伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.08.29
ヌレエフの亡命の根拠となった条約
2014.08.25
最高級の庭園と比べた上での少しの失望
2014.08.18
見取り図で防げる位置関係の間違い
2014.08.14
『バッキンガム宮殿の日常生活』の訳文の問題一覧
2014.08.11
四千よりは少ない数の照明

ヌレエフの亡命の根拠となった条約

『ヌレエフ』P.97:
ジュネーヴ協定ではすべての外国人は居住する国における保護権を要求できる
Meyer-Stabley原本:
La convention de Genève prévoit que tout étranger peut demander le droit d'asile dans le pays où il se trouve,
Telperion訳:
ジュネーヴ条約の規定によると、すべての外国人は滞在する国で保護の権利を申請できる

フランスからソ連に送還されかかったヌレエフを救うために友人クララ・サンが思い出したと書かれたことのひとつ。クララはこの後、ヌレエフがフランスの警官に政治的保護を要求する手はずを整え、ヌレエフは亡命を果たすことになる。

権利を申請できる国

新倉真由美が「居住する」と訳した述語は"se trouve"。単に「いる、ある」という意味で、住んでいるという意味ではない。

亡命直前のヌレエフの場合、自分がいる国とはフランス。実際、ヌレエフはフランスに向けて政治的保護を要求した。この事例を頭に置くと、「外国人が自分のいる国で保護の権利を申請できる」は、「他国にいる人物はそこで自国の迫害からの保護を申請できる」と言い換えられると分かる。

このときのヌレエフが居住する国と言われると、私はどうしてもソ連だと思ってしまう。しかしヌレエフがソ連での保護権を要求しても、通る可能性はまったくない。国が自国領内の国民を迫害するのを止めさせるのはあまりに実現困難で、協定の条文に採用するのは無理なのではないか。

あるいは、「居住する国」は自国からの移住先を指すという解釈もできるかも知れない。でも、上の引用の後には「が、これは当事者がはっきりと声高にその援助を主張したときにのみ適応される」(新倉本より)と続く。外国に住むようになる人がそこでの保護をいちいち声に出して主張する必要はない。この描写は亡命の瞬間を想定しているのだから、ヌレエフを含め、移住先の決定は後回しな状況が多いだろう。

おまけ - 条約の呼び名

仏和辞書だけを頼りに"La convention de Genève"を訳すなら、「ジュネーヴ協定」は最も一般的な訳語。私は国際協定のたぐいにはてんで疎いので、この訳語がありえないとは判定できない。それにヌレエフの伝記でこの言葉が間違いだったとしても、致命的ではないだろう。でもせっかく「この協定は日本語では何というのかな」と好奇心を持ったので、googleでざっと調べた結果をメモしておく。

ヌレエフが亡命する根拠としてふさわしいのは、1951年に採択された難民の地位に関する条約だろう。仏語wikipediaの説明ページには"dite Convention de Genève"(Convention de Genèveと呼ばれる)とあるので、Meyer-Stableyによる呼び名"La convention de Genève"とも合う。

日本語の「ジュネーヴ協定」から難民の地位に関する条約を連想するのは、多分難しい。

  • 日本では難民の条約にジュネーブの名を冠して呼ばないらしい。国連難民高等弁務官事務所のサイトでは、「難民の地位に関する1951年の条約」と呼んでいる。
  • 戦時の傷病軍人や捕虜や文民の受けるべき待遇を定めるジュネーブ条約が存在する。1949年のものが一番有名らしい。「条約」に対応する英語はconvention。国際条約の知識がある人が「ジュネーヴ協定」と聞いたら、1949年のジュネーブ条約を連想する可能性はかなりありそう。
  • 第一次インドシナ戦争の休戦に関する1954年のジュネーブ協定というものもある。

いわゆるジュネーブ条約もジュネーブ協定も、ヌレエフの役には立たないから、Meyer-Stableyの頭にあるものではないだろう。「難民の地位に関する条約」とか「難民条約」とかのほうが、日本人読者は戸惑わずに読めるかも知れない。

