伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.03.05
ニューヨークで初めての公演
2014.03.01
亡命後すぐスーパースターになったのではない

ニューヨークで初めての公演

『密なる時』P.19:
マーゴ・フォンテーンとルドルフ・ヌレエフのカップルが、ブロードウェイの古いメトロポリタン劇場で『ジゼル』を初演した時のことは今も忘れがたい (注3)。
プティ原本:
le couple Fonteyn-Noureev dansant Gisèle pour la première fois sur la scène du vieux Metropolitan de Broadway est inoubliable.
Telperion訳:
ブロードウェイの古いメトロポリタンの舞台で初めてジゼルを踊るフォンテーンとヌレエフのカップルは忘れられない。

初演とは作品の初上演を指す

「初演」を国語辞書を引くと、こうある。

デジタル大辞泉
初めて上演・演奏すること。「この戯曲は一九四九年に―された」「本邦―」
新明解国語辞典第5版
最初の演奏(上演)。「本邦―」

また、googleで見つかる「初演」の用例で多いのは以下のとおり。

  • 世界で初めて上演された(一番よく見る意味)
  • ある場所で初めて上演された
  • あるバレエ団で初めて上演された(バレエ演目の場合)

しかし「あるダンサーが初めてそれを演じた」という意味で使われているのは見かけない。

つまり、「初演」という概念の主役は作品。「他のバレエ団ですでに演じられた作品をあるバレエ団で初めて演じる」を「何とかバレエ団初演」と呼ぶのは、上演場所が広がるという意味で作品上演の歴史にとって重要になりえるからだろう。しかし、「すでに演じられた作品をあるダンサーが初めて演じた」の場合、そのことはダンサーにとっては重要でも、作品自体の歴史に影響するのはまれ。だから初演とは呼ばないのだと思う。

日本語の「初演する」に当たるフランス語はcréer。ラルース仏語辞典にはこうある。

  • Être le premier à interpréter une chanson, un rôle, etc.
    歌や役などを演じる最初の人間になる
  • Faire représenter un spectacle pour la première fois.
    公演を初めて上演させる

用例まで見ないと分かりにくいかもしれないが、ここでも「初めて」なのは演者でなく作品。

件の「ジゼル」公演を初演と呼ぶのは不適切

では、プティが書いたフォンテーンとヌレエフの「ジゼル」はどうか。

  • フォンテーンとヌレエフがアメリカで共演したのはこれが初めて
  • 「ジゼル」は超メジャー作品なのだから、世界初演もメトロポリタン劇場初演もはるか昔

「初めての公演」の主役はフォンテーンとヌレエフであり、「ジゼル」ではない。作品を主体とする「初演する」という言葉を使うべきシチュエーションではないので、プティはcréant(初演する)でなく、"dansant pour la première fois"(初めて踊る)という言葉を使っている。2人が「ジゼル」を初めて演じたのはロンドンだが、プティの記述は「メトロポリタンで初めて『ジゼル』を踊る」ということで、何の問題もない。

妥当なプティの文を間違い扱いしているような訳注

新倉真由美がここで「初演した」という言葉を使ったのは不適切だと思う。でもそれだけなら、「言葉が変だな」とは思っても、記事にまではしなかったかも知れない。私が見過ごせなかったのは、この部分に新倉真由美が付けた注の存在。

注3 『ジゼル』 ヌレエフとフォンテーンによる『ジゼル』の初共演は、1962年2月21日、ロンドンのコヴェントガーデンで行われた。

何だか私には、「フォンテーンとヌレエフが『ジゼル』を初演したのは、本当はニューヨークでなくロンドンである」と言いたげに見える。プティの文では「初めて」が「メトロポリタンで初めて踊る」を修飾していると私は解釈しているが、新倉真由美は「初めて踊る」だけを修飾していると思ったのではないだろうか。

『ヌレエフ』で新倉真由美が「間違った原文を修正したつもりなのだろう」と思わせる誤訳を繰り返していることは、誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑で書いた。ここを読んでいると、その最初の兆しが現れているように思えて仕方がない。わざわざプティが間違ったように解釈するのか、自分は「初演」の使い方がおかしいくせに、という多少の反発を感じる。

