伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.08.08
ラジオ音楽には何でも聴きほれた幼い頃
2014.08.05
追及したのはプライベートの楽しみ
2014.04.20
ナンパ相手を襲おうとしているかのような印象操作
2014.01.20
最後となったガルニエ宮からの退出
2013.12.19
ソ連警察の敵意を原著者の見解と混同

ラジオ音楽には何でも聴きほれた幼い頃

『ヌレエフ』P.20:
ヌレエフにとって外の世界を知れたのはラジオだけだった。公人が亡くなると絶え間なく流れていたポピュラー音楽が中断され、ベートーベンやチャイコフスキーなどの曲が放送されたが、彼はそれに聴き入っていた。
Meyer-Stabley原本:
Car pour Noureev, le seul aperçu d'un monde extérieur plus vaste est la radio familiale. Il l'écoute des heures durant, particulièrement heureux quand la mort d'un personnage officiel met un terme à la perpétuelle musique populaire au profit de larges extraits de Beethoven et de Tchaïkovski.
Telperion訳:
なぜならヌレエフにとって、もっと広い外界を表す唯一のものは家庭のラジオだったからだ。何時間でも耳を傾けていた。とりわけ幸せだったのは、公人が死去したために絶え間ないポピュラー音楽が終わり、ベートーヴェンやチャイコフスキーの長時間の抜粋に交替したときだ。

2歳のころから音楽にとても反応していたという記述に続く文。

クラシック音楽以外のラジオ放送も聴いた

原文最初の"Il l'écoute des heures durant"(彼は何時間もの間、それを聞いた)の目的語は、三人称単数の名詞を指す代名詞leまたはlaの縮約形l'。この代名詞が指す名詞としてこの場合に適切なのは、前の文で出たラジオ(la radio)。radioは女性名詞なので、l'はlaの略だと分かる。

新倉真由美は、ヌレエフが聴いていたのが臨時放送のクラシックだとしている。しかしこの解釈には私が納得できない点がいくつもある。

  1. "Il l'écoute des heures durant, "の個所では、まだクラシック音楽は話題になっていない。触れていない音楽をいきなり代名詞で指すのは不自然。
  2. このクラシックは"de larges extraits de Beethoven et de Tchaïkovski"(ベートーベンやチャイコフスキーからの多大な抜粋)と呼ばれている。この名詞句は複数形なので、対応する代名詞はles。しかし、ヌレエフが聴いていたのは、上で書いたように単数の名詞なので、抜粋と合わない。
  3. 上の2点に比べると個人的な意見だが、一応書いておく。ヌレエフは音楽を「何時間も」聞いていた。死去したのがソ連の最高指導者でもない限り、臨時放送は何時間も続かないと思う。

ポピュラー音楽を聴いても幸せになった

要人の死去のためラジオのポピュラー音楽がクラシック音楽になったという文の前にある"particulièrement heureux quand ~"は、「~のとき特に幸せだった」。特に幸せだったと言うからには、それよりは落ちるけれどそれなりに幸せだった時間もあるはず。この場合、前の文が「ラジオを聞いていた」なので、ほどほどに幸せだったのは、ポピュラー音楽を初めとする普段のラジオを聞いているときだろうと見当がつく。

引用部分の前後でも音楽は何でも好きだった

前後の記述を読んでも、ヌレエフが好きだったのはクラシックに限らないと分かる。

  • 引用する直前の文で、ヌレエフは「音楽に」(à la musique)反応していたとある。クラシック音楽限定ではない。
  • この後にヌレエフがこの時期の音楽への傾倒を回顧する文(多分自伝の引用)が続く。そのなかでヌレエフは「どんな音楽でも(n'importe quelle musique)」聞いたと語っている(新倉真由美訳は「あらゆる音楽」)。この回顧全体を通して、ヌレエフはこの時期好きだった音楽の種類を限定していない。

クラシックに傾倒したのは成長後

名を成した後のヌレエフがクラシック音楽を愛好した様子は、『ヌレエフ』のあちこちにも書いてある。今回の文を読む限り、クラシック好きは子どもの頃からのことらしい。しかし幼児のヌレエフは聴きたいものを選り好みをできる立場にない。聞こえてくる音楽が何であろうとかじりついた。同時代の音楽とは多分あまり縁がなかったヌレエフが、幼いころはポピュラー音楽にも聴きほれていたということから、当時のラジオがヌレエフのきゅうくつな生活をどれほど慰めたかを想像できる。

