲歩

この部分では、「certes(なるほど) ~, mais(しかし) ~」という表現が使われている。これは、自分の主張に対する一定の反論を認めるという譲歩を交えた構文。この構文を使う主張は、次の流れをたどる。

  1. まず、著者が主張したいことを書く
  2. 次にcertes(なるほど)という前置きを付け、最初の主張と反することを書く
  3. 最後にmais(しかし)という前置きを付け、直前の主張が正しくても最初の主張はやはり正しいと結論を出す

上の原文で、Meyer-Stableyの主張の流れはこうなる。

  1. ウィンザー家は冷たい印象を与えるという過ちを犯した
  2. なるほど、女王は数々の人間味あふれる行動をした
  3. しかし、女王の行動は大衆の圧力を受けてのことだ

つまりMeyer-Stableyは、ダイアナの死後すぐに王家が弔意を表さなかったことに総じて批判的。しかし途中では、女王の奔走を評価した。

新倉真由美が「certes ~, mais ~」構文を理解しない例は、「トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了」や「ヌレエフが生まれた年のソ連」を始め、いくつもある。ここでも、途中に挟まれた女王の奮闘は一切無視。王家の冷たさとダイアナの素晴らしさばかりを強調している。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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