伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.11.30
主廊下にただの布は飾られない
2014.11.26
最初の絨毯と2番目の絨毯がある理由
2014.11.20
バッキンガム宮殿に多分State Apartmentsはない
2014.11.12
ステート・ルームを住居と呼ぶことの是非
2014.11.06
関係悪化の原因として語られるのはブルーンの感情のみ

主廊下にただの布は飾られない

『バッキンガム』P.48:
「以前は白かった壁はロンドンの“エンドウ豆のピュレ(濃霧のこと)によってくすんだ色になり、昔風の色の生地が貼られていた。ヴィクトリア女王が好んだ、ポニーやフランス海軍に勝利を収めた場面など、さまざまな絵画や、空虚な目で通行人を見ているかのような王室の祖先の肖像画が飾られていた。
Meyer-Stabley原本:
« Ses murs, jadis blancs, avaient été ternis par plus d'une purée de pois londonienne et étaient décorés de toiles aux couleurs passées, dépeignant des sujets aussi divers que le poney favori de la reine Victoria, telle écrasante victoire navale sur les Français, ou tel ancêtre royal regardant d'un œil vide les passants.
Telperion訳:
「かつて白かった壁はロンドンの濃霧によってつやをなくし、色あせたキャンバスで飾られていた。絵はヴィクトリア女王お気に入りのポニーと同じくらい多様な題材を描いており、フランスに対する何かの海戦の大勝利や、虚ろな目で通行人を見る王家の祖先の誰かだった。

宮殿2階にある非公開の主廊下(英語の名はthe Principal Corridor)について、ピーター・タウンゼントの回想録からの引用。

壁を飾るのはキャンバス

さまざまな修飾から分かるtoileの正体

新倉真由美の「昔風の色の生地が貼られていた」に相当する原文は"étaient décorés de toiles aux couleurs passées"(色あせたtoilesによって飾られていた)。実際、toileには「(平織りの)布」という意味がある。この部分で文が終わるなら、toilesを「生地」と訳す解釈もありえるかも知れない。しかし、実際には次の語句が続いている。

dépeignant des sujets aussi divers que le poney favori de la reine Victoria,
ヴィクトリア女王お気に入りのポニーのように多様な題材を表す

前の語句を修飾する現在分詞。ポニーに関する部分の説明は後回しにするので、ここでは、中心となる部分は"dépeignant des sujets"(題材を描写する)だということに注意してほしい。

telle écrasante victoire navale sur les Français
フランスに対するかくかくの海戦の圧倒的な勝利
ou tel ancêtre royal regardant d'un œil vide les passant
あるいは、虚ろな目で通行人を見る王家のしかじかの祖先

最初のtelやtelleは、物事をぼかして示すための言葉。何の戦いなのかや王家の誰なのかを具体的には言わないという意思表示になっている。

「題材を描写する」の後に、イギリス軍の勝利や王家の祖先が挙げられる。最初の語句は絵画について説明し、2番目と3番目の語句は絵画の主題を例示していると推測できる。だからこれらの語句の前に、絵画を指す名詞が現れているはず。

そこでtoileを仏和辞書で引くと、「布」の他に「カンバス、画布」という意味もある。タウンゼントの文を仏訳したMeyer-Stableyは、まずtoileという単語で絵の存在を示し、続いて具体的に説明していることが分かる。

toileを絵だと認めなかった新倉真由美

この文で絵そのものを指す言葉はtoile以外にない。でも新倉真由美はtoileがただの布だという解釈を捨てようとしなかった。新倉真由美の文に「絵画」や「肖像画」という言葉はある。でもこれらは新倉真由美にとって、絵画を指す言葉を入れ忘れたうかつな原著者への助け舟として創作した言葉なのかも知れない。

