伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2012.11.26
祈りを馬鹿にはしていないMeyer-Stabley
2012.11.24
技巧があるダンサーを賢者と呼ぶか
2012.11.22
落胆しては持ち直す
2012.11.21
トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了
2012.11.20
マリア・トールチーフの談話がロゼラ・ハイタワーのものに

祈りを馬鹿にはしていないMeyer-Stabley

『ヌレエフ』P.16:
金に値する価値があったのは、祈りの言葉でなくジャガイモだった。
Meyer-Stabley原本:
ces pommes de terre valent leur pesant d'or, pour ne pas dire leur pesant de prières.
Telperion訳:
このじゃがいもは、祈りに値するとは言わないが、金に値するものだった。

いつも空腹だった幼いヌレエフが、キリスト教徒の老婆がくれる食べ物欲しさに、自分の家の宗教でないキリスト教の祈りの言葉を唱えたことについて。

2つのイディオム

  1. "valoir son pesant d'or"は「高価である、貴重である」。文字通りの意味は「その金の重さの価値がある」といったところだと思う。pesantは「重い」などの意味を持つ形容詞だが、このイディオムでのみ名詞として扱われるらしいので、ここでは「重さ」とした。
  2. "pour ne pas dir ~"は「~と言うのが悪ければ」。穏当なことを言う前置きとして、話し手が必ずしも賛成しない極端なことを挙げるときに使う。

祈りをじゃがいもや金より上に置くMeyer-Stabley

Meyer-Stableyがじゃがいもと同じ価値があるものとして挙げた、穏当な表現と極端な表現は次のとおり。

  1. 極端な物言いは、"pour ne pas dir"に続く"leur pesant de prières"(祈りの重さ)
  2. 穏当な物言いは"pour ne pas dir"の前にある"leur pesant d'or"(金の重さ)

老婆とヌレエフの間で行われたのは、じゃがいもと祈りの言葉の取引だった。取引が成立したのだから、少なくともヌレエフにとって「じゃがいもには祈りと同じ価値があった」と言える。しかし宗教心の強い人たちには、この言い方や2人の行為が冒涜的に映ることもあるだろう。だからMeyer-Stableyは、じゃがいもと祈りを同じ価値だと呼ぶのは不穏当だと認め、「金と同じ価値があった」というフランス語では普通の慣用句に言い換えている。

祈りをじゃがいもや金より下に置く新倉真由美

新倉真由美の訳では、「じゃがいもには金に値する価値があるが、祈りの言葉にはない」と、祈りの言葉をじゃがいもや金よりはっきり下に置いている。Meyer-Stableyは「じゃがいもには祈りに値する価値がある」すら不穏当で極端だと見なしているのに、「祈りにはじゃがいもや金に値する価値がない」と書くわけがない。

2014/2/3
小見出しや箇条書きの導入を中心に書き換え

技巧があるダンサーを賢者と呼ぶか

『ヌレエフ』P.84:
まるで花火のように完璧な跳躍と回転をこなす賢者。
Meyer-Stabley原本:
Feu d'artifice, savantes perfections des élévations ou des girations.
Telperion訳:
花火、跳躍や旋回の巧みな申し分なさ。

パリでデビューしたヌレエフが受けた熱烈な賞賛の一つで、筆者はFrançois Guillot de Rode。

savantの意味は大きく分けると2つ。

  • 形容詞「博学な、学問の、巧みな」
  • 名詞「学者」

この場合はsavantesとなっていることから、形容詞だと分かる。語尾にesが付いているのは、複数形の女性名詞であるperfections(完璧さ)を修飾しているから。もしsavantがヌレエフを指す名詞なら、単数形になるのだからsavantのはず。

