伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.12.07
高名なバラ、ピースの描写

高名なバラ、ピースの描写

『バッキンガム』P.55:
メイランド夫人が作った“平和”は鮮やかな黄色で、ぎざぎざした陰影のある花である。
Meyer-Stabley原本:
Enfin, Peace, création de Mme Meilland : jaune clair, magnifiquement découpée et ombrée de rose.
Telperion訳:
最後に、マダム・メイアンが作出したピース。淡い黄色で、ぎざぎざとピンクの陰影が見事である。

宮殿の庭園に多い3種のバラのうち、Meyer-Stableyが最後に挙げた品種。

ピースはとても有名な品種名

原文でPeaceがイタリックなのは、外国語での名前だということを示すため。Peaceはこのバラの英語名であり、日本ではそれをカタカナにした「ピース」として知られている。

固有名詞をどう訳すべきかは、普通の品質の翻訳でも間違えがち。私自身が自信を持てない分野なので、他人のミスを取り上げるのには少しためらいがある。たとえば、Meillandはフランス人なので「メイランド」とは呼ばないが、「英語風にメイランドと書きたくなっても仕方ないか」と思ってしまう。しかしピースは、日本語wikipedia英語wikipedia仏語wikipediaに単独ページがあるほど高名なバラ。定着した名前を尊重するに越したことはない。

新倉真由美はPomps and Circumstances(日本名は「威風堂々」)が曲の原題であることに気づかず、単に「華麗さと物々しさ」に置き換えてすませたことがある。フランス語の文に英語が出たときは、なぜフランス語に訳さなくてもいい言葉なのかに思いをはせたほうがいいのだろう。

ピースは淡い黄色

clairを仏和辞書で引くと、色を指す意味としては「薄い、淡い、明るい」が載っている。実際、ピースの基調は淡い黄色だということは、日英仏のwikipediaにある写真やgoogle画像検索で、簡単に見ることができる。

「鮮やかな黄色」と言われると、ピースのような淡い黄色ではなく、バナナのような濃い黄色を思い浮かべる人のほうが多いだろう。バラ愛好家にとっては、ピースを「平和」と呼ぶより、ピースを鮮やかな黄色と呼ぶほうが奇妙な記述かも知れない。

ピースに含まれるピンク色

新倉真由美の訳抜けをいちいち指摘していたらきりがないが、名高いピースの描写なのでついでに触れておく。

新倉真由美が単に「陰影のある」とした部分のフランス語は"ombrée de rose"(roseによって陰影を付けられた)。roseはフランス語でもバラを指す名詞だが、「バラによって陰影を付けられた」では意味不明。この文脈のroseは「バラ色、ピンク」という色。実際、ピースの縁はほんのりとしたピンク。

Meyer-Stableyのミス - ピースの作出者

Meyer-StableyはピースをMme Meilland作としているが、ピースの作者はFrancis Meillandで、Madame Antoine Meillandはその母。息子Francisが母の名をバラに付けたということは、日英仏のwikipediaを始め、ピースのさまざまな説明文に載っている。

イギリスの宮殿描写なのでバラは英名のPeaceと書かれているものの、ピースのフランス語名は"Madame Antoine Meilland"。Madame Meillandの名も出すことでフランス人にも分かりやすくしようとしたMeyer-Stableyの意図は分かる。でも「Madame Meillandとして知られる」あたりで済ませればいいのに、メイアン夫人が作出者だと決めつけたのが、Meyer-Stableyの軽率なところ。英国王室本でバラの名の由来を間違えるのは軽いミスではあるが、確認を怠ったままうんちく話をしたがるMeyer-Stableyらしい。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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