伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.08.15
「バレリーナへの道」の新倉真由美コラム - 振付への視線
2013.08.14
10倍違う署名数
2013.08.13
ministre(大臣)とministère(省)
2013.08.07
新倉本『ヌレエフ』の固有名詞ミス
2013.08.04
パリ・オペラ座の外に出たデュポン

「バレリーナへの道」の新倉真由美コラム - 振付への視線

文園社のヌレエフ特集を読んでからたまっているものを、もう少し吐き出さないとすっきりしそうにありません。前回からだいぶ経ちましたが、続けます。

ヌレエフの言葉に共感するそぶりと現実

新倉真由美のコラム「ルドルフ・ヌレエフの生涯」を読んでいて、「同じことを『ヌレエフ』訳者あとがきでも書いていたっけ」と思い出した個所は他にもあります。

ヌレエフは自分の振付作品が上演される限り、その中で生き続けると語っていた。彼の功績と精神は時を超えて後進たちに受け継がれ、ダンサーたちが踊る度に不死鳥のように甦るに違いない。

訳者あとがきの対応する文はこちら。

ヌレエフは多くの振付作品を残しており、それらが上演される限り自分は生き続けると言っていました。作曲家が演奏するたびに蘇り、没した作家とも作品の中で対話できるように、ヌレエフの魂は彼が何より愛したバレエの中で永久に不滅であり、その教えは後進の人びとに脈々と受け継がれていくでしょう。

どちらも最終段落。特集コラムではヌレエフの生涯について、訳者あとがきでは訳本出版への情熱に燃えた自分について、熱弁を振るった後のまとめになります。そこにこうあれば、新倉真由美はヌレエフの言葉に心から共感していると推測したくなります。でも、この後にこう付け加えたら、どういう印象になるでしょう。「私自身はヌレエフの振付作品を観ませんが」。

ヌレエフ特集でのコラム執筆時点でどうだかは分かりませんが、『ヌレエフ』翻訳時点での新倉真由美の知識については、訳本を読むといくつかのことが分かります。

もしかして新倉真由美は、ヌレエフの精神を受け継ぐのはヌレエフ作品を踊れるダンサーだけの特権であり、アマチュアの自分には関係ないと思っているのでしょうか。でも「没した作家と作品の中で対話できる」とは、作家と演じ手だけでなく、作家と観客や聴衆の間でも成り立つのではありませんか? ヌレエフの魂が振付作品に宿ると本気で考える人なら、振付作品を見ることでヌレエフに触れたいと考えそうなものです。上記の3作はパリ・オペラ座バレエの映像が発売中。思い立ちさえすれば、見るのは簡単なはずですが。

原本に熱狂するそぶりと現実

ヌレエフへの思い入れ以前の問題として、原文の背景を調査するのは翻訳には必須な作業のはず。たとえば、「踊りながら花びんを捧げ」で踊っているのは刺客とニキヤのどちらなのか、原文を読むだけでは判別できません。そこで「バヤデール」についての文を読むとか、映像を見るとかすることになります。とはいえ、調査には時間がかかるから、行き届かない個所があっても仕方ないでしょう。でも新倉真由美は『ヌレエフ』訳者あとがきで、

夢中で文字を追いながら、私はヌレエフの人生を何度も繰り返したどりました。

と書いています。何度も読んだ上で訳書出版を思い立ったと。それなら、調べる時間は十分にあったはず。それにヌレエフの伝記でヌレエフの振付作品の説明が間違っていたらみっともない。優先的に調べるべき個所と思います。

実際のところ、繰り返し真剣に読んだ上であのケアレスミスの多さって、あり得るんでしょうか。辞書や他の参考文献などを見ないで飛ばし読みしたゆえのミスのほうが、よほどもっともらしいですが。1人で読むなら飛ばし読みも勉強になりますが、出版しようとするときにそれはちょっと…。

翻訳の価値は訳文自体によって測られるものであり、それに比べれば訳者の行動は重要でありません。心底ヌレエフに心酔していれば『ヌレエフ』のような訳本を世に出してもいいわけではありませんから。それでも、私が『ヌレエフ』を原本と読み比べるうちに浮き上がってくる新倉真由美像は、訳者経歴で印象付けているような語学の得意なバレエ通からも、訳者あとがきで自己申告しているようなヌレエフの心酔者からも、かけ離れています。話題にしたくはなりますね。