もっとも、そもそも原本の言い方があいまい。仏語wikipediaの"Convention de Genève"のページによると、こう呼べる条約は400を超えるとか。しかもそこで列挙された例のうち、唯一ボールド体で目立っているのは1949年のジュネーブ条約。フランス人が"Convention de Genève"から直ちに難民条約を連想できるか、疑問が残る。

最高級の庭園と比べた上での少しの失望

『バッキンガム』P.53:
イギリス的な見方からすると、バッキンガム宮殿は庭園造りにやや失敗したかもしれない。英国ではあちらこちらに芝生があるが、宮殿のいくつかの庭園には見事なデザインが見当たらない。
Meyer-Stabley原本:
Ceux pour qui britannique rime avec jardinage risquent d'être un peu déçus par les jardins de Buckingham Palace. La pelouse anglaise y règne bien, mais sans les splendides compositions de certains jardins royaux.
Telperion訳:
イギリスを園芸と切り離せないと見なす人々は、バッキンガム宮殿の庭に少し失望するかも知れない。そこではイギリスの芝生が見事に君臨しているが、いくつかの王室の庭の壮麗な構成はない。

失望しうるのは英国庭園の心酔者

第1文の構文解釈

原文の第1文は大きく2つに分けられる。

主語
Ceux pour qui britannique rime avec jardinage (イギリスと園芸は切り離せないと見なす人々)
述部
risquent d'être un peu déçus par les jardins de Buckingham Palace. (バッキンガム宮殿の庭園に少し失望する恐れがある)

述部は難しくないので、主語のみ説明する。

  • 主語は"ceux ~(関係節)"という形で、「~である人々」という意味。
  • 関係節は次の文をもとにしている。
    Britannique rime avec jardinage pour eux. (彼らにとって、イギリスと園芸は切り離せない。)
  • 関係節の述語の動詞rimerの基本的な意味は「韻を踏む」だが、転じて「調和する、~に等しい」という意味にもなる。「「韻を踏む」はこの場合ありえないので、私は「~と等しい」を踏まえ、「~と切り離せない」という訳語にした。

イギリスの庭を高評価するからこその失望

「イギリスと園芸は切り離せない」とは、イギリスといえば園芸の国と言う価値観を指すのだろう。そこまでイギリスの庭園を評価するからこそ、「イギリス、しかも王室のものにしては、バッキンガム宮殿の庭園は今一つ」と思えてしまうのだ。

そこまで高い水準を求めなければ、宮殿の庭園もなかなかのものなのだろう。現に、Meyer-Stableyがこの後で描写を続ける庭園の様子は悪くない。しかし、新倉真由美の「イギリス的な見方」からは、庭園に寄せる期待の大きさが分からない。イギリス人の大半が宮殿の庭園を今一つ扱いしているようにも受け取れる。

また、「イギリス的な見方」には、この見方をするのはイギリス人が主という印象を受ける。しかし、少なくとも原文からは、イギリスの庭園にほれ込む外国人が大勢いる可能性を否定できない。

比較するのはバッキンガム宮殿の庭園と他の英王室庭園

最初に述べるのはバッキンガム宮殿の芝生

原文の第2文の前半は次のとおり。

La pelouse anglaise y règne bien, (イギリスの芝生がそこで良く君臨する)
  • 芝生が君臨する場所は代名詞y(そこで)。前の文とのつながりから、当然バッキンガム宮殿の庭園を指す。
  • 形容詞anglaise(イギリスの)はyを修飾できず、直前の名詞pelouse(芝生)を修飾する。

ここで話題になっているのは、あくまでもバッキンガム宮殿の芝生に限られる。

比較対象として出すのは他の英王室庭園

原文の第2文の後半は次のとおり。

mais sans les splendides compositions de certains jardins royaux (しかしいくつかの王室の庭園の壮麗な構成はない)

バッキンガム宮殿の庭園と違って見事な構成を持つと言われているのは、"certains jardins royaux"(いくつかの王室の庭園)。前半で触れたバッキンガム宮殿と比較してほめているのだから、バッキンガム宮殿以外の英国王室所有の庭園と見るべき。

