伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2012.12.22
ヌレエフがダコタのアパートに行くのがまれ?
2012.12.21
ヌレエフへの同意を保留したプティ
2012.12.20
不満足な練習の原因は観客への不誠実ではなかった
2012.12.19
官僚兼マエストロ?
2012.12.19
プティが憶測したヌレエフの意図 - 挑発

ヌレエフがダコタのアパートに行くのがまれ?

『密なる時』P.69:
ヌレエフがニューヨークのダコタビルやヴァージニア州の農園やサンバースの邸宅を訪れたのはごく稀で語るに及ばず、人生最後の数年間は、ナポリ付近にあるマッシーニ家から買ったリ・ガリ島の家で過ごした。
プティ原本:
Sans parler de l'appartement du Dakota Building de New York, de sa ferme de Virginie, ou de la maison de Saint Barth que Noureev a visitée bien rarement et pour finir, dans les dernières années de sa vie, de l'îsle Li Galli qu'il acheta à la famille Massine près Naples.
Telperion訳:
ニューヨークのダコタ・ビルのアパート、ヴァージニア州の農場、またはヌレエフがほとんどめったに訪れなかったサン・バルトの家、そして最後に、晩年にナポリ近くでマシーン家から買ったリ・ガリの島については言うまでもない。

ヌレエフの不動産のうち、ロンドンとラ・チュルビーとパリのものについて比較的細かく書いた後。

語るに及ばないのはリ・ガリの家も同じ

"sans parler de ~"は「~は言うに及ばず」。deに続く名詞は以下の4つ。分かりやすさのために若干の修飾を省いた。

  1. l'appartement le Dakota Building de New York (ニューヨークのダコタ・ビルのアパート)
  2. sa ferme de Virginie (ヴァージニアの彼の農場)
  3. la maison de Saint Barth (サン・バルトの家)
  4. l'îsle Li Galli (リ・ガリ島)

新倉真由美はリ・ガリの家を別扱いにしているが、プティは上の4つをすべて同列に扱っている。その前に他の家(恐らくプティが馴染んでいるもの)に行数を割いたので、他の家については細かく書かないという意味だろう。

ダコダのアパートは訪問が多かった

純粋に文法だけを考えると、関係詞"que Noureev a visitée bien rarement"(ヌレエフが非常にまれに訪れた)が修飾するのは、最初3つの不動産すべてとも、直前にあるサン・バルト(フランスにおけるサン・バルテルミーの略称)の家だけとも考えられる。しかし『ヌレエフ』訳者あとがきで、新倉真由美は原本『Noureev』を『密なる時』翻訳の参考文献にしたと公言している。『Noureev』にはこう書いてある。

  • 長い関係になったロバート・トレイシーをダコタに住まわせた(訳本P.185に相当)
  • 同じくダコタ住人のレナード・バーンスタインと知り合っていた(訳本P.182、P.298に相当)

実際、大都市ニューヨークの名高いダコタなら、よく住むほうが自然。ヌレエフがほとんど訪れなかったのは、絶対にニューヨークのアパートではない。したがってサン・バルトの家だけということになる。

Massineは後世に名を残す振付家

「ーニ」で終わるイタリア語の苗字は、RossiniとかFelliniとかPolliniとか、iで終わるスペル。だからMassineの読みは「マッシーニ」ではないはず。もっとも、プティの本にMassineの説明はないので、この本だけ読むと単なるイタリアの不動産所有者と思うのはやむを得ない。しかし上記の『Noureev』を読めば、Massineの情報として「リ・ガリの元の持ち主」以外のことが書いてある。

  1. ファーストネームはLéonide(訳本P.193に相当)
  2. 振付家(訳本P.205に相当)
  3. バレエ・リュスの作品La Boutique Fantastiqueの作者(訳本P.247に相当)

これらを読めば、Massineとはバレエ・リュスのレオニード・マシーンだと分かるはず。なのに『ヌレエフ』でも相変わらずマシーンはイタリア人名のように書かれていることは、「三日月クラシック」の怪しい部分まとめ記事の「P.247 振付家は~」の項にあるとおり。