10倍違う署名数

『ヌレエフ』P.292:
一九七三年世界各国一万名以上の署名入りの嘆願書が作成されたが、なんの返答も得られなかった。
Meyer-Stabley原本:
Une pétition réunissant plus de cent mille signatures recueillies dans le monde entier sera rédigée en 1973 mais n'obtiendra aucune réponse.
Telperion訳:
世界中で集められた10万以上の署名をまとめた嘆願書が1973年に作成されるが、何の返答も得られないことになる。

ソ連に残った母とヌレエフの再会をソ連政府に認めてほしいという嘆願書について。

"cent mille"(10万)を1万と読み違えたという、ごく単純なミス。言われてみれば、集客力抜群だったこの時期のヌレエフのために世界中で集まった署名にしては、1万人は少ない。

署名数が1/10では、嘆願運動の規模がだいぶ落ちる。数値の間違いは語学の試験では取るに足りないミスとされるが、実地の翻訳では侮れない。

ministre(大臣)とministère(省)

『ヌレエフ』P.77:
強大な権力を持つ文化省同様、マスメディアで力を発揮していたのはエカテリーナ・フルツエヴァだった。
Meyer-Stabley原本:
Tout comme la toute-puissante ministre de la Culture, la médiatique Ekaterina Fourtseva.
Telperion訳:
全能の文化大臣であると同様、エカテリーナ・フルツェワはメディアに露出していた。

ministreは「大臣」であり、省のフランス語はministère。

フルツェワは1961年当時の文化大臣。原文は、フルツェワが持っていた文化大臣としての政治的権力をメディア面での力と並べて書き、ヌレエフがキーロフ・バレエの欧米ツアーに参加するのを後押ししたフルツェワの力の大きさを述べている。

新倉真由美の訳文では、フルツェワと文化省が別々の立場から力を発揮したような書き方。しかしフルツェワはこの後書かれるとおり「人形ではなく」、実際に文化省を統率していた。しかもフルツェワのメディア受けが良いなら、文化省の顔だったろうから、文化省とフルツェワは一体だったと見なして良いと思う。

新倉本『ヌレエフ』の固有名詞ミス

訳本『ヌレエフ』にある耳慣れない名前が日本語でほとんど話題にならない人や物なのか、それとも誤植のせいで生まれた架空の名前なのか、訳本を読むだけでは区別が難しい。原本にある固有名詞ミスと対比させる意味でも、訳本独自の固有名詞ミスを列挙してみたいと前から思っていた。

ただ、原語に対する日本語表記は一つとは限らず、許容できる表記かどうかの線引きはなかなか難しい。私自身、ネットで最も見かけるのとは違う表記を「これでも分かるだろう」と採用することがある(クロード・ブリアリーとか)。それに私は言語の発音規則に疎い方で、名前の読みに自信がないことは珍しくない。そのため、私がここで取り上げるのは、以下の条件を満たすものに限定した。

  1. ある日本語表記をgoogleで検索したとき、その名が指すべきものに関する文がそれなりにヒットする。
  2. 訳本表記をgoogleで検索したとき、その名が指すべきものに関する文がほとんどヒットしない。

なお、原本の固有名詞ミス一覧と同じく、この一覧は常に未完成であり、今後追加することもあるかも知れない。

過去触れたことがなかった不適切な表記

訳本ページ訳本原本よくある日本語表記
39アサフ・アメッスルAsaf Messererアサフ・メッセレル
73コスタコヴィッチChostakovitchショスタコーヴィチ
162アッテイオ・ラビスAttilio Labisアティリオ・ラビス
181セシル・ブルトンCecil Beatonセシル・ビートン
218グレン・テリーGlen Tetleyグレン・テトリー
256ミシェル・ドナールMichael Denardミカエル・ドナール
266マギー・マリンMaguy Marinマギー・マラン
266ダニエル・エツラローDaniel Ezralowダニエル・エズラロウ
274アニー・ザンArnie Zaneアーニー・ゼイン
283, 284オレグ・ビノグラノフ/ビノグラフOleg Vinogradovオレグ・ヴィノグラードフ

過去記事や『三日月クラシック』で書かれている不適切な表記

※付きの行は「三日月クラシック」のミナモトさんが怪しい部分まとめ記事で指摘したもの。

訳本ページ訳本原本よくある日本語表記
73ヴァローシフVorochilovヴォロシーロフ
136チュリンジーンズTurin, Gênesトリノ、ジェノヴァ
176バイロイトBeyrouthベイルート
193, 247マンシーニ、マッシーニ※Massine(レオニード・)マシーン
218, 295フレミング・フリンジFlemming Flindtフレミング・フリント
239マイケル・フィリップ※Michelle Phillipsミシェル・フィリップス
266トワイライト・サープ※Twyla Tharpトワイラ・サープ
266ランシーヌ・ランスローFrancine Lancelotフランシーヌ・ランスロ
295ゴダールGogolゴーゴリ