見取り図で防げる位置関係の間違い

『バッキンガム』P.53:
女王の侍女も庭園を臨む女王の私邸の真正面に、明るく広々とした寝室とゆったりした応接室のある住まいを持っている。
Meyer-Stabley原本:
La camériste de la reine dispose, elle aussi, d'un appartement personnel avec une salle de bains, une chambre à coucher vaste et claire et un salon spacieux. Il est juste au-dessus de l'appartemente privé de la reine et donne sur les jardins du palais.
Telperion訳:
女王の侍女も個人の住居を持っており、そこには浴室、広くて明るい寝室、ゆったりした客間がある。女王専用の住居の真上にあり、宮殿の庭園に面している。

住み込みの職員が泊まる部屋について述べた部分から。

"au-dessus de ~"は「~の上に」。侍女の住居は女王の住居の正面ではなく、上にある。

実際、新倉本P.38の宮殿2階見取り図、P.39の宮殿3階見取り図を見ると、3階の「女王の衣装係の部屋」が2階の「女王の寝室」の上にある。しかし2階の女王の区域の近くに侍女の部屋らしきものは見当たらない。

見取り図による確認の重要性

ちょっと熱心な読者なら、部屋が宮殿のどこにあるかを見取り図で確かめながら読むだろう。本文と見取り図のつじつまが合わないと、原文を知らない読者にも、原文または訳文に問題があることがすぐばれる。だから私は見取り図をとても気にしながら原文を読んでいるし、新倉本で疑わしい個所を見つける役にも立てている。

ここの前に取り上げた次の個所も、新倉本の本文が見取り図と合わない。

『バッキンガム宮殿の日常生活』の訳文の問題一覧

『バッキンガム宮殿の日常生活』(新倉真由美訳、文園社)を原本『Buckingham Palace sous Elisabeth II』(Bertrand Meyer-Stabley著、Hachette Littératures)と照合した結果見つかった、訳本と原本で内容が異なる個所の一覧を下に載せます。誤訳一覧と呼んでも構いません。ただし、誤解を招く可能性が高い、印刷段階での誤植の可能性もあるなど、厳密には誤訳でないかも知れない個所も、この一覧に含まれる可能性があります。

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四千よりは少ない数の照明

『バッキンガム』P.47:
一二〇個の電話が宮殿中に備えられ、四〇〇〇以上の照明器具が宮殿内を照らしている。
Meyer-Stabley原本:
Deux cent cinquante téléphones sont éparpillés d'un bout à l'autre du palais ; plus de quatre mille ampoules illuminent chandeliers, suspensions et autres moyens d'éclairage.
Telperion訳:
250台の電話が宮殿の隅々まで分散し、4千個を超える電球がシャンデリアやペンダントやその他の照明手段を輝かせる。

宮殿の日常的なメンテナンスを述べた段落の一部。

仏文和訳

1番目の文

原文の1番目の文はセミコロンまでの部分。電話の数が違う以外は、特に言うことはない。

2番目の文

セミコロンの後に続く原文の2番目の文は、「主語 + 述語 + 目的語」という単純な構文。

主語
plus de quatre mille ampoules (4千個を超える電球)
述語
lluminent(輝かせる、照らす)
目的語
chandeliers, suspensions et autres moyens d'éclairage (シャンデリア、ペンダント、およびその他の照明手段)

ただし、「目的語 + 述語 + 主語」という倒置文として解釈することも文法上は可能。しかしその場合、和訳は「照明手段が電球を輝かせる」となり、実際にはありえない意味。普通の語順の「電球が照明手段を輝かせる」なら、照明器具におびただしい数の電球を使っているという意味になり、理にかなう。

電球と照明の違い

バッキンガム宮殿で電球が最も使われる照明器具は、やはりステート・ルームのシャンデリアだろう。googleで「state rooms buckingham」をキーワードに画像検索すれば、シャンデリアの豪華さはうかがえる。照明数に比べて電球数は8倍は超えそう。だから宮殿の照明の合計数は電球の合計数より数百は少ないだろう。

Meyer-Stableyが照明でなく電球の数に言及した理由は、電球のチェック・交換は日常的なメンテナンス作業のうちだからだろう。照明の数より電球の数を書くほうが、「それだけ管理するのは大変だろう」と実感しやすい。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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