Meyer-Stableyの言では、ヌレエフの音楽好きはヌレエフをバレエのとりこにする土台となった感情(「三日月クラシック」の原文比較記事より「P.20 音楽は情熱を生み出す母体となり、~」を参照)。それほど深い愛着を「たまにクラシックが流れると聴き入った」ですまされるのは、原文を読んでいると少しあっけなさ過ぎる。

更新履歴

2016/5/13
諸見出し変更

追及したのはプライベートの楽しみ

『ヌレエフ』P.85:
成功が大きくなっていくにつれ、ヌレエフはフランスの首都で彼独自のやり方で観客を扇動していけるように感じていた。
Meyer-Stabley原本:
Plus le succès va crescendo, plus Noureev se sent libre de suivre ses propres inclinations dans la capitale française.
Telperion訳:
成功が大きくなるにつれ、ますますヌレエフは自分独自の好みをフランスの首都で自由に追及できるように感じた。

キーロフ・バレエの一員としてパリに来たときのこと。前の段落ではヌレエフがパリの公演で人気者になる様子が書かれており、新しい段落の先頭がこの文。

「好みを追及」を「観客を扇動」と言い換えるのは苦しい

"suivre ses propres inclinations"の直訳は「彼自身の好みを追う」。この直訳だけを見たときに私が想像する意味は、「欲しいものを手に入れようとする」とか「やりたいことをやる」とかいったところ。

"suivre ses propres inclinations"に対応する新倉真由美訳は「彼独自のやり方で観客を扇動する」。「彼自身の好み」(ses propres inclinations)を「彼独自のやり方」と言い換えるのは可能だろう。だが「好みを追う」が「観客を扇動する」になるのは、私から見ると拡大解釈が過ぎる。

この文はヌレエフのオフタイムを書いた段落に含まれる

初めに書いたとおり、この文は新しい段落の先頭にある。その段落でこの後書かれるのは、ヌレエフがフランス人の友人たちと夜に集ったこと、西側の映画やバレエを鑑賞したこと。この文脈を念頭に置くと、「彼自身の好みを追う」とは、同じ段落で描写されているように、プライベートの時間を好きな人々と一緒に好きなことをして過ごすことだと分かる。ダンサーとして成功したという話は、前の段落でひとまず終わっている。

新倉本だけを読むと、「でもMeyer-Stableyの段落分けってもともと滅茶苦茶だよ。前の段落に来るべき内容を次の段落に押し込むなんて、珍しくもない」という感想を持つかも知れない。しかしそれは、新倉真由美がよその個所でMeyer-Stableyの段落分けをまるで尊重しないから。たくさん引用する手間が煩わしくて今までほとんど取り上げていないが、それでも原本の段落が終わらないうちに小見出しが割り込むという例は取り上げた。新倉真由美は『密なる時』でも1つの文の途中で段落を代えるという荒業をやっている。

更新履歴

2016/5/11
主に諸見出しを変更

ナンパ相手を襲おうとしているかのような印象操作

『ヌレエフ』P.204:
でもずたずたに引き裂こうとしている獲物に微笑みかける彼には、野獣のような魅力がありました」
Meyer-Stabley原本:
Je lui trouvais le charme du fauve qui sourit à sa poie avant de la déchiqueter. »
Telperion訳:
引き裂く前の獲物に微笑みかける野獣の魅力を彼から感じました」

イラ・フルステンベルクが語るところの、海岸で土地探しにいそしむヌレエフ。この土地探しを新倉真由美が愛人探しにしたことは、「三日月クラシック」の原文比較記事の「P.203-4 彼は日中~」の項にあるとおり。この記事で取り上げるのはそこで引用した文の直後にある。

獲物を引き裂こうとしていたとは限らない

最後の関係詞"qui sourit à sa poie avant de la déchiqueter"(獲物を引き裂く前に獲物に微笑む)はヌレエフでなく、直前の"le fauve"(野獣)を修飾している(fauve直前のduは"de le"の縮約形)。fauveの前に不定冠詞unでなく定冠詞leが付いているのは、単なる一匹の野獣でなく、関係詞の描写によって限定された野獣のことだから。