トワイライト・サープはよくある誤記らしいが、google検索結果からはトワイラ・サープが正しいと分かりにくいので、上記の条件に外れるがあえて入れた。

感想

私がバレエ関係の人名を優先して調べたため、上記の大半が振付家やダンサーの名前。ミスの重さ軽さはさまざまだが、私が「バレエ書籍でこの表記は初心者を惑わせる」と一番思うのは、イタリア人扱いされたバレエ・リュスのレオニード・マシーン。バレエの歴史上でバレエ・リュスは有名だし、ヌレエフもパリ・オペラ座バレエもバレエ・リュスには敬意を払っているのに。ドナールのファーストネームだって、70~80年代のパリ・オペラ座バレエに馴染みがあれば、ミシェルとは呼ばないのではないだろうか。

パリ・オペラ座の外に出たデュポン

『ヌレエフ』P.277:
パトリック・デュポンは八六年以降彼を閉め出そうとしていたし、
Meyer-Stabley原本:
Patrick Dupond a préféré claquer la porte dès 1986
Telperion訳:
パトリック・デュポンは1986年以降、足音高く飛び出すほうを好み、

ヌレエフがパリ・オペラ座監督だった時期の後期、オペラ座ダンサーとの関係が悪化した例として挙げたこと。もっとも、デュポンの自伝の訳本『パリエトワール』(林修訳、新書館)や下でリンクしたシカゴ・トリビューン紙の記事を読む限り、デュポンはヌレエフと不仲だった素振りを見せていないが。

閉め出すのでなく立ち去る

デュポンの行動である"claquer la porte"の直訳は「扉をばたんと閉める」。何冊もの仏和辞書を当たったが、この言葉について直訳以外の意味は私には見つけられなかった。しかし、フランス語の説明を探すと、"claquer la porte"の比喩的な意味の説明が見つかった。私の訳を添えて引用する。

ラルース仏語辞典
partir brusquement, irrité ou mécontent
苛立つか不満を抱き、不意に立ち去る
有志による辞書サイトWiktionnaire
(Figuré) Quitter brusquement un lieu, une réunion, voire démissionner.
(比喩)ある場所、集まりからだしぬけに去る、ことによると辞職する
フランス語wikipediaよりClaqueの項
partir(立ち去る、飛び出す)

ラルース仏語辞典のサイトに比べると、WiktionnaireやWikipediaの信頼性は落ちるかも知れない。しかし、フランス語では"claquer la porte"はイディオムの1つとして確立しているらしいという例にはなると思う。

上記の説明を原文に当てはめると、デュポンは自らオペラ座から飛び出したということになる。

外部での活動が活発だった当時のデュポン

参考までに、私の目に止まった1980年後半のデュポンの経歴をピックアップしてみる。

  • 1986年、1987年 「デュポンと仲間たち」日本&イタリア公演

    出典: 『パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリ』(ダンスマガジン編、新書館)、恐らく個人の観劇記録サイト

  • 1987年 客演エトワール(英語ではpermanent guest artist)の契約をパリ・オペラ座と交わす

    出典: 『パリ・オペラ座 フランス音楽史を飾る栄光と変遷』(竹原正三著、芸術現代社。「三日月クラシック」の関連記事を参照)、シカゴ・トリビューン紙の記事

  • 1988年 ナンシー・バレエ(現在はCCN Ballet de Lorraine)の芸術監督に就任

    出典: CCN Ballet de Lorraineの沿革ページ

シカゴ・トリビューン紙の記事によると、"permanent guest artist"はパリ・オペラ座で年15回踊る以外は自由に行動できるそう。同じ記事を読むと、デュポンがパリ・オペラ座以外の活動場所を増やすことに力を入れていることが分かる。

実情を反映しない新倉真由美の訳語

「扉をばたんと閉める」から「締め出そうとする」を連想するのは不自然ではない。しかし、イディオムとしての"claquer la porte"の意味を見ても、外部で活躍していた当時のデュポンを見ても、原文を「デュポンがヌレエフを締め出そうとした」とは訳せない。

新倉真由美はP.252で使われている"claquer la porte"を「不平不満」と解釈している。「締め出す」よりは「不平不満を表す」のほうがまだ原語の意味に近い。ここでもそれをならっていれば、当時を知る人にはぴんとこない訳にはならなかったろうに。

更新履歴

2016/5/13
Wiktionnairreやwikipediaからの引用追加、諸見出し変更
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する