伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.06.30
中途半端に終わった拝謁シミュレーション
2014.06.27
訪問者の進路を決める入口
2014.06.24
デービッド・ヒックスとマウントバッテン卿は別人
2014.06.22
「威風堂々」が似合う王座の間
2014.06.20
一番年下でないアンドルー王子

中途半端に終わった拝謁シミュレーション

『バッキンガム』P.43:
すると左側に〈荷物用の扉〉が現れ、そこを通って宮廷の中に入ることができる。そこには女王があなたに会えるかどうか電話でチェックした秘書の執務室がある。
Meyer-Stabley原本:
Après un brusque virage à gauche par la « Luggage Door » et la traversée d'une cour intérieure, voici enfin le bureau du secrétaire où celui-ci vérifie par téléphone que la reine peut vous recevoir. Vous prenez l'ascenseur. Élisabeth vous attend...
Telperion訳:
"Luggage Door"(荷物の戸口)で不意に左に曲がり、中庭を通過した後、ついに秘書室に着く。そこでは秘書が電話で、女王があなたを迎えることができると確かめる。あなたはエレベーターに乗る。エリザベスがお待ちだ…

謁見に招かれて宮殿を訪れた人がたどるルートの説明から。来訪者は現在、« Privy Purse Entry » (新倉真由美訳は〈お手許金入口〉)から宮殿に入り、1階の廊下を歩いている。« Privy Purse Entry »とは、以前取り上げた"Privy Purse Door"のことだろう。

宮廷でなく中庭

「〈荷物用の扉〉を通って宮廷に入る」という新倉真由美の文には、奇妙な点がいくつかある。

  1. 新倉真由美が「宮廷の中に入る」と訳している動作は、原文では"la traversée d'une cour intérieure"。traverséeの意味は「横断、通過、渡ること」。ある場所に入ってから出るまでの移動のことであり、単に入るだけの動作を指すにはそぐわない。
  2. 宮廷への入口に〈荷物用の扉〉という名は不似合い。招待された客が通る扉とあってはなおさら。
  3. 宮廷といえば、君主を中心に高貴な身分の人びとが居並ぶ場所というイメージがある。その宮廷の中に秘書室があるのは場違いではなかろうか。

こうなった原因は、新倉真由美が"une cour intérieure"(内部のcour)を「宮廷」と訳したこと。courの意味には「宮廷」の他に「中庭」もある。この場合はcourが中庭だと解釈すると、上に挙げた違和感を解消できる。

  1. « Luggage Door »から中庭に入り、また別の扉から宮殿に戻ったのだろう。traverséeと呼んでよい。
  2. « Luggage Door »が廊下と中庭の間で出入りする扉なら、普段から荷物の出し入れに使ってもおかしくない。

もっとも、客が〈荷物用の扉〉を通って一旦中庭に出なければならない理由は分からないまま。『バッキンガム』原本出版時点に廊下の一部が補修中で使えなかったといった事情があるのだろうか。私自身は、それでもcourが「宮廷」より「中庭」のほうが、原文を尊重できるし、違和感が少ないと思う。

« Privy Purse Entry »に関連して上に挙げた記事にも、「中庭」のほうが妥当なcourが「宮廷」になった例がある。これも新倉真由美の癖のひとつ。

おまけ - 見取り図との照合

新倉本P.37の宮殿1階見取り図で、宮殿は中央に中庭が空いた四角形のような形で描かれている。残念ながら、〈お手許金入口〉も〈荷物用の扉〉も秘書室も載っていない。しかし私の推測では、それらの場所に関連する廊下とは、四角形の下の部分で左右方向に伸びている廊下だろう。

  1. この廊下は「手元金管理人執務室」に面している。
  2. 廊下の左端近くに「待合室」がある。引用した部分の前に、客である「あなた」が控えの間で待機するという記述があり、その「控えの間」と同じ部屋だと思われる。
  3. 廊下の右側の終点に「女王のエレベーター」がある。ここから2階に上がると、謁見の間がすぐそばにある。
  4. 廊下を左側から右側に進むと、進行方向左側の途中は中庭に面している。