ヴィクトリア女王のポニーは題材の例ではなく多様さのたとえ

形容詞の比較級の見落とし

先ほどのsujets(題材)を修飾する"aussi divers que le poney favori de la reine Victoria"(ヴィクトリア女王の気に入りのポニーのように多様な)は、"aussi A(形容詞) que B(名詞句)"(Bと同じくらいAである)という構文を使っている。つまり、絵を修飾する形容詞がdivers(多様な)であり、ヴィクトリアのポニーは多様さを示すための比喩。新倉真由美にはこれが見えなかったらしく、ポニーも絵の題材にしている。

形容詞が前後両方の語句を形容するという変わった解釈

英語の"as A(形容詞) as B(名詞)"に当たる平易な構文に気づかないのに劣らないミスは、新倉真由美が"favori de la reine Victoria"(ヴィクトリア女王お気に入りの)をポニーと勝利の両方に付くものとして扱っていること。フランス語の形容詞は前の名詞に付くことも後ろの名詞に付くこともあるが、前後の名詞を同時に修飾するという例は、私の少ない経験では見たことがない。1つの形容詞で複数の名詞を修飾する場合、名詞をet(および)やou(または)で1か所にまとめるほうが普通なのだから。

おまけ - 実際に多いらしいヴィクトリア女王のポニー

「ヴィクトリア女王のポニーと同じくらい多様な」と言われても、ヴィクトリアが馬を愛好していたかどうかも知らない私には、さっぱり実感できない。そこで英国王室コレクションサイトのコレクション検索ページで、Victoria、Queen、ponyをキーワードに検索したら、検索結果の最初の12点の中だけで、ヴィクトリアのポニーがこれだけ出てきた。

  1. 女王のポニーCraig Liadhの写真
  2. 女王のポニーMalakoffの写真
  3. ポニーFloraに乗った女王の絵
  4. ヴィクトリアが王女だった頃のポニーBeautyの絵

私にはポニーの毛色や品種まで詳しく見比べる根気はないが、女王が馬好きで生涯にわたって多くのポニーに親しんだらしいとは推測できる。

最初の絨毯と2番目の絨毯がある理由

『バッキンガム』P.42:
レッドカーペットは〈お手元金入口〉の扉から宮廷まで敷き詰められているため、かなり傷んでいる。
Meyer-Stabley原本:
Le premier tapis rouge est plutôt élimé, car il s'étend des marches de Privy Purse jusqu'à la cour.
Telperion訳:
最初の赤絨毯はかなりすり減っている。君主手許金の階段から中庭まで延びているためだ。

謁見に呼ばれた訪問者が宮殿に入った直後の場所の描写。

courは宮廷でなく中庭

以前、記事「説明している出入口は門でなく戸口」と「中途半端に終わった拝謁シミュレーション」で、新倉真由美が中庭を指すcourを「宮廷」と訳すくせに触れた。ここで取り上げたのは、私の目に入った残りの1つ。

原文で赤絨毯にpremier(最初の)が付いているのは、中庭に着いた訪問者が中庭を通過するため。中庭には当然ながら絨毯は敷かれておらず、建物に戻るときに2番目の赤絨毯が始まる。このいきさつは、この部分の少し後の部分を取り上げた「中途半端に終わった拝謁シミュレーション」で説明してある。

courを「宮廷」と解釈すると、「最初の赤絨毯」をうまく説明できない。宮廷に入る前に赤絨毯が敷かれているなら、宮廷に入った後もずっと敷かれているだろう。だから2番目の赤絨毯が存在しなくなる。

新倉真由美の「courは宮廷」説を補強するpremierの省略

この部分での新倉真由美の文は、courを「宮廷」とした以外は、原文との差がそれほど大きくない。

  1. 「最初の(premier)」が抜けている
  2. 「段差(marches)」が「扉」になる

そのわりに私がここを気にしているのは、「最初のレッドカーペットは宮廷まで敷き詰められている」よりは「レッドカーペットは宮廷まで敷き詰められている」のほうがまだもっともらしく見えるから。「courは宮廷」説を維持するために意図的にpremierを訳さなかったのではないかと、つい勘ぐってしまう。もっとも、新倉真由美が分厚いこの本を訳すとき、そこまで細かく考える余裕はなかったろうとは思う。