サン・バルトにあるのは邸宅でなく家

サン・バルトにヌレエフが持っていた家が「邸宅」と呼べるほど豪華でなかったらしいことは、記事「ヌレエフの海辺好きとサン・バルテルミーの家」で書いた。ヌレエフが持っているのだから豪華だろうという思い込みに無理はないし、そうでないことをプティの本や『Noureev』から悟るのは無理だと思うので、ここでの「邸宅」は単に運が悪い訳語選択だと思う。ただ、maisonは単なる「家、住居」であり、その家が豪華だとほのめかす言葉ではないので、一応取り上げておく。

更新履歴

2014/3/8
『Noureev』にある参考情報を目立たせる

ヌレエフへの同意を保留したプティ

『密なる時』P.89:
ある日、彼は彼よりずっと若い少年少女たちとのレッスンを終えてスタジオの床に座っていた。跳躍しながら回る技巧で少し息があがってはいたが、最後まで踊りきった彼は少し休んだ後で私に近づいてきた。彼は執拗に私の目をまっすぐに見つめながら言った。
「ねえ、30年前に僕たちが初めて出会った時とまったく同じようにできたのが分かったでしょう」
私はそれが本当だと思った。
プティ原本:
Un jour, finissant l'entraînement après tout les garçons et filles plus jeunes que lui, s'asseyant sur le sol du studio, après un manège de coupés jetés, essoufflé mais appliqué jusqu'au bout, Rudolf après quelques secondes vint près de moi et me dit en me regardant droit dans les yeux avec insistance pour que j'entende sa vérité : « You see, I do it exactly like thirty years ago when we met*. »
* « Tu vois, j'y arrive exactement comme il y a trente ans quand nous nous sommes rencontrés. »
Telperion訳:
ある日、自分より若い男女全員の後でトレーニングを終え、スタジオの床に座り、クぺ・ジュテのマネージュの後で、息が切れながらも最後まで勤勉で、ルドルフは数秒後に私の近くに来て、まっすぐ私の目を見ながら、彼の真実を私に理解させるため、執拗に言った。「(英語で)分かったろう、君に会った30年前とまったく同じにやっているんだ」

病に冒されながらも踊り続けて抵抗するヌレエフ。「30年前にプティと初めて会った」という記述からも分かるが、このときのヌレエフはダンサーとしてかなり高齢で、肉体的に不利でもあった。

"pour que j'entende sa vérité"(私が彼の真実を理解するために)について、私が注意する点は2つ。

  • "pour que ~(接続法の節)"は、「~するために」という目的を指す。ヌレエフに目的があるからといって、目的が果たされたとは限らない。
  • ヌレエフがプティに理解させようとしたのは"sa vérité"(彼の真実)。ヌレエフの真実がプティの真実とは限らない。

プティは「ルドルフは自分が昔と同じにできると信じているのだ」と思いつつ、自分が賛同しているかは明かしていない。

ヌレエフはプティにほぼ英語で話す

この本でヌレエフがプティにかける言葉は、ほとんどが英語であり、フランス語はごくわずか。いかにも「普段は英語を(「三日月クラシック」の記事より「P.279 短く話す~」の項を参照)、時間のあるときにフランス語を話す」ヌレエフらしい。

プティが原本に付けた注のほとんどは、ヌレエフが話す英語のフランス語訳。フランス人向けに対訳を並べるという手間をかけてでも、ヌレエフ自身の言葉を載せたのだ。ちなみに『密なる時』にある注は、ほとんどが新倉真由美のオリジナル。

この英語を邦訳でどう表すかは悩みどころ。英語のまま残して注で日本語訳を載せるのが原本に忠実な方法だが、日本語文のなかの英文はフランス語の文中よりずっと浮いて見える。かといって、プティがわざわざヌレエフの言葉をそのまま書いているのに、それをなかったことのようにするのも気が引ける。最適な対処法は私にはまだ見つかっていない。

