伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.03.31
新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(2)
2014.03.26
新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(1)
2014.03.21
異論を唱えるのでなく唱えられるヌレエフ
2014.03.16
ヌレエフの寄与を惜しみなく認めるフォンテーン
2014.03.11
半分恋するのは踊りのため

新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(2)

『ヌレエフ』を読んで事前の知識の有無にかかわらずに変だと思った訳文について、今回は「三日月クラシック」の次の記事に載っている分を取り上げます。

とはいっても、今回取り上げる訳文は前回ほど多くありません。原文比較3のときはDiane Solway著『Nureyev: His Life』の記述と合わない個所を主に照合したようだし、原文比較4・5のときは訳文が一見自然かどうかを重視しなかったようです。

ありそうにない内容の訳文

寒村にある私設天文台

P.23-24 私設の天文台によじ登って (原文比較3)

ヌレエフが自伝で語る幼少時の思い出。私は「私設の天文台」から私が思い浮かべるのは、天文好きの個人が作り上げた、小規模ながらも本格的な設備。しかし幼少時のヌレエフが当時いたのは貧しい村で、そんなおしゃれなものはありそうにない。

年齢で追いつきたい

P.130 ヌレエフは年齢だけでなくバレエテクニックにおいても、エリックに追いつき支配したがるようになった。(原文比較3)

すでに別記事で書いたがもう一度。「年齢において追いつきたい」という実現不可能な望みをいい年をした大人が本気で抱くのか? 「年下だからといって負けない」という意味だと好意的に解釈しても、それを「年齢において追いつく」と呼ぶのが一般的とは思えない。

さらに言うと、ヌレエフが何よりもダンサーとしてのエリック・ブルーンに心酔していたのは、『ヌレエフ』を読んでいてすらうかがえる。ヌレエフが「年齢だけでなくバレエテクニックにおいても追いつきたがる」という表現は、バレエより年齢を先に重視しているようで、しっくりこない。

大物のバレエ愛好家がいる場所で注目されない

P.73 そこではルドルフの存在は注目には値しなかった。(原文比較5)

ソ連政府のお偉方が集うパーティで踊るために呼ばれたことについて。この直後に続く「フルシチョフ夫人はバレエ愛好家」は、逆にヌレエフが注目される立派な理由となっている。さらに「フルシチョフ夫人はルドルフの流儀を認めていなかった」とか「ルドルフは高官たちの前で失敗してしまった」とか続くなら、文全体としての整合性は保たれるだろう。しかし読み進めても、ヌレエフは名誉な場所で任務をこなしており、注目に値しない理由は分からないまま。

意味不明な訳文

既婚ダンサー用の許可

P.77 ヨーロッパ行きに際しルドルフに与えられた許可は、驚くべきことに既婚ダンサー用のものだった。(原文比較3)

既婚ダンサー用の許可を与えられるとはどういう意味なのか、なぜそうなったのか、新倉本にはまったく書かれていない。

お粗末なマスコミにより公演になかなか出られない

P.82 反順応主義者としての評価とお粗末なマスコミによって、五日目の公演からしか出演できなかったのだ。(原文比較3)

ヌレエフが反順応主義者だと評価されていたせいでパリ公演登場が遅くなるという因果関係は分かる。しかしマスコミがお粗末だとなぜヌレエフのパリ・デビューが遅くなるのかが分からない。ヌレエフのデビューを早めるためにマスコミが運動するべきだったとか?

飛行機搭乗と無関係な話の乱入

P.92 彼らは年々狭き門を通過してくる。(原文比較4)

パリから出国しようとしているダンサーたち。その描写の最中にいきなり入団試験か何かの話?

ヌレエフの亡命とアメリカの交渉拒否が並ぶ

P.104 ソヴィエトへの外交上の記録には、ヌレエフの政治的保護要求は、核実験や非武装に関する交渉をアメリカ合衆国が拒否したことと同様に曖昧に記述されていた。(原文比較3)

ソ連に向けた記録にヌレエフの亡命とアメリカの表明を併記する状況が分からない。ヌレエフはフランスで亡命したので、フランスから亡命に関する文書を送ることはあるかも知れない。しかし、その文書でアメリカの交渉拒否について書く必要はあるのだろうか。フランスでなくアメリカからの文書だとすると、今度はヌレエフについて外交文書で書く理由がない。ダンサーに逃げられたのを皮肉るとか?