形容詞savantの意味のうち、「完璧さ」を修飾する言葉として意味をなすのは「巧みな」しかないだろう。

文法解釈を度外視しても、ダンサーの技巧を「賢者」という言葉でほめるのはなかなか見かけない表現。強い違和感を覚えるほどではないが。

2014/2/3
文法説明の簡略化

落胆しては持ち直す

『ヌレエフ』P.254:
躊躇せず不満な点を指摘した。「ご存知のようにがっかりすることはありますが、体制が急激に変化するときは常にそうなるのです。
Meyer-Stabley原本:
le Russe laisse pointer son insatisfaction : « Vous savez, il y a des moments de découragement. Et c'est toujours là qu'arrive brusquement une raison de ne plus l'être.
Telperion訳:
ロシア人は不満を否定しなかった。「お判りでしょう、落胆の瞬間は一度ならずあります。そして、いつもこのときにこそ、もはやそうでないという理由が不意に生まれるのです。

ヌレエフがパリ・オペラ座バレエの監督に就任して4か月後のインタビュー。

第3文の"c'est A que B(関係節)"は「BなのはAである」という強調構文。

  1. Aに当たるのは"toujours là"(いつもこのとき)
  2. Bに当たるのは"arrive brusquement une raison de ne plus l'être"(もはやそれでないという理由が不意に起こる)という倒置文。主語は"une raison de ne plus l'être"(もはやそれでないという理由)だが、長いために最後に来ている

「がっかりすることはある」という前の文とのつながりからヌレエフが言いたいのは、「がっかりしても、そのたびに立ち直るきっかけが見つかるのです」ということだろう。

不満の匂わせ方の控えめさ

第1文の直訳は「ロシア人は不満が現れ始めるままにした」。ヌレエフは不満を隠そうとはしなかったが、かといって前面に押し出そうともしなかったのだろう。

  1. 使役動詞laisserを使った弱い使役文なので、文中の動詞pointerはヌレエフでなく"son insatisfaction"(彼の不満)が行うこと
  2. pointerは目的語がないので自動詞であり、最も文脈に沿う意味は「現れ始める、芽を出す」
2014/2/3
箇条書き導入など

トールチーフとバランシンやブルーンの縁がヌレエフを魅了

『ヌレエフ』P.126:
当時三六歳だった彼女は確かに魅力的だった。彼女はジョルジュ・バランシンの三番目の妻で、ダンサー・エリック・ブルーン*1のパートナーで仲間でもあった。
Meyer-Stabley原本:
À trente-six ans, elle possède certes une vraie présence magnétique, mais surtout elle a été la troisième épouse de George Balanchine, ainsi que la partenaire et la compagne du danseur Erik Bruhn, qui fascine Rudolf depuis son passage à Moscou* :
Telperion訳:
36歳の彼女には、確かに本物の磁力のような存在感があった。しかしなかでも、彼女はかつてジョージ・バランシンの3番目の配偶者であり、またモスクワに立ち寄って*以来ルドルフを魅了したダンサー、エリック・ブルーンのパートナーであり愛人だったのだ。

1961年にマリア・トールチーフが少しの間ヌレエフと恋愛関係にあったことについて。

重要なのはバランシンやブルーンとの縁

原文の"certes A, mais B"(確かにAではあるが、Bである)という構文が使われるのは、Bへの反論となるAを認めはするが、本当はBを主張したい場合。

  • Aに当たるのは、maisの前にある「トールチーフに魅力がある」
  • Bに当たるのは、maisの後にある「トールチーフはバランシンやブルーンとつながりが深い」

つまり、Meyer-Stableyが強調しているのはトールチーフの魅力でなく、トールチーフの人間関係。この説は原本では少し後で再び書かれているし(トールチーフとブルーンやバランシンのつながり)、次の伝記にもある。

  • 『Nureyev: His Life』(Diane Solway著)、ペーパーバックP.186
  • 『Nureyev: The Life』(Julie Kavanagh著)、ペーパーバックP.160

新倉真由美の訳文では、トールチーフの魅力については「確かに」(certes)とある一方、人間関係については「しかしとりわけ」(mais surtout)という強調がない。このため、Meyer-Stableyが強調したいのはトールチーフ個人の魅力であり、人間関係は単にトールチーフの紹介として出したに過ぎないように見える。

トールチーフは当時独身

「彼女はジョージ・バランシンの3番目の配偶者だった」の述語"a été"の時制が直説法複合過去なのは、1961年当時より過去のことを指しているから。実際、当時すでにトールチーフとバランシンは離婚していた。新倉真由美の文だとトールチーフが不倫したとも受け取れるので、念のため書いておく。

