伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2012.08.27
セレブな友人たちによる歓待
2012.08.26
プティがベジャールへの加担を振り返るのはずっと後
2012.08.25
指揮者活動への異論
2012.08.24
châle(ショール)とchalet(シャレー)
2012.08.23
répétition(稽古)とreprésentation(公演) - ウォーホル編

セレブな友人たちによる歓待

『ヌレエフ』P.200:
基本的に彼の好みはシンプルで、王侯貴族やジェット族たちの好意も友人や著名人たちとの関係も、あらゆる欲望や気まぐれを満たしはしなかった。
Meyer-Stabley原本:
Et même si, à la base, ses goûts sont simples, ses amis et relations célèbres n'auront de cesse de combler tous ses désirs et caprices, faisant de lui l'un des rois de la jet-set.
Telperion訳:
そして、たとえ基本的に彼の好みが簡素でも、著名な友人や知人は、彼の望みや気まぐれをすべて叶えることをやめず、彼をジェット族の王者の1人にしていた。

「満たしはしない」でなく「満たすのをやめない」

原文の"n'auront(aurontの原形はavoir) de cesse de combler"は、次の2つの言い回しを思い出させる。

  1. n'avoir de cesse avant de ~(不定詞)。意味は「~するまでやめない」
  2. cesser de ~(不定詞)。意味は「~するのをやめる」

「満たすまでやめない」と「満たすのをやめない」とどちらに近い意味か、私は決めかねている。しかしどちらにせよ、「満たさない」より「満たすために全力を尽くす」に近い意味なのは間違いない。

「関係」でなく「知人」

relationは「関係」という意味が多いが、ここでは文の主語"ses amis et relations célèbres"でami(友人)と並んでヌレエフの望みを満たす存在。だから「知人、知り合い」という意味が自然。友人というほどの付き合いではない人ということ。

王者と呼ばれているのは友人たちでなくヌレエフ

faisantから文末までの分詞構文では、"faire A de B"(BをAにする)という言い回しを使っている。

  • Aは"l'un des rois de la jet-set"(ジェット族の王の1人)
  • Bはlui(彼)

AがBより長いため、Aと"de B"の順序が逆になっている。この分詞構文「彼をジェット族の王の1人にする」の主語は、文の主語であるヌレエフの友人・知人。

ヌレエフの好みとセレブたちのもてなしは方向性が逆

「彼の好みはシンプルだ」(ses goûts sont simples)は、"même si ~"(~であるにもかかわらず)の後に続いている。つまり、Meyer-Stableyは「彼の好みはシンプルだ」を主文「著名な友人たちがヌレエフの望みを満たし続けた」と反対の内容としてとらえている。恐らくその理由は、Meyer-Stableyが「贅を尽くさなくてもヌレエフは満足するのだから、セレブたちが必死にヌレエフをもてなさなくてもよいのに」と考えているせいだろう。

2014/3/7
小見出し導入を中心に少し詳しく書き換え

プティがベジャールへの加担を振り返るのはずっと後

『ヌレエフ』P.261:
とげのある言葉と不平不満の応酬から数年後、ローラン・プティは“ヌレエフとの密なる時”の中で告白している。
Meyer-Stabley原本:
Bien des années après ces coups de bec et de griffe, Roland Petit avouera dans Temps liés avec Noureev :
Telperion訳:
こうした辛辣な言葉が交わされてから多くの年月が過ぎた後、ローラン・プティは『ヌレエフとの密なる時』で告白する。

ヌレエフとベジャールがエリック・ヴュ=アンとマニュエル・ルグリのエトワール任命を巡って争ったとき、ベジャールの側に立って参戦したことを自著で回想するプティ。

国語辞書で「数(すう)」を引いてみた。

『新明解国語辞典第五版』より
三、四の。五、六の。
『デジタル大辞泉』より
数をかぞえる語の上に付いて、2、3か5、6ぐらいの数量を漠然と表す。

「数年」もそのくらいのイメージが普通だろう。原本には"bien des années"(多くの年)とあるのだから、「数年」と訳すのは実情に合わない危険が大きすぎる。そして実際に実情に合っていない。