新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(1)

私が2011年2月に初めて新倉真由美による訳本『ヌレエフ』を読んだとき、「どういう理屈でこの文が書かれたのかさっぱり分からない」と当惑することがよくありました。2011年3月に早速「三日月クラシック」へのコメントで愚痴っています。バレエやヌレエフについて知らなくても「この文が正しいとは思えない」と怪しむような個所を列挙してみたいのは、今年最初の記事でも書いたとおりです。

まず原文比較2の記事を取り上げる理由

そういう個所の列挙としてすでに使えるのが、「三日月クラシック」の記事「『光と影』原文比較2」です。元のコメントを書いた当時は、バレエやヌレエフに関する新倉本の間違いに気づく力がとても弱かったので、非論理的な個所の比率が高くなりましたから。すでに『ヌレエフ』を読み、訳文の文脈を知っているなら、この記事を読むだけでも、私が「非論理的」という言葉で何を言いたいかは想像できるのではないかと思います。しかし、その時の私はできるだけ多くの事例を挙げることを最優先にし、説明をごく短くしました。そのため、どこがあからさまにおかしいのか、文脈を知らない人には分からない例もあります。

私はかつてヌレエフもプティも名を聞いたことがないのに、たまたま目に飛び込んだ『ヌレエフとの密なる時』の要約ブログ記事に心を動かされました。だから私も、新倉本を知らない人にも賛同してもらえる文を書けることを常々願っています。そこであの原文比較2に載った項のどこが不自然なのか、明確に書きたくなりました。

ここでは、原本を手にする前から、バレエやヌレエフの知識と関係ないところで怪しんでいた個所について、どのようにして「原本でもこんなに変なことが本当に書いてあるのか?」と疑問を持ったのかを書きます。原文が実際はどんな内容だったのかについては、原文比較2の記事を参照してください。なお、「新倉本が招くヌレエフの誤解(9) - 異様な趣味」でも、原文比較2にある2項について、どこが変だと思ったかを書いています。

ありそうにない内容の訳文

体制側の人間が反体制側の人間を迷いなく抜擢

P.76 迷いのない決定だった。

「才能を重んじる監督セルゲイエフが注目のダンサー、ヌレエフを起用するのは、迷いのない決定だった」なら分かる。しかし新倉本で上の文に続くのは「セルゲイエフは体制に順応しており、一方ヌレエフは最も反抗的だった」という意味の文。その組み合わせで決定に迷いがないはずがない。

故人からのコンタクト

P.112 クエヴァス侯爵バレエ団のライモン・ド・ララン団長*1

付いている注では、この人物が1961年初頭に死亡したとある。なのに本文でラランは、1961年6月に亡命した後のヌレエフと出演契約を契約を交わそうとしている。

女王が授ける慈善公演

P.131 それは慈善公演だった*2。

付いている注では「女王が著名人に授ける栄誉」とある。しかし慈善公演は女王と関係なく行うもののはず。

ソ連の人間が亡命者をほめそやす

P.138 この時期マスコミは、キーロフで15か月後に引退を控えたセルゲイエフの噂を聞きつけていた。彼はヌレエフが即興で他のダンサーの代役を務め、あふれるような才能と決断力を証明したとほめそやした。

ソ連に残り、体制に順応したセルゲイエフが、ソ連から逃亡したダンサーをほめそやす?よくまあそんな恐ろしいことが。

ソ連国外での関係がロシアでは周知

P.183 エリック・ブルーンとの関係はロシアでは周知のことだった。

2人がヌレエフの亡命後に築いた関係が、ソ連で周知になる可能性は低い。それにもしソ連で知られたなら、「ロシアでは周知」より「ロシアでも周知」と書きそうなもの。2人が活動した西側諸国のほうが、2人の関係が明るみに出る可能性はソ連より高いのだから。

