伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.01.12
葬儀で演奏された未完のフーガ
2014.01.09
レセプションで主役が気づかれないのは奇妙
2014.01.06
新年のごあいさつ 2014

葬儀で演奏された未完のフーガ

1993年1月12日、ガルニエ宮でヌレエフの葬儀が執り行われたのでした。そこで21年後の今日は翻訳の話から離れ、葬儀で演奏されたバッハのフーガについて語りたくなりました。

私が語りたい曲は、バッハの死後に曲集「フーガの技法」の1曲として出版されました。この曲集は未完のため、曲の順番や呼び名は確定していません。問題の曲はContrapunctus 14と呼ばれることが多いので(contrapunctusは恐らく対位法を意味するラテン語)、ここではそう呼びます。

ヌレエフに関連しての曲への言及

私の知る限りでは、ヌレエフの伝記2冊でContrapunctus 14が触れられています。

  • Julie Kavanagh著『Nureyev: The Life』ペーパーバックP.696

    a chamber orchestra played Thaikovsky and Bach, including Fugue no. 14, with one of the most abrupt endings in music, and symbolic here of Rudolf's unfinished life.

    室内管弦楽団がチャイコフスキーとバッハを演奏した。そのうちの1曲であるフーガ第14番は、音楽のうち最も唐突な終わり方をするものの一つであり、ここではルドルフの未完の人生を象徴していた。(Telperion訳)

  • Bertrand Meyer-Stabley著『Noureev』

    La fin brutale de la treizième fugue de Bach est le symbole de cette vie brisée par le sida.

    バッハのフーガ一三番の急激な終わり方が、エイズに破壊された命を象徴していた。(『ヌレエフ』P.307より)

困ったことに、著者2人とも「フーガの技法」という曲集名を書いていません。単に「フーガ○番」ではどのフーガのことかを突き止めるのは難しそうです。次の記事には曲集名が出ています。英語では"The Art of the Fugue"、イタリア語では"L'arte della Fuga"。

それでも、すでにContrapunctus 14を知っている人が上の文を読むと、ぴんと来る人はかなりいるのではないかと思います。実のところ、私は『ヌレエフ』で上の文を読んだ途端に、この曲が頭に浮かびました。私はバッハ愛好家の端くれに過ぎず、わずかしかフーガを知りませんが、夭折した人物にふさわしい終わり方をするフーガとして、あれに並ぶものがあるという気がしません。

演奏サンプル

百聞は一見に如かず。今はYouTubeでいろいろな演奏を聴けますね、ですませてもいいのですが、曲の説明に便利なのでリンクを貼ります。このリンクを選んだ理由は次のとおり。

  • 「フーガの技法」は楽器指定がなく、さまざまな楽器で演奏されています。上の2つの記事から、ヌレエフの葬儀では弦楽合奏で演奏されたと分かります。だから同じく弦楽合奏を選びました。動画は4人の演奏ですが、葬儀ではもっと多人数だったでしょう。
  • バッハの楽譜と演奏を同時に参照できる動画を多数アップロードしてくれる投稿者への感謝を込めて。

Contrapunctus 14(動画では番号が19)の開始前、4つの主題の楽譜を掲げた個所から再生されるはずです。

Contrapunctus 14の作曲技法

「フーガの技法」は曲だけ聴くより、対位法について知った上で楽譜と突き合わせて構成の緻密さに舌を巻くのに向いています。次のことを知っていると、Contrapunctus 14を一層面白く聴けます。

  • 普通のフーガでは1つの主題(短い旋律)が繰り返し現れるが、Contrapunctus 14では3つの主題が現れる。
    1. 第1主題が初めて現れるのは曲の冒頭、動画では1:14:50~1:14:59あたり
    2. 第2主題が初めて現れるのは動画では1:18:40~1:18:54あたり
    3. 第3主題が初めて現れるのは動画では1:21:16~1:21:24あたり
  • 第3主題が初めて現れるときの最初の4音であるシ♭ - ラ - ド - シは、ドイツ語ではB - A - C - H、つまりバッハ。
  • 第3主題が現れる少し前(動画では1:19:47あたりから)、第1主題と第2主題が何回か同時に奏される。また、曲が中断される寸前(動画では1:22:40あたりから)、第1主題から第3主題までが同時に奏される。

断ち切られたContrapunctus 14

「フーガの技法」の目的は、1つの主題をもとにいかに多様な手法でフーガやカノンを作曲できるかをとことん追求することです。その主題は第1曲Contrapunctus 1の冒頭(動画だと0:00:40~0:00:48あたり)ではっきり聴けます。上にリンクした2つの記事によると、Contrapuntus 1はヌレエフの葬儀で最初に演奏されました。

しかし、Contrapunctus 14に「フーガの技法」の主題は現れません。動画で楽譜を掲げられた4つの主題のうち、疑問符が付いていて色が薄い4番目の主題がそれです。この主題が組み込まれる前に、バッハの死によって作曲が頓挫したとされていますが、そもそもこの曲が本当に「フーガの技法」の曲なのか疑わしいとする説もあるようです。

しかし理由が何であれ、3つの主題が同時に奏され、作曲技法の精巧さが一つの頂点に達した瞬間にぷつんと曲が切れたときの喪失感は測り知れません。この曲を「フーガの技法」の1曲たらしめるために不可欠な主題が、あと少しで出てくるはずだったと思えばなおさらです。

