伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.02.22
話題を監督業から闘病に切り替える文
2013.02.21
プティが金銭的な負担を度外視できるはずがない
2013.02.20
感情のせめぎ合いは決して収束しなかった
2013.02.19
ヌレエフの偶像でなく観客の偶像
2013.02.18
ヌレエフのフランス語と英語の能力

話題を監督業から闘病に切り替える文

『ヌレエフ』P.270:
彼にとり一九八七年は特別な意味があった。
Meyer-Stabley原本:
Mais pour lui, en cette année 1987, le temps est compté.
Telperion訳:
しかし彼にとってこの1987年、残された時は少なかった。

ヌレエフのパリ・オペラ座バレエ監督としての成功をひとまず語り終えた後、ヌレエフのエイズ闘病について語り始めるための前置き。

"le temps est compté"の直訳は「時は数えられる」で、この表現そのものは私は仏和辞書で見つけていない。しかしcomptéの原形である動詞compterを引くと、「Ses jours sont comptés 彼(女)は余命いくばくもない」というイディオムがある。その主語を"ses jours"(彼または彼女の日々)から"le temps"(時)に変えたのが引用文。Meyer-Stableyは同じ意味で書いていると思われる。

もう1つの使用例

"le temps est compté"という表現はMeyer-Stabley本のもう1か所で見つけた。

『ヌレエフ』P.304:
新人のマエストロは刻々と時間が無くなっていく恐怖をうまく追い払うため、新たな挑戦に身を捧げようとしていました。
Meyer-Stabley原本:
Le nouveau maestro a surtout besoin de se projeter dans l'avenir, de s'offrir de nouveaux défis comme pour mieux exorciser le fait que le temps lui est compté.
Telperion訳:
新たなマエストロには、自分に残された時間がわずかだという事実を追い払いやすくするかのように、自分を未来に投影し、新たな挑戦を自分に与えることがとりわけ必要でした。

逝去が約1年後に迫ったヌレエフが指揮活動を始めたことについての談話。"le fait que le temps lui est compté"は余命の少なさを指しているのだと推測しやすい。だから最初の引用部分も同じ意味だと考える方が自然だろう。

なお、細かいことだが、"s'offrir ~(名詞句)"は「~を自分に奮発する」。もし「~に自分を捧げる」なら、"s'offrir à ~"となるはず。ここでヌレエフが奮発するのは名詞句"de nouveaux défis"(新たな挑戦)。

新倉真由美の文の不自然な点

Meyer-Stabley本を信じるなら、1987年は患者としても監督としても、ヌレエフにとって特別な出来事はない。

  • 1984年の検査でHIV陽性が判明したヌレエフは、1988年までは治療のおかげで小康状態だった。
  • 監督としては1986年にニューヨーク・ツアーの成功と「シンデレラ」のパリでの好評で評価を確実にし、1988年までは特にトラブルもなかった。

なのに「1987年は特別な意味があった」と言われても、何のことか分からない。

ただし、この年はヌレエフがソ連に戻って母と再会するという大きな出来事があった。しかし、監督の業績の記述が一段落した後、病について初めて本格的に触れる節目となる文で、どちらとも関係がないソ連帰国を話題にするとは考えにくい。

プティが金銭的な負担を度外視できるはずがない

『密なる時』P.17:
しかしその活躍のどれひとつをとっても、私の経済的な懸念とは、なんとかけ離れていたことだろう。首尾よく金策するコツをつかんで新しいバレエ作品の創作が可能になれば、私のバレエ団の成功に弾みをつけることになるのだが、すべては金銭的な負担を度外視して行われていたので、それに対する心配は終始私に取りついたままだった。
プティ原本:
Comme tout cela était loin de mes préoccupations financières, de mon souci permanent de trouver les astuces qui me permettent de créer les nouveaux ballets qui feraient rebondir le succès de ma compagnie.
Telperion訳:
私の財務上の懸念、私のカンパニーの成功に弾みをつけるだろう新作バレエを創作できるようにする妙案を見つけることへの絶え間ない気がかりから、何もかもどれほどかけ離れていたことか。

バレエ・ダンサーとしてはありえないレベルの社会現象になったヌレエフをわが身と比べるプティ。

原文の中心的な部分は前半のここまで。

Comme tout cela était loin de mes préoccupations financières, de mon souci permanent
(私の財務上の懸念、私の絶え間ない気がかりから、すべてはどれほどかけ離れていたことか。)