バッキンガム宮殿に多分State Apartmentsはない

「なぜ新倉本ではステート・ルームが住居呼ばわりされるんだ」という疑問から、フランス語でのappartementの意味と用例にまで発展した前回の記事。そして私が「Meyer-Stableyがステート・ルームをこう呼ぶのは不適切だろう」と考えるに至ったのは、フランス語でそう呼ばれている現状がある表現appartementsではなく、英語の呼び名"State Apartments"でした。前の記事にも書きましたが、もう一度引用します。

『バッキンガム』P.49:
住居は宮殿の南側と西側を占め、
Meyer-Stabley原本:
Ces appartements (State Apartments) occupent les côtés sud et ouest du palais ;

フランス語の原文中に英語の"State Apartments"。イギリスの宮殿の部屋の説明で英語の呼び名が出るのだから、これを読めば「現地では"State Apartments"と呼ばれているのだな」と解釈するのが普通でしょう。

ところが、私が「ステート・ルーム」と連呼しているとおり、バッキンガム宮殿のあの豪華な部屋は現地では"the State Rooms"と呼ばれます。バッキンガム宮殿の紹介ページはインターネットで山ほど見ることができますが、圧倒的多数で"State Rooms"という語句が使われます。その中に英国王室公式サイト英国王室コレクションサイトが入っている時点で、"State Rooms"と"State Apartments"のどちらが一般な名前なのかは明らかです。

他の宮殿なら一般的なState Apartments

"state apartments"を検索するとたくさん出くわすのは、ウィンザー城のそれでした。ケンジントン宮殿セント・ジェームズ宮殿にも、そう呼ばれる部屋があるようです。バッキンガム宮殿だけが"State Rooms"なのは不思議です。多分apartmentは豪華なイメージがある言葉だし、バッキンガム宮殿は他の宮殿より豪華そうなのに。でも現状は現状。客間一式をappartemente(集合住宅内の住居を指すフランス語)と呼ぶよりは、apartmentと呼ぶのが似合う部屋をroomと呼ぶほうが、私には受け入れやすいことです。

Meyer-Stableyは宮殿案内を書くときに何らかの資料を読んだでしょうが、ほとんどの資料であそこは"State Rooms"と書かれているはず。ああいう部屋を"State Apartments"と呼ぶ例がMeyer-Stableyの頭にあり、バッキンガム宮殿は違うということをつい失念したのかも知れません。

手を広げ過ぎた気味がある原本

いずれにせよ、ステート・ルームはバッキンガム宮殿内部の最大の名所。およそ一般的でない呼び名を使うと、「この本を受け入れていいのだろうか」という疑念を呼びやすいでしょう。一見間違いだと分かりにくいメンデルスゾーンフレッド・ナットビームの件と違い、観光ガイドブックを読んだだけの人にも突っ込まれやすいのが、"State Apartments"のまずいところです。

私は英国王室についての知識を求めて原本『La Vie quotidienne à Buckingham Palace sous Elisabeth II』を読んでいるわけではないので、この本に間違いが多かったとしても、本気で失望したり怒ったりはしません。でも、資料を読む暇がないなら、22.5 x 3 x 14 cm (出典は英アマゾン)もする長大な本にしなければいいのにとは思います。ステート・ルームはバッキンガム宮殿を語る上で外せませんが、メンデルスゾーンやナットビームの件は、書かなくてもよいことをわざわざ書いて墓穴を掘った形です。