レセプションで主役が気づかれないのは奇妙

『ヌレエフ』P.168:
ルドルフは化粧を落として一人で現れ、喧騒を興味深く眺めていましたが、彼に気づく人はいませんでした。
Meyer-Stabley原本:
Rudolf était arrivé seul, démaquillé, et curieusement dans le tohu-bohu personne ne l'avait remarqué.
Telperion訳:
ルドルフはメイクを落として一人で来て、不思議なことに大騒ぎの中で誰も彼に気づかなかった。

ヌレエフが公演後のレセプションに来たときのこと。語り手のMario Bois(マリオ・ボワ?)が1993年に著した『Rudolf Noureev』が原本の参考文献一覧にあるので、この本からの引用と考えられる。

新倉真由美による文の分け方

新倉真由美は恐らく、上の文を次の3つに分けている。

  • Rudolf était arrivé seul, démaquillé, (ルドルフは一人でメイクを落として到着した)
  • et curieusement dans le tohu-bohu (そして奇妙にも大騒ぎの中で)
  • personne ne l'avait remarqué (誰も彼に気づかなかった)

これを訳本と照合すると、新倉真由美が「(ルドルフは)眺めていた」という文を新たに創作し、2番目の部分に追加したことが分かる。実際には2番目の部分は主語も述語もない部分的な語句なので、前後どちらかの文を修飾するはず。

本来の文の分け方

文の冒頭から文末のピリオドまでの一区切りの中にいくつかの文が同格に並ぶ場合、それらの文は一般に接続詞またはコンマで結ばれる。上の原文にその原則を当てはめると、次の2つの文を接続詞et(そして)が結んでいると推測できる。

  • Rudolf était arrivé seul, démaquillé (ルドルフは一人でメイクを落として到着した)
  • curieusement dans le tohu-bohu personne ne l'avait remarqué (奇妙にも大騒ぎの中で誰も彼に気づかなかった)

文中のdémaquillé(メークを落として)は明らかにヌレエフを指すので、この単語は1番目の文につながっている。一方、curieusement(奇妙に)の後は接続詞もコンマもなく文末まで続いているので、この単語は2番目の文につながっているのだろう。

何が奇妙なのか

2番目の文にcurieusementが付いている理由は、「レセプションの主役であるルドルフに誰も気づかないなんて、とても奇妙だ」とBoisが考えているためだと思う。

新倉真由美の唱える「喧騒を興味深く眺めていた」は、私から見ると少しおかしなところがある。このエピソードは1969年のことで、ヌレエフは大勢がざわめくレセプションに慣れっこだったはず。興味深く眺めたくなる要素がそのレセプションにあったか疑問。

新年のごあいさつ 2014

ブログ開設後2回目の新年を迎えました。明けましておめでとうございます。このブログに目を通してくれた皆様もよい年になりますように。

『ヌレエフとの密なる時』の原文比較に取り掛かったばかりで大忙しのまま年を超えた1年前と比べれば、今では書きたいことをかなり書きました。でもまだやりとげたという充実感はなく、まだ書ききれていないという不完全燃焼な気持ちです。今の課題を列挙してみます。

  1. 確証不足な個所を確定した記事に昇格させる

    翻訳ミスと断定する記事を書くのに踏み切れない個所はかなりあります。そのうちいくつかは、記事にしたくてたまらない個所です。「保留中」カテゴリで疑念を公開するのは、訳本のままだと明らかに奇異な個所(訳本または原本の別な記述に反する、現実性がとても低い)だけだと決めているので、大部分は投稿見合わせのまま。せめて数個だけでも、その状態から救い出したいものです。去年はラルース仏語辞典サイトを知ったことが強い援護になりました。今年もそういう突破口が見つかればいいのですが。

  2. 翻訳が原因で『ヌレエフ』にある非論理的な記述の例を列挙する

    私が『ヌレエフ』の問題点として記事「このブログでしたいこと」で挙げた3点のうち、「事実誤認の多さ」「原書と異なる人物像」については、列挙した記事を参照として載せてあります。でも、『ヌレエフ』を初めて読んだ当時の私を最も悩ませたのは、まだ列挙記事がない「脈絡のなさ、意図の不明さ」。なにせ当時はヌレエフの伝記を他に読んだこともなく(『ヌレエフとの密なる時』の要約だけです)、バレエの知識も今よりさらになかったので、それらの間違いには気づきにくかったですから。当時の戸惑いをあれこれ書いてみたいです。

  3. 私が抱いている意図的な原文逸脱の疑いについて書く

    原文と訳文がどう違っているかは、比較的客観的に書くことができます。でも、許容できないほど大きく違っているかどうかは、多分に主観的な判断になります。ましてや、訳文が原文と違う理由については推測しかできません。深く考えると憶測が暴走しかねず、危険です。

    でも、やっぱり腹が立つのです、訳本『ヌレエフ』には。私はいくつもの記事で「わざとやってない?」ともう書いています。単なる訳者の力不足ではすまないものを感じます。翻訳の背後にある新倉真由美や文園社の姿勢をまともに取り上げたら、日ごろ抑えている感情を抑えきれなくなるかも知れません。でもまったく書かないままでは、書きたいことを書ききったという気には多分なれないと思います。書き方には十分気を付けたいですが。

  4. Meyer-Stabley原本の感想を書く

    訳本『ヌレエフ』があまりに間違い・改変だらけなため、原本『Noureev』の擁護に走っている私ですが、実のところ、ヌレエフを紹介するためにこの本を薦めるのは気が進みません。私はヌレエフのゴシップを聞きたくないというほど潔癖ではありませんが、Meyer-Stabley本で書かれたヌレエフのバレエ活動に食い足りないものを感じているのは事実。Meyer-Stabley原本自体に関する疑問点も書いてみたいです。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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