「彼は獲物を引き裂く前の野獣のようだった」と「獲物を引き裂く前の彼は野獣のようだった」は同じではない。ヌレエフが獲物を引き裂く前の野獣を連想させたからといって、獲物を引き裂こうと考えていたとは限らない。

探す対象がナンパ相手だと誤解したゆえの変な比喩

ヌレエフが探していたのはプライベートビーチにしたい海岸。イラ・フルステンベルクが見たヌレエフは、気に入った海岸を見つけて会心の笑みを浮かべていたのかも知れない。しかし海岸を買うことを「獲物をずたずたに引き裂く」とたとえるのは、どうにも不自然。もし原文のように「ヌレエフは買える海岸を探していた」の後に上記の新倉訳が続いたら、かなり奇妙に見えるだろう。

しかし新倉真由美は前の文を「ヌレエフは遊べる相手を探していた」と誤訳した。その後なら、「ずたずたに引き裂こうとしている獲物に微笑みかける彼」はしっくりくる。欲しい相手と何としても肉体関係を結ぼうとするヌレエフというわけだ。

直前で創作された「愛人探しに血眼なヌレエフ」のイメージを、続くこの部分がさらに強固にしているのは、とても私の気に障る。新倉真由美がヌレエフをことさらに女たらし扱いするのは記事「訳本が招くヌレエフの誤解(8) - 女性関係」で書いたことがあるが、これも根は同じに思える。

更新履歴

2016/5/13
諸見出し変更

最後となったガルニエ宮からの退出

『ヌレエフ』P.307:
棺は再びダンサーたちによって持ち上げられ、最後にガルニエ宮の入口まで達した。
Meyer-Stabley原本:
Le cercueil, de nouveau porté par les danseurs, franchit pour la dernière fois le seuil du Palais Garnier.
Telperion訳:
棺は再びダンサーたちに運ばれ、これを最後にガルニエ宮の敷居を越えた。

ガルニエ宮での葬儀が終わった後、埋葬のために墓地に向かうところ。

永遠の別離への感傷を呼び起こす原著者の文

原文の表現のうち、私が取り上げるのは2つ。

  1. "pour la dernière fois"は「最後に」。詳しく書くと、「このことをするのはこれが最後であり、以後することがなかった」ということを指す表現。
  2. "franchit le seuil"は「敷居を越えた」。

この2つを組み合わせた「最後にガルニエ宮の敷居を越えた」は、「ガルニエ宮に出入りするのはこれが最後となった」と同じ意味になる。

棺そのものがガルニエ宮に入って出たのは多分1回、事前の準備に使ったとしてもせいぜい数回。しかしヌレエフは1961年にパリでデビューしたときから、数えきれないほどガルニエ宮を訪れてきた。そこから永久に出て行くヌレエフを見て、列席者、特に同業者たちは、胸にこみ上げるものがあったのではないだろうか。

ヌレエフが最後に観客の拍手を受けた「ラ・バヤデール」の制作あたりから、Meyer-Stableyの文には感傷的なものがかなり混じっている。この文が感傷を誘うのも、偶然とは思わない。

単なる移動の説明のような新倉真由美の文

訳本では"franchit le seuil"が「入口まで達した」になった。私の考えでは、これには次の影響がある。

  • 「入口に達する」という表現では、その場所から出て行ったことを指すように聞こえにくい。百歩譲ってもせめて「出口に達する」では?
  • 「~まで達した」は「終点に到着した」のような言い方なので、それに付く「最後に」もやはり終点到着を表す「ついに」と同じ意味に見える。「これが最後になる」というニュアンスを感じにくい。ただでさえ「最後に」はそういう勘違いを招きやすい言葉なのだから。

その結果、「これが最後になるのか」という感傷を覚える余地が、原文に比べてとても低い。私は原文を読むまで、単に「棺が入口まで運ばれた(そしてそこでダンサーたちに下ろされた)」という説明文だと思っていた。

原本と訳本の違いはかなり微妙で、「誤解を招きやすい」カテゴリに入れるかどうかを迷ったくらい。しかし「入口に達する」と「敷居を越える」はわずかとはいえやはり違うことだし、原文どおりに訳すのは易しい。「入口に達する」が新倉真由美の創意工夫の表れなのか、それとも仏和辞書を引く手間を惜しんで適当に想像したのかは分からないが、成功したとは言えないと思う。