恐らく廊下の左端に〈お手許金入口〉がある。来訪者はそこから入り、途中で左側の中庭を通る。恐らく廊下の右端に秘書室があり、そこまで来た来訪者は最終チェックの後、「女王のエレベーター」で2階に上がる。

観光シミュレーションは拝謁シミュレーションを終えてから

次に取り上げるのは、翻訳の間違いではなく省略。そのせいで周辺の文の大意が反対になったというような重大なものではないが、それでも私は省略するべきではないと思う。

バッキンガム宮殿案内である第1章では、Meyer-Stableyは宮殿への出入口について触れてから、いよいよ宮殿内部の説明を始める。その案内の仕方は2種類ある。

謁見に招かれた訪問者に向けた案内
この部分の冒頭は「あなたが宮殿に王室拝謁者として招待された場合、」(新倉訳)。その後、拝謁者がどういう職員に迎えられてどこを歩くかを説明する。引用した部分は、この拝謁者シミュレーションの最後の部分。
宮殿を見に来た観光客に向けた案内
引用した部分の後、段落が新たに切り替わる。その冒頭は「宮殿も訪問したいのですって? 差し支えありません。ではガイドに従って下さい。」(新倉訳)。その後、Meyer-Stableyはやはり読者に「あなたはどこそこに行く」と呼びかけつつ、話題にする価値があると見なした部屋をまんべんなく回って説明する。その様子は観光客を案内するガイドのよう。この章の大半を占める部分。

原本で拝謁者シミュレーションの最後に来る場面は、女王が待つ謁見の間に向かいにエレベーターに乗るところ。拝謁自体は宮殿案内の趣旨から外れるので、エレベーターに乗る時点でシミュレーションが終了するのは理にかなっている。新倉本P.38の宮殿2階見取り図を読む限り、2階ではほとんど歩かずに謁見の間に着くらしいし。

しかし、新倉本では「あなたはエレベーターに乗る。エリザベスがお待ちだ」が省略されたため、秘書室で拝謁者シミュレーションが終わる。ここを読んだとき私が受けた何とも消化不良な感じは、新倉本を実際に手に取って読まないと、なかなか実感できないかも知れない。1ページに満たない短さとはいえ、「あなたはどこを歩く、あなたはこういう職員に迎えられる」といった繰り返しを読むうちに、少しは来訪者気分が高まってくる。なのに秘書室に着いた途端に「宮殿も訪問したいのですって?」と言われると、「いいえ、拝謁が先です!」と反駁したくなる。ここは「こうして拝謁者は女王のもとに行くのだと分かった」と納得させてもらいたい。

訪問者の進路を決める入口

『バッキンガム』P.41:
バッキンガム宮殿の南側にある正面入口には入口と出口の交差鍵が置いてある。
Meyer-Stabley原本:
Le portail sud de Buckingham Palace demeure le carrefour-clef des entrées et des sorties.
Telperion訳:
バッキンガム宮殿の南の大きな玄関は、出入りの分岐点の要であり続けている。

単語の解釈

carrefour-clef

2つの単語の合成語。

carrefour
基本的な意味は「交差点、十字路」。そこから「選択を迫られる場所、多様なものが交流する場所」のような意味が派生する。
clef
基本的な意味は「鍵」。名詞の後に来る場合、「鍵となる、主要な」。名詞とclefの間にハイフンはあってもなくてもよい。

新倉真由美の「交差鍵」は、苦肉の造語としては理解できる。しかしclefの意味は補助的であり、carrefour-clefの主要な名詞はcarrefour。それに「交差鍵」というものがこの世に存在するかはきわめて疑わしい。

demeurer

原文の述語となる動詞。

  • 場所を示す語句の前にある場合、「住む、とどまる」。場所を示す語句の例は、"à Paris(パリに)"、"chez des amis(友人の家に)"など。例の出典は『プログレッシブ仏和辞典第2版』のdemeurerの項。
  • 状態を示す語句の前にある場合、「~であり続ける」。状態を示す語句の例は、silencieux(沈黙した)、"dans son erreur(誤っている)"など。例の出典は上と同じ。