ヌレエフがボリショイのコールドバレエを訓練

P.209 ボリショイバレエ団のコールドバレエを完成させた。

かつて「三日月クラシック」への別なコメントで「亡命後はソ連でタブー状態だったはずのヌレエフがボリショイに関与?」と書いたとおり。

引退しないと君臨し続ける

P.245 この機を逸するとそのエトワールは君臨し続けることになるでしょう。

ヌレエフの技術が衰え始めた時期にささやかれ始めた引退待望論。全盛期を過ぎたなら、その時引退しなければいずれ見苦しいパフォーマンスをさらすという予想のはず。訳文では「今引退すると君臨をやめる、引退しないと君臨し続ける」と言っているわけで、それではヌレエフならずとも引退しないだろう。

プティパの振付をヴィオレ=ル=デュクが再考

P.271 伝統的な振付は基本的に口頭伝承であり、バレエの輝かしい露仏時代(一八二二 - 一九一〇)に復元されたのもいくつかのパ・ド・ドゥーやバリエーションなど僅かでしかない。それ以外はViollet-le-Ducによって再考され、ヌレエフはさらに完璧な大作に再構成した。

プティパ原振付の「ドン・キホーテ」についての注。調べてみたらヴィオレ=ル=デュクは建築家、しかもプティパより前に死去。ヴィオレ=ル=デュクがプティパの振付をどうやって再考するのか?元コメントで私はプティパとヴィオレ=ル=デュクの生没年を書いておいたが、それが意味することはやはりはっきり書きたい。

意味不明な訳文

校長とヌレエフの質疑とアドレス帳のやりとり

P.47 ついに校長はルドルフのポケットから無理矢理アドレス帳を引っ張り出した。校長は彼がレニングラードにいたときに泊まっていたウダリツォーヴァの娘の名前を聞き出そうとしているのだと思った。彼女の電話番号は書いていなかった。が、突然激怒の火がつき、チュルコフは飛びかかって彼の手から手帳を取り上げた。

「校長は彼が(中略)聞き出そうとしているのだと思った」の「彼」とはヌレエフと校長のどちらなのか。どちらだと仮定しても、筋の通った説明にならない。

彼がヌレエフの場合
ウダリツォーワの娘とは新倉本P.43に出てくるヌレエフの知人。ヌレエフが自分の知人の名前を校長から聞き出すはずがない。
彼が校長の場合
自分が誰について聞き出そうとしているかは明らかなこと。「聞き出そうとしているのだと思った」では、自分でも確信が持てないかのようで、これまたありそうにない。

校長がアドレス帳をヌレエフから取り上げる描写が2回あるのも変。途中で一度ヌレエフに返したのだろうか。激しく対立中にそんな物わかりのよい態度を取るとは、あまりありそうに思えないが。

プリマバレリーナの過労でバレエ団が分散

P.59 八月キーロフのバレエ団は分散してしまったのだ。若きプリマバレリーナは過酷に働きすぎて意欲を失ってしまった。彼女はひたすら筋肉を伸ばして休め、泥風呂につかり海岸に横たわり休養したいと願っていた。

キーロフ・バレエが「分散してしまった」って、解散でもしたのだろうか。そんな大変な事態が一人のプリマバレリーナの過労から起こるって、どういう大物バレリーナなんだろう。それにしても、なぜバレエ団の分散について以後まったく書かれないのか。

投げ飛ばされる

P.99 ルドルフは投げ飛ばされた。ヌレエフはこうして二度目の誕生を果たした。「私は見事に放り投げられ、

この記事の最初に触れたコメントで書いたとおり。フランスの検査官だか検察官だかがヌレエフを投げ飛ばす妥当な理由がさっぱり思い当たらない。

43歳で完璧に

P.140 ルドルフが完璧に達するには四三歳になるのを待たねばならないはずだった。

バレエについての知識に照らし合わせると変な記述だというのは、「三日月クラシック」のコメントで書いたとおり。それをおいても、フォンテーンと伝説のパートナーシップを確立しようとしている23歳のヌレエフについて書いている最中に、この文が出るのはわけが分からない。当初のヌレエフはフォンテーンと不釣り合いだったとでも?