トールチーフとブルーンはかつての恋人同士

compagneには「仲間」「愛人」両方の意味がある。トールチーフとブルーンが以前恋愛関係にあったことは、ヌレエフとブルーンが出会う場面(訳本P.127)でほのめかされているので、ここでは「愛人」として構わないと思う。

ヌレエフがかつてブルーンの舞台に魅了されたことの省略

原文にはブルーンについて、関係節"qui fascine Rudolf depuis son passage à Moscou*"(モスクワでの滞在以来、ルドルフを魅了した)という説明がある。モスクワでの滞在とは、1960年にブルーンがABTとともにモスクワで公演したことを指す(新倉本P.73-74)。新倉真由美がこの部分を省略したため、ブルーンがヌレエフに及ぼす影響の大きさも、ヌレエフがトールチーフの何に引き付けられたかも、さらに分かりにくくなった。

おまけ - この部分に付いた注は原文も訳文も問題あり

引用した部分には注が付いている。原文で注マークが「彼のモスクワ滞在」(son passage à Moscou)に付いていることからほのめかされるとおり、注の内容はブルーンのモスクワ公演に関係する。しかしこの注はいろいろと問題があり、これだけ読んでもモスクワ公演に関係する内容だと分かるのは難しい。「三日月クラシック」の記事とコメントでミナモトさんと私が何度か書いているので、単独記事は書かず、ここで簡単にまとめる。

  • ヌレエフが友人に録画してもらったモスクワ公演の映像を後で見てブルーンに熱狂したのは、さまざまな伝記に書かれている。多分Meyer-Stableyは注でこのことを書いている。
  • しかし原文には、ブルーンまたはヌレエフ(私はブルーンだと思う)を指して"l'âge de dix-neuf"(19歳)とある。1960年にはブルーンもヌレエフも19歳ではない。
  • 訳本ではfilm(映像)が「映画」と訳された。

更新履歴

2014/1/24
注の説明を加えるのを中心に大幅に書き換え
2016/5/11
諸見出しを変更

マリア・トールチーフの談話がロゼラ・ハイタワーのものに

『ヌレエフ』P.126:
マリアは端麗な一方子どもっぽい一面もあるルドルフに魅力を感じ、彼から目が離せなくなっていきました」
Meyer-Stabley原本:
Ils avaient beaucoup de choses en commun. » Maria trouve Rudolf si beau, si enfantin, si attirant « que je ne pouvais détacher mes yeux de lui ».
Telperion訳:
2人には共通点がたくさんありました」。マリアはルドルフがあまりに美しく、あまりに子供らしく、あまりに魅力的だと思ったので、「彼から私の目を離すことができませんでした」。

亡命間もないころのヌレエフとマリア・トールチーフの出会いについて。

引用した部分の語り手は3人いる。

  1. ロゼラ・ハイタワー
    日本語訳だと「2人には共通点がたくさんありました」になる最初の部分は、その前から続いているハイタワーの談話の一部。ハイタワーの談話がここで終わることは、原文でこの後に閉じ括弧(»)が続くことから分かる。この原文は訳本では省略されたが、ハイタワーの談話がいつ終わるのかを正確に示すために訳出した。
  2. Meyer-Stabley
    ハイタワーの談話の後の「マリアはルドルフがあまりに~だと思ったので」は、Meyer-Stableyの叙述。
  3. マリア・トールチーフ
    日本語訳だと「彼から目を離せなかった」となる最後の部分は、文中に「私の目」(mes yeux)とある。だからこの部分はトールチーフ自身による述懐だと分かる。Meyer-Stableyがこの部分を括弧のペア(«と»)で囲んだのは引用だから。

しかし新倉真由美はMeyer-Stableyの文もトールチーフの語りも、みなハイタワーの談話に放り込んだ。

なお、原本の参考文献一覧にはトールチーフの自伝『Maria Tallchief : America's Prima Ballerina』が挙がっている。トールチーフの言葉はこの本からの引用である可能性が高い。

2014/1/23
主に箇条書きの導入
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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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