以降の部分は、プティの気がかりの内容。

de trouver les astuces qui me permettent de créer les nouveaux ballets qui feraient rebondir le succès de ma compagnie
(私のカンパニーの成功に弾みをつけるだろう新作バレエを創作するのを許す妙案を見つけることの)

私には上の内容すべてを分かりやすく並べた訳を作れなかったので、最初に提示した全訳は直訳のままになっている。「気がかり」を修飾する「私のカンパニーの~絶え間ない」が長すぎて、うっとうしいことこの上ない。だから、新倉真由美が直訳を避けるべく奮闘しているのを、私はとやかく言える立場にいない。

しかしひとつだけ、新倉真由美の文で見過ごせない部分がある。「すべては金銭的な負担を度外視して行われていたので」。これに対応する原文はない。しかも実際にもありえそうにない。

新倉真由美の文にある二通りの財務状態

新作バレエの創作にかかる費用をすべて後払いできるとは思えない。自分の財産であれ、誰かからの融資であれ、まずは上演にこぎつけられるだけの金を用立てなければならない。だからプティはそのための妙案探しに頭を悩ませている。原文中の" feraient rebondir le succès"(成功に弾みをつけるだろう)が条件法の時制で書かれているのは、その成功が現実のものでないから。

金策に苦労するバレエ団の面影は、新倉真由美の文にも残っている。

首尾よく金策するコツをつかんで新しいバレエ作品の創作が可能になれば、私のバレエ団の成功に弾みをつけることになる

まだ創作が可能になっていないような言い方。ところが、次の文はその状態と合わない。

すべては金銭的な負担を度外視して行われていたので、それに対する心配は終始私に取りついたまま

まるでプティのバレエ団が放漫経営で、プティが財務破綻を心配しているかのよう。しかしこの場合、新作バレエの創作はすでに可能なはず。

更新履歴

2014/9/23
説明を詳しくする

感情のせめぎ合いは決して収束しなかった

『ヌレエフ』P.151-152:
感情的な戦争にも似た思いは彼らの再会と共に収束したが、結局二人は会うごとに少しずつ距離を広げることになってしまった。
Meyer-Stabley原本:
Une sorte de guerre émotionnelle finit par entourer leurs retrouvailles, avec pour conséquence de les éloigner un peu plus à chaque fois.
Telperion訳:
一種の感情の戦争は2人の再会に影を落とすようになり、毎回少しずつ2人を離していく結果になった。

1960年代前半のヌレエフとエリック・ブルーンの関係。この文の前では、年齢的にキャリアのピークを過ぎたブルーンがヌレエフと我が身を比べて苦い思いだったことが書かれている。

戦いは威力を増した

この文の述語は"finit par"(最後に~をする、結局~になる)。parの後には動詞の不定詞が続き、最後に行われたことを説明する。

この文で"finit par"の後に続くのは"entourer leurs retrouvailles"。動詞entourerの基本的な意味は「取り囲む」で、「励ます」という意味になることもある。この場合は「取り囲む」のほうが適している。

  • 「感情の戦いが彼らの再会を励ます」では、どういうことなのか想像しにくい。
  • 引用部分はヌレエフとブルーンの恋愛関係が終わったという説明の一部。「感情の戦いが彼らの再会を取り囲む」なら、2人が再会しても苦しい気持ちが先に立ったという意味だと受け取れる。

新倉真由美は"finir par"を単なるfinir(終わる)としたのだと思う。それに合わせて"par entourer"を「~と共に」にしたのだろうが、この解釈は無理すぎる。

戦いの結果である別離

文の後半、つまり"avec pour"以降から文末まででは、2つの前置詞が連続する"avec pour"の解釈が難しい。残念ながら、納得のいく説明を辞書で見つけることはできなかった。しかしその後に"conséquence de les éloigner un peu plus à chaque fois"(毎回少しずつ彼らを遠ざけるという結果)が続くので、前半で書かれた感情の戦争の結果、ヌレエフとブルーンが離れたのだと推測できる。

新倉真由美の訳はだいたい私と同じだが、ただ一つ、「結局」には首をかしげてしまう。「結局」は「いろいろあったけれど最後には」ということなので、2人の感情の戦争は単に先行したことの1つに過ぎない。ただでさえ新倉真由美は感情の戦争を収束させてしまったのに、この上「結局」が続くと、ますます感情の戦争は別離の原因にならなかったように見える。