原文では述語demeureの直後に名詞"le carrefour-clef"が直接続いている。上に挙げた例を見る限り、場所を示す前置詞がない名詞単体が場所を示すことはなさそう。だからここでの"le carrefour-clef"は状態を示す語句であり、述語の意味は「~であり続ける」のほうだろう。つまり、南の玄関そのものがcarrefour-clefでもある。

新倉真由美は述語の意味を「~にある」だと解釈したらしい。でも、その場合は主語は「交差鍵」で、述語の後に宮殿入口が来るはず。「交差鍵」の前に前置詞がないのを無視したとしても、「宮殿入口は交差鍵にとどまる」が「交差鍵が宮殿入口にある」と同じ意味だという気はしない。

文脈を踏まえた解釈

この原文だけ読んで妥当な解釈を思いつくのは難しいので、手掛かりを得るために本で周辺も読んでみる。

  1. この文は段落の先頭にある。その次の文は「宮殿の正面から出られる者と脇の宮殿の勝手口から出なければならない者は厳格に区別される」という意味。
  2. その次の段落でも、使用可能な入口が利用者の立場から決まるということが字数をかけて書かれる。そのうち2か所は前に別の記事で取り上げた。

こういった内容の文の前置きだということを念頭に置くと、南玄関の役目であるcarrefour-clefとは、通行人が行くべき道を振り分ける主な場所だと見当が付く。carrefourという言葉が使われる理由としては、次のことが考えられる。

  1. 身分や用件にかかわらず、宮殿に行く人の多くが通る
  2. この後どの入口から宮殿に入るかをそこの職員が選ぶ

おまけ - 南の大きな玄関

私の推測では、南のportail(大がかりな造りの戸口または門)とは"the Ambassadors' Entrance"(大使の玄関)。理由は次のとおり。

  • 新倉本の見取り図には方角が書いていないが、文中の記述と照合すると、上が南だと分かる。P.37の1階見取り図で南にあるのが「大使の入口」。
  • 英国王室コレクションサイトでは、"the Ambassadors' Entrance"を"the main entrance to the Palace"(宮殿の主要入口)と呼んでいる。

普通バッキンガム宮殿の正面とされるのは、ザ・マルの終端と広場に面した北東部分。しかし、そこからの入口(新倉本の見取り図では「主要入口」)より、大使の玄関のほうが実用的なのだろう。

デービッド・ヒックスとマウントバッテン卿は別人

『バッキンガム』P.52:
チャールズはセント・ジェームス公園とザ・マルに面している三部屋を所有している。ほとんどの住まいはデヴィッド・ヒックス・マウントバッテン卿が装飾を手掛け、バッキンガム宮殿独特の様式である。
Meyer-Stabley原本:
Charles occupait trois pièces qui donnent sur le Mall et St James's Park. Presque tout l'appartement a été décoré par le gendre de Lord Mountbatten, David Hicks, dans le style caractéristique de Buckingham Palace.
Telperion訳:
チャールズはザ・マルとセント・ジェームス公園に面する3部屋を占有していた。住居のほぼすべてはマウントバッテン卿の義理の息子デービッド・ヒックスによって、バッキンガム宮殿特有のスタイルで装飾された。

ヒックスはマウントバッテン卿の義理の息子

バッキンガム宮殿にあったチャールズの住居を装飾した人物は、"le gendre de Lord Mountbatten, David Hicks"。新倉真由美はgendre(義理の息子)を抜いてしまった。

文法的には、原文は次のどちらにも解釈できるかも知れない。

  • マウントバッテン卿の義理の息子、デービッド・ヒックス
  • マウントバッテン卿、デービッド・ヒックスの義理の息子

しかし、バッキンガム宮殿の一部を装飾した人物を匿名で書くのは不自然なので、1番目の解釈が正しいだろうと見当が付く。実際、デービッド・ヒックスというブランドは今もある。そのWebサイトに載っている創始者ヒックスの略歴には、レディ・パメラ・マウントバッテンと結婚したと書いてあるが、本人に称号があるようには見えない。

マウントバッテン卿という呼び名は、この本でこの個所以外でも何度か見かけた。巻末の「エリザベスII世略歴」に「1979年 マウントバッテン卿暗殺」の項があるほど、王家に影響力のあった人物らしい。何も知らない人が読んだら、そのマウントバッテン卿はデザイナーだったと勘違いしないか、いささか心配になる。

