伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2012.09.26
必ずしも人格者でないエリック・ブルーン
2012.09.25
ベジャールはヌレエフに打診しなかったのか
2012.09.24
きわめて異例に見えるヌレエフとデュポンの共演
2012.09.23
ハリウッドにとってヴァレンティノに利用価値はあった
2012.09.23
人が入る大きさのドレッサー?

必ずしも人格者でないエリック・ブルーン

『ヌレエフ』P.183:
私が知っているエリックは厳格な人でした。
Meyer-Stabley原本:
Erik était un homme amer quand je l'ai connu au début des années 1970.
Telperion訳:
1970年代の初めにエリックを知ったとき、彼は辛辣な人でした。

ソニア・アロワが語るエリック・ブルーン。

amerの意味

amerの意味としては、次のものが挙げられる。いずれも、自らが苦い思いをするのでなく、周囲に苦さを味わわせる様子を表している。

  1. (味が)苦い
  2. (体験などが)つらい、苦しい
  3. (態度、性格などが)辛辣な、とげのある

ここでのamerはブルーンの性格を表すので、3番目の「辛辣な」。

アロワのブルーン像

アロワが語るこの時期のブルーンは、他者に攻撃的なように見える。現にアロワはこの後「彼はルドルフの華々しい活躍に追い越されたと感じたのです」と続け、ヌレエフの時の人ぶりがブルーンの精神状態に悪影響を及ぼしたと語っている。

新倉真由美のブルーン像

新倉真由美がamerにあてた訳語は「厳格な」で、ほめ言葉として普通に通用しそう。厳格な人が必ずしも他人に苦い思いをさせるとは言えず、amerの訳語としてはしっくり来ない。しかも新倉真由美は「彼は自分が過大評価されたと感じた」と続けているので(詳しくは上でリンクした記事を参照)、まるでブルーンが過大評価に浮かれない高潔な人間のように見える。

いつもやさぐれていたわけではないブルーン

アロワが1961年から62年にかけてブルーンやヌレエフと仕事をしたのは、訳本P.136にあるとおり。当時はブルーンがすでにバレエ界で地位を確立していた一方、ヌレエフは亡命してからそう長くなく、フォンテーンとのパートナーシップで名をはせる前だった。アロワはこの時期と1970年代のブルーンを区別している。

2014/1/28
原本と訳本の対比を強化

ベジャールはヌレエフに打診しなかったのか

『ヌレエフ』P.260:
彼にとり二人のエトワール指名は寝耳に水だった。

ヴュ=アンとルグリのエトワール任命をめぐるヌレエフとベジャールの紛争の記述より。ところが、この文に相当する原文は、訳本に相当する場所にもその近くにも見当たらない。同じ段落に「エトワール任命を事前にヌレエフに打診したというのがベジャールの主張」と書かれているが、訳本でのみ、ベジャールの主張を嘘と断じていることになる。

訳本『ヌレエフ』での加筆は他にもあるにはある。しかしその多くは、章の中の小見出しや、「persona non grata」(P.75)や「オフショア」(P.192)といった語句の解説など、読みやすくするための試みと思われる(Meyer-Stableyによる段落区切りを無視して小見出しを挿入するのには賛成しないが、それはまた別の話)。『ヌレエフとの密なる時』からの引用が多くなった例はあるが、このために訳本の内容が変わったわけではない。今回の加筆はそれらと違い、補足説明の域を大きく越えている。

きわめて異例に見えるヌレエフとデュポンの共演

『ヌレエフ』P.286:
ヌレエフとデュポンは赤いタイツを履き手に手を取って踊った。その光景が象徴するようにデュポンがヌレエフを継いで芸術監督になるだろうと思われた。
Meyer-Stabley原本:
Noureev et Dupond réconciliés, en collant rouge, dansant ensemble, main dans la main. La scène est d'autant plus surréaliste que Dupond va succéder à Noureev au poste de directeur de la danse.
Telperion訳:
和解し、赤いタイツを履き、手に手を取って共に踊るヌレエフとデュポン。デュポンがヌレエフの芸術監督の地位を継ぐことになるだけに、その舞台はなおさら現実離れしていた。

定年を迎えたエトワール、ジャン・ギゼリを送る公演で、ヌレエフとパトリック・デュポンが「さすらう若人の歌」を踊ったことについて。

2人の共演を驚異の目で見たMeyer-Stabley

この文でMeyer-Stableyは2人の舞台をsurréaliste(超現実的な、シュールレアリスムの)と呼んでいる。一方、新倉訳「象徴する」に当たるフランス語はsymboliqueだろう。surréalisteと見間違えるほど似たスペルとも思えない。

Meyer-Stableyがここでsurréalisteという形容を用いたのは、ヌレエフとデュポンがうまく行っていないらしいエピソードを念頭に置いているから。

  1. ヌレエフがパリ・オペラ座の舞台で踊りたがることにデュポンが新聞で強く反対した (関連記事: 「三日月クラシック」の記事よりP.255の項)
  2. ヌレエフがデュポンをダンサーとしてあまり買っていないことを公に話した
  3. デュポンがパリ・オペラ座の外部での活動を増やした