不満足な練習の原因は観客への不誠実ではなかった

『密なる時』P.72:
そうやって彼はとにもかくにも舞台に立ち、まぎれもなく主役であることを自覚していた。観客たちはその尊大なパフォーマンスに大喝采を送り、彼らの偶像に対し、おそらく最後になるであろうスタンディングオベーションをするのだった。
事実、彼には何も残されていなかった。私はかなり後になってから、彼がその時、すでに体力に見放されているのを感じだし、初めて自信を失い懐疑的になっていたことを知った。
プティ原本:
Il était là sur scène et dansait maintenant n'importe comment, mais il était là et cela, pensait-il, était la principal, le public venait pour applaudir son arrogante performance et ovationner peut-être pour la dernière fois son idole.
En réalité, il n'en était rien. J'ai réalisé plus tard qu'il sentait ses forces l'abandonner et que pour la première fois il doutait de lui.
Telperion訳:
彼はまさに舞台にいて、今となってはどうにでも踊っていたが、彼はそこにいて、彼の考えではそれが肝心なことだった。観客が来るのは彼の傲慢な演技に拍手し、彼らのアイドルに恐らく最後の喝采を送るためなのだ。
実際にはそうではなかった。彼が自分の力に見放されるのを感じ、初めて自分を疑っていたことに、私は後で気が付いた。

1984年「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演でヌレエフの練習ぶりにはなはだ不満だったプティ。この文の前にプティは「軽蔑の表現でないのか自問するに至った」や「多分私を挑発する意図があった」と書いている。

ヌレエフについての悪い想像を否定したプティ

2番目の段落冒頭の文"il n'en était rien"は、イディオム"Il n'en est rien."(それは本当ではない)を直説法半過去の時制で書いたもの。仏和辞書でrienを引けば、"Il n'en est rien."は載っている。時制が直説法半過去なのは昔の出来事だから。

「実際にはそれは本当ではなかった」から、その前に書かれているヌレエフや観客についての描写は、今のプティにとって事実ではないことが分かる。プティがこの前でも後でもヌレエフの内心を探っていることから、プティが当時憶測したことだと推測できる。

「彼が主役である」でなく「それが肝心である」

1番目の段落にある"cela, pensait-il, était la principal, "は、「彼は"cela ist la principal,"と考えていた」。"il pensait"(彼は考えていた)がpensait-ilという倒置文になり、考えの内容を書いた文の中に挿入されるのは、フランス語ではよくある表現。考えの内容が"cela était la principal,"でなく"cela ist la principal,"なのは、高校英語でいう「間接話法の時制の一致」による。

"cela ist la principal,"について、新倉真由美の訳が妥当でない点は2つ。

  1. celaは直前に書かれたことを指す代名詞。「彼」という訳はそぐわない。
  2. ここでのprincipalは名詞なので、意味は「要点、肝心なこと」。principal単体では「主役」という意味にならない。

観客の振る舞いもヌレエフの内心に含まれる

"cela était la principal,"の後に続く、"le public"からピリオドまでの文「観客が彼に喝采しに来た」は、pensait-il(彼が考えていた)に含まれているのかどうか、文法的には判断が難しい。以下の理由から、私は含まれていると思う。

  1. 原文は"le public venait pour ~"(観客は~するために来た)。 applaudir(拍手喝采する)やovationner(喝采を送る)という動詞は、観客が公演に来る目的なのだから、確実な事実として提示するのは不可能であり、どうしても推測の要素が入る。新倉真由美は「するために来た」を無視し、さも実際の出来事のように書いているが。
  2. プティは公演前の稽古を描写しながらこの文を書いている。まだ本番は始まっていない。原文venait(来た)が直説法半過去の時制なのは、高校英語でいう「間接話法の時制の一致」によるもので、ヌレエフの実際の考えは「観客は~するために来る」。
  3. すぐ前の「肝心なのはヌレエフが舞台にいること」とこの「観客はヌレエフに喝采しに来た」はどちらも、ヌレエフの踊りの出来は二の次というわけで、ヌレエフが稽古に不熱心になる理由になりえる。どちらもプティが「こんなことを考えているのではあるまいな」と勘繰る内容として無理がない。

更新履歴

2016/5/11
「それが肝心なことである」の項の拡張など

官僚兼マエストロ?