ソ連警察の敵意を原著者の見解と混同

『ヌレエフ』P.69:
しかし公演のたびにヌレエフと外国人たちとの深い交友関係を記録している警察にエスコートされるのを渋々認めなければならなかった。
Meyer-Stabley原本:
Mais chaque fois qu'il se rend à l'une ces représentations, il constate qu'il est escorté de policiers qui enregistrent « toutes ces amitiés anormales que Noureev entretient avec des étrangers ».
Telperion訳:
だがこのような公演の一つに行くたびに、「ヌレエフが外国人との間で交わすこの異常な友好関係のすべて」を記録する警官に自分が護衛されていることに気づいた。

キーロフ時代のヌレエフと警察のあつれき。外国のバレエ団が公演に来るたびにヌレエフはダンサーと接触していた。

原著者が描写したのは当時の警察の心境

警察が監視していたというヌレエフと外国人の"amitiés anormales"(異常な友好)について、次の点に注意がいく。

  1. 「異常」とはずいぶんな言われよう。ヌレエフがソ連当局に抑圧されるのを同情的に書いているMeyer-Stableyが、ヌレエフと外国人の接触を本気でそう思うとは信じがたい。
  2. 警察の記録対象は括弧«と»に囲まれており、"amitiés anormales"はその一部。語句を括弧で囲むことで、その語句に著者が別な意味を込めるのは、日本語でもよくある。

この2点を考えると、「異常な友好」とは警官たちなどのソ連当局による見解であり、Meyer-Stabley自身の意見ではないと推測できる。「当時の警察にとっては異常行為だったのだ、嘆かわしい」というのがMeyer-Stableyの言いたいことなのだろう。

単なる事実の記述にしか見えない新倉訳

ところが対応する新倉訳には、警察がヌレエフに抱いていたに違いない不快感がまったく現れない。

好意的な形容に一転

"amitiés anormales"の新倉真由美訳は「深い交友関係」。いかにもMeyer-Stableyが客観的描写として普通に使いそうな言葉になっている。

anormalは英語のabnormalに当たるありふれた単語。仮にも仏文科卒の新倉真由美が本気で「深い」と勘違いするとは信じがたい。「anormalという形容はヌレエフの交友を描くのにふさわしくないから添削してやろう」と意図的に捻じ曲げたのではないかという、嫌な想像をしてしまう。

意味ありげな括弧が消失

新倉訳からは、警察の記録対象を囲む括弧が抜けている。これではどう見ても単なる叙述で、Meyer-Stableyがほのめかす異議を感じ取りようがない。

Meyer-Stableyが使う括弧を新倉真由美がろくに見ない例はいくつもある。目立つのはこのあたり。

本当に深い交友関係だったか疑わしい

新倉本だと、ヌレエフと外人芸術家の間に深い交友関係があったというのは客観的な事実に見える。しかし「深い交流関係」は原文から離れているのみならず、大げさすぎて実情に合わないと思う。

  • 『ヌレエフ』でこの周囲を読んでも、ソ連に来た芸術家が出国した後まで交流が続いたというエピソードはない。交流はその場限りの出来事だったように読める。
  • 『ヌレエフとの密なる時』によると、プティはウィーンでヌレエフと初めて会ったが、その後はヌレエフの亡命が報道されるまで、すっかりヌレエフを忘れていた。

多分エスコートとは尾行の婉曲表現

新倉真由美が「渋々認めなければならなかった」と訳した動詞constaterは、仏和辞書によると「~を確認する、~に気づく」といった意味。新倉訳はずいぶん原意から離れていると思う。

新倉真由美は警官が文字通りにヌレエフをエスコートしている、つまりヌレエフのそばに控えて警備しているのを想像したのではないだろうか。原文を尊重して「エスコートされるのを確認した」と訳すと、ヌレエフが警官の同伴を認めているようになる。ヌレエフが実際にやりそうにないので、自分が納得いくような文に「添削」したと私は想像している。

しかし私の考えでは、「警察に護衛される」とは尾行のこと。「エスコートされているのを確認する」とは、尾行警官の姿に気づくことなのだろう。だから私は、辞書にあるconstaterの意味も、Meyer-Stableyがその言葉を選んだのが妥当なのも、少しも疑っていない。

2014/1/20
「訳文が現実を反映しているかの疑わしさ」を独立、リンクした記事の説明を追記
2016/5/13
文のグループ分けを見直し
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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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