ステート・ルームを住居と呼ぶことの是非

バッキンガム宮殿の観光の見どころとしては衛兵交替が有名ですが、ステート・ルームもまた観光の目玉でしょう。王座の間、舞踏会の間、青の客間など、格式ある賓客を迎えるための広間の数々。インターネット上でも写真の数々を見ることができますが、その豪華さには目を奪われます。もちろん、Meyer-Stableyもステート・ルームの部屋は力を入れて説明しています。

このステート・ルーム、『バッキンガム宮殿の日常生活』でこんな呼ばれ方をしています。原文とともに並べます。2番目の新倉訳には言いたいことがありますが、ここでは本題でないので、別記事に書ければそうします。(2014/12/22: 記事「2つのスイートがあるのは東側では?」を記述)

『バッキンガム』P.49:
住居は宮殿の南側と西側を占め、
Meyer-Stabley原本:
Ces appartements (State Apartments) occupent les côtés sud et ouest du palais ;
『バッキンガム』P.52:
西側の居住区域の一番奥には二間続きのスイートルームがある。
Meyer-Stabley原本:
Pour finir, deux suites en enfilade complètent les grands appartements de la façade ouest.

どちらも宮殿2階の説明部分にあります。最初の文の「住居」、2番目の文の「西側の居住区域」、どれもステート・ルームを指すのは間違いありません。ステート・ルームは2階の西側にあります。

「住居」?「居住区域」?写真を見る限り、ステート・ルームは式や饗宴にはふさわしくても、居住どころか宿泊にすら向きません。なるほどバッキンガム宮殿は多くの人にとっての住居。でもそのなかで誰も寝泊りしない区画をわざわざ取り上げて住居と呼ぶのは、どうにも変です。

対応するフランス語appartementsは確かに住居を指す言葉

原文と見比べると、新倉真由美の「住居」や「居住区域」とかに相当するフランス語はappartementsだと分かります。『プログレッシブ仏和辞典第2版』でappartementを引くと、こうあります。

アパルトマン、マンション. (注)集合住宅内の1世帯用の住居を指し, 日本のアパートとは異なる. 建物全体はimmeubleという. ワンルームのものはstudioという.

集合住宅のうち、ある特定の住人に属する複数の部屋を指すということですね。ラルース仏語辞典の説明もだいたい同じです。

Partie d'un immeuble comportant plusieurs pièces qui forment un ensemble destiné à l'habitation.
建物の一部であり、居住を目的とした集まりとなる複数の部屋を含む部分。

フランス語の説明としては他に、フランス語wikipediaや辞書作成サイトwiktionary.orgものぞきました。でも、ステート・ルームにふさわしそうな説明はなさそうです。

いくらステート・ルームが住居でなくても、こうもappartementの意味として居住区画ばかり出てくるようでは、住居と訳すなとは言えません。たとえ原文が不適切だったとしても、それは原著者の責任。訳者は原著者の尻拭いをするのが当然だとは私は思いません。

ステート・ルームをappartementsと呼ぶ謎

そもそもMeyer-Stableyがステート・ルームをappartementsと呼ばなければ、こんなに頭を悩ませなかったでしょう。でも、ステート・ルームをappartementsと呼ぶのはMeyer-Stableyの独断ではなく、フランス語の慣例のようです。

英国王室コレクションサイトでフランス語のバッキンガム宮殿観光案内ページを読むと、"Appartements d'État (The State Rooms)"とあります。英語のRoomsに相当する仏語がAppartementsです。googleで検索すると、こういう表記は他にもたくさんあります。それらが信頼できるかは不明ですが、英国王室コレクションサイトで使われている訳語には重みを感じざるを得ません。

集合住宅でもないステート・ルームがappartementsと呼ばれるのは、英語ではああいう部屋をapartmentと呼ぶことと関係があるかも知れません。Merriam-Webster英語辞書でapartmentを引くと、集合住宅の区画の他に、ステート・ルームにふさわしい意味も載っています。

a large and impressive room or set of rooms
大きく印象的な一部屋、または部屋の集まり

英語でapartmentと呼ばれる部屋をフランス語で呼ぶとき、apartmentと同じ意味のフランス語を探すよりは、apartmentに似たスペルの単語を流用するほうが、フランス人にとっては簡便だったのかも知れません。