監督交代は現実離れという形容の理由

原文では、「BであるだけにますますAである」という意味のイディオム"d'autant plus A(形容詞) que B(文)"が使われている。

Aに相当する形容詞
surréaliste (現実離れした)
Bに相当する文
Dupond va succéder à Noureev au poste de directeur de la danse (デュポンが芸術監督の地位のヌレエフを継ごうとしている)

つまり、Meyer-Stableyは「現実離れした」という形容の確かさを強調するために、デュポンが次期監督になるという事実を挙げている。ヌレエフはパリ・オペラ座を統括するピエール・ベルジェと対立の末にバレエ団監督を辞任する。デュポンはそのベルジェに推されて後継の監督となる。その2人が共に踊るというのは、Meyer-Stableyにとって実現するのが信じがたい出来事だった。

"d'autant plus A(形容詞) que B(文)"というイディオムは、他の場所でも何回か出ているが、新倉真由美はいちいち間違えている。仏和辞書でこのイディオムを調べるのがよほど嫌で、当て推量でしのいだとしか思えない。

Meyer-Stableyのミス - 共演は監督交代より後

問題の公演は1990年なのに、Meyer-Stableyが1989年のように書いたことは、「三日月クラシック」の怪しい部分まとめ記事で既出。新倉本を読んでも、上の文は1989年の活動の中で書かれているのだから、誰でも1989年の出来事だと勘違いするだろう。

しかも原文では、デュポンがヌレエフの後を継ぐことを"va succéder"という述語で述べている。これは近い未来を表す形。新倉本だけを読んでいたころ、私は「ヌレエフの名演の例を挙げたいあまり、うっかり1990年の公演をここで書いてしまったのかな」と思いを巡らせていたが、Meyer-Stableyはこの公演が監督交代前の出来事だと心底思ったらしい。

ルドルフ・ヌレエフ財団サイトの「さすらう若人の歌」の説明記事によると、この共演が行われたのは1990年10月23日で、デュポンは芸術監督にしっかり就任済。

更新履歴

2012/11/9
"va succéder"の説明が分かりづらかったので手直し
2014/1/19
主に箇条書きの導入、"va succéder"の説明の簡略化
2014/10/20
  • 単語の間違いとイディオムの間違いを別の見出しに分ける
  • デュポンとヌレエフの他のエピソード例も挙げる

ハリウッドにとってヴァレンティノに利用価値はあった

『ヌレエフ』P.232:
ハリウッドから見放された
Meyer-Stabley原本:
exploité par Hollywood
Telperion訳:
ハリウッドに搾取された

映画「ヴァレンティノ」の監督ケン・ラッセルによるルドルフ・ヴァレンティノ像。exploiterの意味は「開発する」「活用する」「搾取する」などで、映画会社ともめて干されたこともあるヴァレンティノには「搾取する」がもっとも合う。人気が衰える前に死亡しており、死去する年まで映画が作られていたヴァレンティノは、まだ利用価値を認められていたと思う。

人が入る大きさのドレッサー?

『ヌレエフ』P.208:
仕返しにリッツの彼の部屋のドレッサーの中に一晩中私を閉じ込めたのです!
Meyer-Stabley原本:
qu'il m'enferma dans le placard de sa suite au Ritz toute la nuit en guise de représailles!
Telperion訳:
仕返しの代わりに一晩中リッツのスイートのクロゼットに私を閉じ込めたのです!

前置き

この部分はもともと「三日月クラシック」の管理人ミナモトさんが記事「Don't stop me now/フレディとヌレエフ」で取り上げたものです。ドレッサーは人間が入るほど大きくないことから「ドレッサー」を「クローゼット」と読み替えたミナモトさんの直観はあまりにもっともだったので、私は原本を手にする前から「原文ではクローゼットと書いてあるに違いない」と一人合点してしまい、ミナモトさんが最初に列挙した訳本の怪しい部分原文と照合したとき、この部分を忘れてしまいました。後になって確認したものの、そのときにはもっと明らかにせずにはいられない翻訳ミスが次々に見つかっており、ドレッサーの件は長い間放置する結果になりました。

いくら私にとって自明でも、きちんと確認結果は書いておくべきではないかと、以前から引っ掛かかっていたので、そろそろこの部分も記事にすることにしました。たくさんの文章は必要ない指摘ですが、この部分に関する「三日月クラシック」でのミナモトさんとsummerlunaさんのやりとりが後の「怪しい部分まとめ」記事に、そしてこのブログにつながっていったことを思うと、感慨を覚えます。

本題

placardには「張り紙」などいくつかの意味があるが、家具としての意味は「作り付けの戸棚、クロゼット」。ホテルに作り付けられた戸棚とはやはり、化粧台でなく衣装スペースだろう。

"en guise de ~"は「~として、の代わりに」。"en guise de représailles"を「仕返しに」とした訳本が間違いとは思わない。しかし、語り手エリザベット・クーパーがヌレエフに閉じ込められたのは、クーパーの落ち度ではなく、ヌレエフの完全な八つ当たり。「仕返しの代わりに」のほうが、「仕返しすべき相手は私じゃない、なのになんで私がこんな目に」というクーパーの心情を表しているかも知れない。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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