更新履歴

2015/3/16
他記事への言及が長すぎるので消す

亡命後すぐスーパースターになったのではない

『ヌレエフ』P.120:
彼はスーパースター、ヌレエフにいくつかの特徴を見出した。
「彼はその肉体、顔、尊大さ、優雅さに特徴があり、的確に演じる術(すべ)を心得ていました」
Meyer-Stabley原本:
Le mentor du couturier reconnaîtra la griffe de « superstar » de Rudolf : « Il en avait le physique, le visage, l'arrogance, la grâce, et il savait pertinemment en jouer. »
Telperion訳:
デザイナーの導き手はルドルフの「スーパースター」らしさを認めることになる。「彼にはそういう容姿、顔、傲慢さ、優雅さがあり、それを的確に操ることができました」

1961年に亡命して間もなく、クエヴァス・バレエの舞台に出ていたヌレエフを見たイヴ・サンローランのパートナー、ピエール・ベルジェの感想。

原文と新倉訳の違い

スーパースターはヌレエフ一人を指す言葉ではない

ベルジェが認めたのはルドルフのスーパースターの特徴(la griffe de « superstar » de Rudolf)。「スーパースターの(de « superstar »)」はヌレエフでなく、ヌレエフが持つ特徴を形容している。「ヌレエフにはスーパースターの特徴がある」と「スーパースターであるヌレエフには特徴がある」は同じではない。前者ではヌレエフが実際にスーパースターだとは限らないのだから。

ヌレエフにはスーパースターの容姿や雰囲気がある

ベルジェの言葉の前半« Il en avait le physique, le visage, l'arrogance, la grâce,»の直訳は、「彼はそれの容姿、顔、傲慢さ、優雅さを持っていた」。文中のen(それの)は、前の文の"de « superstar »"(スーパースターの)を言い換えた代名詞。つまり、ヌレエフの容姿その他はスーパースターのものだということ。

新倉真由美の文だと、ヌレエフの容姿その他には特徴があったというだけで、どういう特徴だったかは分からない。

一般的な演技力については話していない

ベルジェの言葉の後半« il savait pertinemment en jouer. »)にある"en jouer"は、"jouer de 名詞"の言い換え。"jouer de ~"の意味は「~を演じる」ではなく、「~を操る、利用する、演奏する」。"jouer de"の目的語は、すぐ前で書かれた「スーパースターの容姿、顔、傲慢さ、優雅さ」だろうから、"jouer de"は「操る、利用する」だろう。

新倉真由美の文だと、ヌレエフの舞台上での演技についてのみ話しているように見える。

亡命直後のヌレエフは新倉真由美がいうほど盤石ではない

上の1番目と2番目の点について、原文と新倉真由美訳を見比べると、わずかながらも興味深い差がみられる。

  • 原文のベルジェは、ヌレエフにスーパースターのさまざまな特徴があると述べることで、ヌレエフがスーパースターだということを相手に納得させようとしている。
  • 新倉真由美訳のベルジェは漠然と「特徴がある」と言うだけで、どんな特徴かを明かすことはない。一方、ヌレエフがスーパースターであることは既定事実にされている。

この差を次のようにも言い換えてもよい。

  • Meyer-Stableyはヌレエフがスーパースターになりかけているように書いている
  • 新倉真由美はヌレエフが疑問の余地のないスーパースターのように書いている

『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)を読む限り、事実をふまえているのはMeyer-Stableyのほう。亡命したばかりのヌレエフは多くの観客を熱狂させていたものの、「亡命という話題性で人気になっている」という批判もあり、人気が一過性かどうかは議論の対象たりえた。例を挙げる。

1962年のヌレエフを含め4人のスターだけによる公演(『ヌレエフ』P.136-138を参照)の評(ペーパーバックP.219)

may have been of more interest to the sociologist than dance critic

舞踏評論家より社会学者の興味を引いたかも知れない

上記の引用と同じく、当時のヌレエフについてのベルジェの発言(ペーパーバックP.174)

At the time, many dancers and choreographers felt that it was only because Nureyev was a Russian who defected that people were taoking about him.

当時多くのダンサーや振付家は、ヌレエフの話題で持ちきりだったのは彼が亡命したロシア人だからに過ぎないと感じていました。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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