今は宮殿にいないチャールズ

最初の文の述語occupait(占めていた)の時制は直説法半過去。つまりチャールズ皇太子が部屋の持ち主だったのは過去のこと。結婚して独立したのだから、当然だろう。しかし新倉真由美の書き方では、まるでチャールズが今もバッキンガム宮殿に住んでいるように見える。

フランス語では英語ほど厳密に現在形と過去形を区別しないらしい。いい例が、過去についての叙述を基本的に現在形で書いていた『Noureev』。しかし『La Vie quotidienne à Buckingham Palace sous Elisabeth II』では、Meyer-Stableyは『Noureev』よりはるかに頻繁に過去形を使う。ほぼすべてが過去の出来事である『Noureev』と違い、『バッキンガム』は過去の記述と現在の記述が入り混じっているので、時制をしっかり区別する必要があるのだ。それを邦訳でいい加減に扱うことはできない。

『Noureev』でも、Meyer-Stableyがたまに過去形を使うときは、そうする理由があった。次の例では、いずれも「書いている主な出来事よりさらに前に別の出来事があった」という意味で、直説法複合過去を使っている。

ここで説明するのはチャールズの住居のみ

新倉本ではこの文の前に、「そしてチャールズ、アン、アンドリュー、エドワードの住まいがある」という文がある。その後で「ほとんどの住まい」といえば、この4人の住まいのうち3人くらいの住まいを想像するだろう。しかし原文の"Presque tout l'appartement"でappartementは単数形なので、チャールズの住まい1つだけを指す。toutは「複数すべて」でなく「ある一つの全体」という意味。

もっとも、ヒックスは実際にアンとエドワードの住まいも装飾した。しかしMeyer-Stableyは引用した文の後で、まずチャールズの住まいの様子を描写し、その後で初めて、他の2人の住まいをヒックスが装飾したことを述べている。Meyer-Stableyが"Presque tout l'appartement"と書いたとき、チャールズの住まいしか頭になかったことの表れだろう。

「威風堂々」が似合う王座の間

『バッキンガム』P.51:
王座の間の華麗さと物々しさにも注目してみよう。そこでは一九〇一年に照明器具として取り付けられたクリスタル製の七つのシャンデリアが素晴らしい輝きを放っている。
Meyer-Stabley原本:
Restons dans une note Pomp and Circumstance avec la salle du Trône. Sa splendeur éclate grâce à sept lustres en cristal taillé, adaptés pour l'éclairage électrique en 1901.
Telperion訳:
王座の間とともにある「威風堂々」の調べの中でとどまろう。その輝かしさがほとばしるのも、1901年に電気照明用に調整された、7台のカットクリスタルのシャンデリアのおかげだ。

Pomp and Circumstanceは曲名

文中のPomp and Circumstanceは英語であり、その和訳として「華麗さと物々しさ」は上出来とすら言える。circumstanceにはもっと一般的な訳語「環境」などもあったのだから。しかし、"Pomp and Circumstance"は単語を日本語に置き換えるだけでは不十分ではないかと思わせる要素がいろいろある。

  • フランス語の文でわざわざ英語を使っている。
  • 大文字を使っている。単なる部屋の雰囲気なら、小文字で書くはず。
  • これはnoteの説明。仏和辞書でnoteを引くと、「メモ、文書、評点、音符、音色」など多くの意味があり、どれにすべきか迷う。

インターネットでの検索がない時代だったら、私にPomp and Circumstanceの意味を見つけ出せたか心もとない。しかし現在は、google、アマゾン、wikipediaなどのどれかで検索するだけで、簡単に答えが手に入る。『バッキンガム』が出版された2011年でもそれは同じ。

Pomp and Circumstanceと呼ばれるもののうち最も名高く、noteという説明に合うのは、イギリスの作曲家エルガーが作った「威風堂々」。曲の名前は知らなくても耳にしたことがある人は多いと思う。その有名な部分にイギリスでは歌詞が付けられ、第2の国歌のように扱われているとか。