『密なる時』P.85:
文化庁に勤務していたマエストロ、ロシュ=オリヴィエ
プティ原本:
Roch-Olivier Maistre qui travaille à la Culture
Telperion訳:
文化省で働くロッシュ=オリヴィエ・メーストル

ヌレエフが1987年にソ連に一時帰国したとき同行した人物。Roch-Olivierはハイフンでつながれているので、ひとまとめでファーストネームであり、Maistreが姓。『Noureev』にこの名は出ないが、別の伝記に記載があることは、記事「ソ連への帰国とフランス文化大臣の関係」で書いた。

恐らく新倉真由美はMaistreをmaître(巨匠)と見間違えたのだろう。しかし「マエストロ」は人名の前に付くもの。それに文化省(フランスなので文化庁ではない)の官僚をマエストロと呼ぶのは奇妙であり、本当にそう呼ぶ事情があるなら説明しそうなもの。

プティが憶測したヌレエフの意図 - 挑発

『密なる時』P.72:
たぶん彼は私を挑発しようとしていたのであり、珍しくバーについて動き、しまいには彼の卓越した技量を誇示してみせたことがあった。
プティ原本:
peut-être avait-il l'intention de me provoquer et cela pour une fois encore jouer au bras de fer et prouver finalement sa supériorité.
Telperion訳:
多分彼には、私を挑発する意図、そしてもう一度腕相撲をして最後に自分のほうが優れていることを証明しようとする意図があった。
1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演で、ヌレエフの練習態度がひどい原因をいろいろ思い巡らすプティ。

bras(腕)とbarre(バー)

ヌレエフが前夜どれほど遊んでもバーレッスンを欠かさないことは、この本のプティも『Noureev』のMeyer-Stableyも書いている。「珍しくバーについて動き」は、ヌレエフについての記述としてはかなり異様。

原文を読むと、barreという文字はなく、代わりに"bras de fer"(腕相撲)がある。恐らく新倉真由美はbrasをbarreと見間違えたのだと思う。

プティが憶測したヌレエフの意図は3つ

"peut-être avait-il"(多分彼が持っていた)の目的語として、プティがまず挙げたのは"l'intention de me provoquer"(私を挑発する意図)。さらにプティは"cela pour ~(不定詞)"という表現で、ヌレエフの意図を他にも推測する。celaは前にある名詞"l'intention"(意図)を言い換えた代名詞。プティが挙げた不定詞は2つある。

  1. une fois encore jouer au bras de fer (もう一度腕相撲をする)
  2. prouver finalement sa supériorité (彼の優越性を最後に証明する)

ヌレエフが自分の優越性を示すというのは、あくまでもヌレエフの意図としてプティが考えたこと。ヌレエフが実際にして見せた確定事項ではない。

もう一つの解釈

私は上で前置詞pourがcelaと不定詞をつなぐ役目を持つと見なしたが、pourがイディオム"pour une fois"(一度だけ)の一部という可能性もある。その場合、「もう一度腕相撲をする」は「再び一度だけ腕相撲をする」になる。しかし恐らくそうではないと思う。

  1. 「一度だけ」(pour une fois)の後に「再び」(encore)が付くのは意味不明。
  2. pourがイディオムの一部だとすると、名詞celaに不定詞が前置詞抜きで直接つながることになる。でも私が今までフランス語を読んだ限り、そういうつながり方はかなり異例に思える。
  3. ヌレエフが力比べをするのが一度限りのわけがないのは、『密なる時』の前の方を読むだけでも分かる。

更新履歴

2014/6/21
採用しなかった解釈について「もう一つの解釈」で独立させる
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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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