アクロバティックな容姿

P.162 この時代最も成功していたのはアクロバティックな容姿を持っていたダンサーたちで、

アクロバティックな容姿とはどういうものか、さっぱり想像できない。

2つの国にある不動産

P.203 サントロペに所有していたボドラムの邸宅

サントロぺがあるフランス、ボドラムがあるトルコ。この邸宅はどちらの国にあるのか?

新聞記者がする対戦

P.242 彼は女性的な魅力溢れるValentinoをまねておしろいとポマードを使っているアメリカ男性たちと対戦することになっていた。

新聞記者が不特定多数の男性と「対戦することになっていた」という状況が分からない。ディベートでもするのか?それに直後の文は「自尊心を傷つけられたValentinoは復讐を試みたが(以下略)」。記者がルドルフ・ヴァレンティノの追随者と対戦すると、なぜヴァレンティノの自尊心が傷つくのか?

異論を唱えるのでなく唱えられるヌレエフ

『ヌレエフ』P.290:
服従すべき立場であったが芸術上の選択に関しては反対意見も申し立てられる彼は、ベルジェのもとに急いだ。
Meyer-Stabley原本:
Incontesté, mais souvent contestable dans ses choix artistiques, il se heurte à Bergé.
Telperion訳:
異論の対象にはならないが、その芸術上の選択には異議の余地があることが多い彼は、ベルジェと対立した。

パリ・オペラ座を統括することになったピエール・ベルジェがバレエ団の運営をも指図しようとしたことに反発したヌレエフ。

最初にある次の語句2つは分詞構文。主文の主語であるヌレエフについての説明。

  1. Incontesté (異論の対象でない)
  2. mais souvent contestable dans ses choix artistiques (しかし彼の芸術的選択において異論の余地があることが多い)

これらの分詞構文のキーワードである2つの形容詞incontestéとcontestableは、『プログレッシブ仏和辞典第2版』ではこう載っている。

incontesté
異論のない、確定的な
contestable
異論の余地がある、疑わしい

ヌレエフが異論を唱える側なのか、唱えられる側なのか、和訳を読むだけでは分かりづらかったので、ラルース仏語辞典にも当たった。

incontesté
Qui n'est pas contesté
異論の対象でない
contestable
Qui peut être contesté, mis en discussion ; discutable, douteux
異論の対象、議論中になりうる。議論の余地がある、疑わしい

動詞contester(異論を唱える)がどちらの説明でも受動態で使われているので、どちらも異議の対象になるかならないかを示すということがよく分かる。

つまり、分詞構文の意味は、「ヌレエフは(少なくとも今まで)反対されずにいたが、ヌレエフの芸術的選択については疑問の声も存在した」となる。ヌレエフ自身が唱える異議についての話ではない。

「急ぐ」でなく「ぶつかる」

"se heurter à ~"とは「~とぶつかる、対立する」。新倉真由美訳の「~のもとに急いだ」は、何かの単語の見間違えか、その場で適当に想像したかのどちらかに思えてならない。

ヌレエフの寄与を惜しみなく認めるフォンテーン

『ヌレエフ』P.209:
彼はなすべきすべてをしているように見えました。
Meyer-Stabley原本:
J'ai l'impression de tout lui devoir.
Telperion訳:
すべてを彼に負っているという印象です。

踊りのパートナーとしてのヌレエフについて語るフォンテーン。「彼は私が望むように踊らせる、私自身の最大限を与える」といったことを語った後に続く。

構文解析は単純

直訳は「私はすべてを彼に負うという印象を持っています」。

  • 文中で使われている"devoir A à B"は「AをBに負う」。
  • Aにあたるのがtout(すべて)
  • "à B"にあたるのがlui(彼に)。luiそのものが「彼に」という意味なので、その前に前置詞à(~に)は要らない。