更新履歴

2014/10/17
文の後半についても長く言及

ヌレエフの偶像でなく観客の偶像

『ヌレエフ』P.295:
観衆は彼の偶像に最後になるであろう喝采を惜しみなく贈った。
Meyer-Stabley原本:
Le public vient ovationner pour la dernière fois peut-être son idole.
Telperion訳:
観客は自分たちのアイドルに恐らく最後の喝采を浴びせに来た。

idole(アイドル、偶像)に付いている所有代名詞sonは、「彼の」という意味のこともよくあるが、厳密には「単数の三人称代名詞で表される人または物の」。この場合の単数の名詞とは、主語である"le public"(観客)。原文では、観客が自分たちのアイドル、ヌレエフに喝采を送るという、普通の情景を述べている。

しかし、新倉訳「彼の偶像」はヌレエフの偶像を指すように見える。複数の人びとである観衆を「彼」と呼ぶことは、日本語ではありえないから。ましてやヌレエフの観客には女性が大勢いるのだから。観客が拍手するのはヌレエフ本人なのに、ヌレエフの偶像に拍手するとは、何だかよく分からない表現。

『密なる時』ではまともな扱いの"son idole"

この文は明らかに、プティ著『Temps Liés avec Noureev』にある次の文のパクリ。この部分は記事「不満足な練習の原因は観客への不誠実ではなかった」で取り上げた。

le public venait pour applaudir son arrogante performance et ovationner peut-être pour la dernière fois son idole.

邦訳本『ヌレエフとの密なる時』では、"son idole"が「彼らの偶像」と訳された。sonが「観客の」だと新倉真由美が正しく認識していることが分かる。

また、同じ本にある下記の部分でも、idoleに付くsonが指すのが単数名詞"la salle"と呼ばれる観客たちであることが、新倉本からも理解できる。

『密なる時』P.33:
客席は総立ちになり、その偶像に惜しみない喝采を贈った。
プティ原本:
la salle était debout pour acclamer son idole.

なのになぜ『ヌレエフ』ではこういう訳になってしまったのだろうか。

ヌレエフのフランス語と英語の能力

『密なる時』P.80:
私は奇跡を目の当たりにして度肝を抜かれてしまった。フランス語がおぼつかず、それよりややましな英語を話し、どの国の言語でも正しく書くことのできないダンサーが、専門分野に造詣の深いインテリへと見事に変身したのであった。
プティ原本:
et je vis ô miracle le danseur qui parlait mal le français et à peine mieux l'anglais et de ce fait ne pouvait écrire corretement dans aucune de ces langues, se transformer en clerc, et se montrer savant en la matière.
Telperion訳:
そしてなんという奇跡、フランス語を話すのが下手で、英語を話すのはフランス語よりかろうじて上で、その結果これらの言語のどちらでも正しく書けないダンサーが、その件に関して博学に変身するのを私は見た。

83年にヌレエフと絶交して以来5~6年ぶりに和解し、ヌレエフが自分との契約書を書き上げるのを見守るプティ。

書くのが苦手だった言語

ヌレエフが正しく書けない言語は"ces langues"(これらの言語)、つまり直前で触れられているフランス語と英語。ces(これらの)を見落としたという単純なミスだが、その結果、ヌレエフはネイティブなのにロシア語やタタール語も正しく書けないという、いささか気の毒な記述になっている。多分プティはロシア語まで通じてはおらず、フランス語と英語以外の語学力は論評しないはず。

得意になった分野

プティはヌレエフの博識ぶりを述べるために、文字通りには「書生に変身し、その問題について博学な自分を示す」"se transformer en clerc, et se montrer savant en la matière"と書いている。これはイディオム"ne pas être clerc en la matière"(文字通りには「その問題について書生ではない」、転じて「その問題については知らない」)のもじり。その問題とは、すぐ前で書いている語学力のことだろう。絶交している間にヌレエフの作文能力が向上していてもおかしくない。

ヌレエフの専門分野といえばやはりバレエが第一なので、語学力を専門分野と呼ぶのには私は抵抗がある。向上したとはいってもヌレエフはまだ間違いを連発しているらしいし。また、1950年代からプロだったヌレエフが、1980年後半にやっとバレエの造詣の深さをプティに認められるというのも、まずないだろう。

2014/3/6
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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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