辞書に頼ることの限界

私にとって一番望ましかったのは、仏語のappartementには英語のapartmentと同じく、ステート・ルームに合う意味があるということでした。それなら、その訳語を選ばなかった新倉真由美の不手際ということですみますから。

あるいは、Meyer-Stableyがステート・ルームをappartementsと呼んだのが不適切だったという結末。むやみに原著者の間違いを疑うべきではありませんが、Meyer-Stableyが間違えた事例がいくつもあるのは確かで、特に動揺せずに受け止められることです。

なのにふたを開けたら、仏語辞典とフランス語の定訳に納得がいかないという、とんでもない事態になってしまいました。私は辞書の定義を最大限尊重するようにしていますが、生きている言語としてのフランス語は、辞書の枠組みにおさまらないこともやはりあるようです。

それとも「ステート・ルームが居住目的なものか」という私の考えを疑うべきなのでしょうか。今回のステート・ルームの一件では、自分の立ち位置をいろいろ考えることになり、なかなか刺激的な体験となりました。

関係悪化の原因として語られるのはブルーンの感情のみ

『ヌレエフ』P.151:
ルドルフはすっかり有名人になってしまった自分の周辺で、エリックがあまり注目を浴びなくなるのを気の毒に思っていた。
Meyer-Stabley原本:
De plus, le Russe est devenu une telle célébrité qu'il est pénible pour Erik de sentir moins d'attention autour de lui.
Telperion訳:
その上、ロシア人があまりに有名人になったため、自分の周りでの関心のほうが低いと感じるのは、エリックにとってつらいことだった。

デンマークの名ダンサーであるエリック・ブルーンとヌレエフの関係が、恋愛としては成り立たなくなったことについて。

構文解析

原文の"il est pénible pour Erik de sentir ~"では、次の構文が使われている。英語にも同様の構文があるので、比べてみると理解しやすい。

フランス語
il est A(形容詞) pour B(名詞) de C (不定詞)
英語
it is A(形容詞) for B(名詞) to C (不定詞)
日本語の意味
CはBにとってAである。

原文に当てはめると、AからCまではこうなる。

形容詞A
pénible (つらい、耐えがたい)
名詞B
Erik (エリック)
不定詞C
sentir moins d'attention autour de lui (彼の周りでより少ない関心を感じる)

原本と新倉本が違う個所

感情の主はヌレエフでなくブルーン

さっき取り上げた文の先頭にあるilは仮主語に過ぎない。真の動作主、つまり少ない関心を感じているのも、その状況を苦痛に思うのも、前置詞pourの後に書かれたブルーン。

その前に「ロシア人(ヌレエフ)があまりに有名人になった」という文があるため、新倉真由美はその後に続く"il est pénible"を非人称構文ではなく「彼はpénibleである」と解釈したのではないかと思う。

ブルーンの悩みは深刻

pénibleの意味は「つらい、耐えがたい、苦しい」など。それほどの悩みは、ブルーンを案じるヌレエフより当事者ブルーンに似つかわしい。

仏和辞書やラルース仏語辞典を読む限り、pénibleに「気の毒に思う」という訳語は似合わない。「感情の主はヌレエフ」という思い込みから、感情の内容は同情だと新倉真由美が信じて訳語を考案したのかも知れない。

不確定な個所 - ヌレエフとブルーンのどちらの周りのことか

"moins d'attention"(より少ない関心)の後に続く"autour de lui"(彼の周りで)を新倉真由美は「ヌレエフの周りで」と解釈している。私自身は「ブルーンの周りで」だろうと思っており、それは私の訳にも出ている。でも、新倉真由美が間違いだとは言い切れないので、解釈が違うと書くだけにとどめておく。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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