フォンテーンはヌレエフの寄与の大きさを語りたい

"devoir A à B"の難しいところは、「AをBに負う」から転じて「AなのはBのおかげである」という意味にもなること。つまり、「すべてを彼に負う」には次のどちらの解釈もありえる。

  1. 私は彼にすべてを差し出さなければならない
  2. すべては彼のおかげである

ここではどちらを指すのか、私には断定できない。しかし、「彼は私がやりたいように私を踊らせるのです」と「彼はダンサーではない、バレエです」という熱烈な賛辞に挟まれた言葉なのだから、2番目の可能性のほうが高いと思う。

ヌレエフを採点しているようにも見える新倉訳

フォンテーンの動作であるdevoirには「~すべきである」という意味がある。これをヌレエフの動作にした結果が「彼はなすべきことをすべてしている」なのだろう。私がこれを読むと、これだとフォンテーンがパートナーに求める基準をクリアしたというだけで、ヌレエフのおかげで新しい世界が開けたという陶酔には至らないという印象を受ける。

更新履歴

2016/6/17
  • 第2小見出しの下で2番目の解釈に肩入れする
  • 原文と新倉訳の印象の違いに触れる

半分恋するのは踊りのため

『ヌレエフ』P.144:
彼女はコレット・クラークに「まるでルドルフに恋しているみたい」と打ち明けている。
Meyer-Stabley原本:
Elle confie même à Colette Clark qu'il faut qu'elle soit « à moitié amoureuse de Rudolf » pour danser avec lui aussi bien qu'elle le fait.
Telperion訳:
彼女はコレット・クラークに打ち明けてすらいる。ルドルフと踊るには、そうするのと同じように「彼に半分恋する」ことが必要だと。

ヌレエフとの伝説のパートナーシップに関するフォンテーンの談話。

踊りのために恋心が必要と言う判断

新倉真由美がフォンテーンの言葉として訳したのは、括弧に囲まれた « à moitié amoureuse de Rudolf »(ルドルフに半分恋する)だけ。それに「まるで恋しているみたい」は原文の表現を大して尊重していないように見える。

実際にフォンテーンがコレット・クラークに話した内容は、"il faut"から文末まで。訳は上に書いたので、ここでは注意すべきイディオムについて解説する。

il faut que A(節) pour B(不定詞句)
意味は「BするにはAである必要がある」。AとBに当たるのは次のとおり。
  • A: elle soit « à moitié amoureuse de Rudolf » (彼女が「ルドルフに半分恋する」)
  • B: danser avec lui (彼とともに踊る)
aussi bien que ~
意味は「~と同じように」。「~」に当たるのは"elle le fait"(彼女がそれをする)。「それをする」とは恐らく、すぐ前にある「彼とともに踊る」。

フォンテーンの言葉から見えるのは、2人の踊りを高めるためには自ら恋愛感情を高めることをいとわないほど、踊りにすべてを賭けたダンサー。何の作為もなく恋するような気持ちになったわけではないと思う。

新倉真由美が省いたもう1か所の「半分恋する」

原本では、フォンテーンとヌレエフの恋愛関係が終わったという記述の後に、この「半分恋する」(à moitié amoureuse)という言い回しがまた出る。しかし新倉真由美はこの言い回しに興味がなかったのか、あっさり省いた。

『ヌレエフ』P.158:
二人は七七年まで踊り続け、
Meyer-Stabley原本:
Noureev restera à tout jamais à moitié amoureuse de Margot et dansera avec elle jusqu'en 1977.
Telperion訳:
ヌレエフは永久にマーゴに半分恋し続け、1977年までともに踊ることになる。

『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)のペーパーバックP.300~301あたりを読むと、秘書のジョアン・スリングやダンサーのリン・シーモアなど、2人に恋愛関係があったという説に否定的な人もそれなりにいる。Meyer-Stableyがそういう意見をないもののように書くのは偏っていると思う。しかし真偽が定かでなくても、上の文は胸を打つ文だと思う。

更新履歴

2016/5/17
諸見出しを変更、新倉訳への言及を増やす
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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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