調べの中でとどまる

「威風堂々」のことであるnoteは「調べ、音色」といった意味になるので、原文冒頭の"Restons dans une note"は「調べの中にとどまろう」となる。実際に王座の間で「威風堂々」が流れているわけではないが、英国ゆかりのその音楽が今にも聞こえてきそうな荘厳な雰囲気をMeyer-Stableyが「威風堂々」の調べと呼ぶのは、とてもよく理解できる。

新倉真由美は原文の冒頭"Restons dans une note"を「注目してみよう」としている。多分noteを「メモ」と解釈し、それに合わせて文を創作したのだろう。しかしnoteの意味として「注目」を採用できるか疑わしいし、動詞resterの意味は「残る、とどまる」。Pomp and Circumstanceの意味を調べないでおくとしても、「~の中にとどまろう」に合うnoteの意味は「音色、調子」だと思う。

輝きは王座の間のもの

第2文の最初の"Sa splendeur éclate grâce à sept lustres"は「それの輝きは7つのシャンデリアのおかげで炸裂する」。

  1. splendeurにかかる所有代名詞sa(それの)は単数のものに対して使う。
  2. シャンデリアは複数なので、splendeurはシャンデリアのものではない。もしシャンデリアのものなら、所有代名詞はsaでなくleurになるはず。
  3. 前の文とのつながりから、saは"la salle du Trône"(王座の間)を指すと考えられる。noteという選択肢もあるが、部屋の説明なのだから王座の間だろう。

シャンデリアは1901年より前からあった

シャンデリアは1901年に"adaptés pour l'éclairage électrique"されたとある。ここでは前置詞pour(~のために)が使われているが、動詞adapterは"adapter A à B"という使い方をされることが多い。最も一般的な意味は「AをBに適合させる、AをBにアレンジする」。家電やパソコン絡みでよくある製品「アダプター」の用途は、2つの機器をつないで互いにやりとりできるようにすることだというのを思い起こすと、adapterのイメージがわくと思う。

シャンデリアが電気照明(éclairage électrique)のために適合されたとは、シャンデリアが電気で灯るように作り変えられたということだろう。ろうそくの灯りで輝いていた昔から、シャンデリアは王座の間にあったのだと思う。

『プログレッシブ仏和辞典第2版』には"adapter A à B"の意味として「AをBに取り付ける」という意味もあるので、新倉真由美の解釈がありえないとは言わない。しかしラルース仏語辞典に「取り付ける」の意味は載っていなかった。調整・適合を伴わない取り付けという意味がadapterにあるかは疑問。

一番年下でないアンドルー王子

『バッキンガム』P.46:
宮殿に住んでいる子どもたちはここにやってきて数時間を過ごす。一番年下のアンドリューは塩を入れて遊んでいた。
Meyer-Stabley原本:
Les enfants du personnel résidant au palais y ont accès à certaines heures. Plus jeune, Andrew s'est bien sûr amusé à y verser des sels de bain,
Telperion訳:
宮殿に住む職員の子どもたちは、数時間ここに自由に入れる。幼いころのアンドルーはもちろん、そこにバス・ソルトを注ぎ込むのを楽しみ、

宮殿に隣接するプールについて。

新倉真由美が「一番年下の」と訳した"plus jeune"は、形容詞の比較級「もっと若い」。もっと若いアンドルーとは、子どもだった頃のアンドルー。最上級「最も若い」になるには、定冠詞leが"plus jeune"の前に付く必要がある。

形容詞の比較級と最上級の違いに無頓着だったとしても、「一番年下のアンドルー」という解釈には奇妙な点が2つある。

  1. プールに入れる子どもたちは、原文では明確に"les enfants du personnel"(職員の子どもたち)と書かれている。その後で「一番年下の」と呼ぶと、「職員の子どもたちのなかで一番年下の」という含みが生まれるが、職員の子でないアンドルーをそうは言わないだろう。
  2. アンドルーは女王の4人の子のなかで3番目。新倉真由美は末のエドワードが生まれる前を想定しているのかも知れないが、年齢を限定するための表現としては回りくどいと思う。

なお、アンドルーがプールに入れていた"sels de bain"は、単語を英語に置き換えると"salts of bath"となるので、バス・ソルトだと見当が付く。実際、ラルース仏語辞典にも載っている。

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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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