  • 件の騒ぎは1986年。
  • 『ヌレエフとの密なる時』の原書が出版されたのが1998年。

12年を数年と呼ぶことはほとんどないと思う。

更新履歴

2014/9/26
国語辞書から引用

指揮者活動への異論

『ヌレエフ』P.299:
単純に反復し棒を振り続けることは可能だ。しかしそれは彼ほどのスケールのアーティストをかなり情けないものにしてしまうのではないか。我々に多くの素晴らしいものをもたらした彼ほどの男が険しい山に登ろうとしているかのようだ」
Meyer-Stabley原本:
Alors, simple tentative de faire encore et encore parler de soi et de continuer à faire sonner le tiroir-caisse ? C'est possible, mais ce serait alors assez pitoyable qu'un artiste de cette envergure, qui nous donna tant de choses au temps de sa splendeur, s'embarque sur les chemins d'une Lola Montes. »
Telperion訳:
そして、単に延々と自分について語らせ、レジを打ち続けようとしているのだろうか。それは可能ではあるが、全盛期に多くを我々に与えてくれたこのスケールのアーティストがローラ・モンテスの道に乗り出すのは、相当哀れなことになるだろう」

1991年9月9日の『Le Quotidien de Paris』紙(訳本では新聞名が省略された)でヌレエフが指揮者として活動を始めたことに反対するジェラール・マノニ。

ヌレエフがしているように見えること

"tantative de ~"(~の企て)で~に当たるもの、つまりヌレエフがしようとしている(とマノニが推測している)ことは、次の2つ。

  1. 自分について何度も何度も語らせる(faire encore et encore parler de soi)。恐らく話題作り。
  2. キャッシュ・レジスターを鳴らし続ける(continuer à faire sonner le tiroir-caisse)。恐らく金儲け。

「棒」とか「振る」とか解釈できる言葉は原文にはない。

ローラ・モンテスは山ではない

マノニが言うLola Montesとは、20世紀にアメリカで活動したダンサーLola Montesのことだと思う。リンク先の記事によると、「2008年に90歳で死去」「2000年を最後に舞台から引退」とあるので、1991年当時、Montesは73歳で現役だったことになる。「ローラ・モンテスの道に乗り出す」(s'embarque sur les chemins d'une Lola Montes)という表現には、「表舞台に執着して晩節を汚すのはやめてくれ」というマノニの苛立ちがこめられているのだろう。

ちなみにインターネットでLola Montesを調べようとすると、19世紀に活躍したダンサーLola Montezの記述が大量に出てくるが、指揮者に転向しようとしている晩年のヌレエフを語るためにLola Montezが引き合いに出される必然性は、私には感じられなかった。

新倉真由美が「険しい山に登る」云々と書いたのは、Lola Montesがあまり知られていないことに加え、原文に「道に乗り出す」とあることと、Montesからmont(山)を連想したためではないかと思う。

châle(ショール)とchalet(シャレー)

『ヌレエフ』P.205:
彼は振付家のマッシーニから買い取ったメランコリックな小島に舞い戻り、シャレー風の別荘にこもっていました。この島はかつてディアギレフが所有していました」
Meyer-Stabley原本:
Drapé dans des châles, il rejoignait l'îlot mélancolique qu'il avait racheté au chorégraphe Massine, qui le tenait du grand Diaghilev. »
Telperion訳:
彼はショールをまとい、振付家マシーンから買い取った陰鬱な小島に戻るのでした。マシーンは島を偉大なディアギレフから受け継ぎました」

「シャレー風の別荘」でいうシャレーのスペルはchalet。châleは「ショール」。

draperは「布で覆う」「ひだを寄せる」などの意味があり、「こもる」という意味はなさそう。ここでは過去分詞drapéが使われていることから、draperの対象はヌレエフなので、ヌレエフがまとっていることになる。draperを代名動詞として使った"se danser dans ~"は「~を身にまとう」と仏和辞書にあるので、まとうものを前置詞dansの後に置くのは普通の用法と思われる。

リ・ガリの家の相容れない描写2つ

ここで触れられている島はヌレエフの別荘があるリ・ガリであることは、訳本のこの部分を読めば分かる。この島は訳本P.193でも触れられているが、そこには「岩でできた大邸宅」と書かれている。「岩でできた大邸宅」と「シャレー風の別荘」は両立しそうにないということは、訳本出版前に誰かに気づいてほしかった。

「岩でできた大邸宅」も正しい訳ではない。島の描写が家の描写にされたせいでそうなったということは、「三日月クラシック」の記事「『光と影』原文比較2」より「P.193 カプリ島付近の~」の項に書いてある。

répétition(稽古)とreprésentation(公演) - ウォーホル編

『ヌレエフ』P.206:
公演の休憩時間を利用し、
Meyer-Stabley原本:
Profitant d'une pause pendant une répétition au Metropolitan Opera,
Telperion訳:
メトロポリタン・オペラで練習中の休憩を利用して、

アンディ・ウォーホルがヌレエフのインタビューと写真撮影を予定した時間。

répétitionは「稽古、練習」で、公演はreprésentation。実際、公演の休憩時間はせいぜい20分くらいだろうから、その間にインタビューと写真撮影を両方するのは厳しいスケジュールではある。

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Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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