伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2015.06.06
王室は任命の実権を持たない
2015.04.21
ヴァネッサ・レッドグレーヴは勲章制に恩を着せていない
2015.03.30
皇太后の帽子について会社が公言したのではない
2015.03.23
ラテン語の名文句を強引にフランス語扱い
2015.03.16
ロイズは王室儀式中止保険を提供する

王室は任命の実権を持たない

『バッキンガム』P.73:
王室の遠隔操作による首相や知事など高級官僚の任命には、女王の手にキスをするという特別な計らいが伴っている。
Meyer-Stabley原本:
La nomination d'un haut fonctionnaire, depuis le Premier ministre jusqu'au gouverneur général d'un des lointains dominions de la couronne, s'accampagne d'une faveur, celle de baiser la main de la reine.
Telperion訳:
総理大臣からはるか遠くの英連邦加盟国の総督に至るまで、上級公務員の任命には、女王の手にキスをするという好意が伴う。

女王の公務とイギリス政府がどうかかわるかについての説明から。

新倉真由美の文の不自然な点

1. 王室が任命を操作?

イギリスは「君臨すれども統治せず」の元祖。現在、女王は行政機関が下した決定を追認することが多く、行政に自ら指図はしない。そのことは原本に散々書かれているし、王室本を読むほどイギリスに興味がない人でも耳にしたことは多いはず。しかし新倉本の「操作による」からは、誰が任命されるべきかまで王室が指図している印象を受ける。現状にそぐわない。

2. 女王が任命現場にいるのに「遠隔」?

「任命には、女王の手にキスをするという好意が伴う」という文から、任命の場で官僚が女王の手にキスをすると分かる。任命を宣言する文を読み上げるのも、恐らく女王なのだろう。これを「遠隔」と呼ぶのは解せない。

dominionは操作でなく加盟国

新倉訳の「遠隔操作による」に相当する原文の語句は"d'un des lointains dominions"。ラルース仏語辞典にあるdominionの定義は次のとおり。

Nom donné aux États indépendants membres du Commonwealth.
英連邦に加盟する独立国に与えられた名前。(Telperion訳)

原文にあるCommonwealthは英語で、日本語訳は「英連邦」。その加盟国とは、オーストラリアやニュージーランドといった国々。"d'un des lointains dominions"は「最も遠くの英連邦加盟国の」となる。

dominionは学習用の仏和辞典に載るような単語ではないだろう。でも、ラルース仏語辞典の他に仏語wikipediaにもdominionの項はある。決して調べが付かない単語ではないと思う。

gouverneur généralは知事でなく総督

先ほどの「最も遠くの英連邦加盟国の」が修飾しているのは"gouverneur général"。ラルース仏語辞典や仏語wikipediaに項がない分、難易度はdominionより高い。でも調べる手段はある。

出典1. 英和辞典

イギリスの役職と予想されることから、仏単語を英単語に直した"governor general"を英和辞典で引いてみる。「ジーニアス英和大辞典」にはこうあった。

  1. 《主に英》(英連邦・英国植民地の)総督
  2. (副知事・副長官など補佐役のいる大地域の)知事、長官

Meyer-Stableyの原文ラルース仏語辞典によるdominionの定義にはCommonwealth(英連邦)という英単語もあるのだから、"gouverneur général"は1番目の意味だと簡単に推測できる。

出典2. イギリス王室サイト

Meyer-Stabley原本に参考資料としてURLが載っているイギリス王室サイトは、実に情報豊富。このサイトで"governor general"を検索すると、あちこちで見つかる。たとえば、オーストラリアの"Governor-General"の説明はこう始まる。

The Governor-General is The Queen's representative in Australia. As such, he or she performs the same constitutional role in Australia as The Queen does in the United Kingdom.

総督とはオーストラリアにおける女王の代理人である。女王が連合王国で果たすのと同じ制度上の役割を果たす。(Telperion訳)

オーストラリアだけでなく、多く(すべてかも)の英連邦加盟国に一人のGovernor-Generalがいる。イギリスの行政に関する日本語の文献を漁れば、日本語でこの役職が「総督」と呼ばれていることが分かる。

総督職は実権こそないが高位

たとえばオーストラリアの政治や外交について語るとき、総督の言動は話題にならない。総督とは女王と同じく、実権のない名誉職なのだろう。とはいえ、「知事」から想像できるよりずっと高い役職だと思う。任命時に女王の手に接吻することを許されるのも納得できる。

更新履歴

2014/6/12
英単語Commonwealthは引用したMeyer-Stableyの原文にはなかったので修正
2017/9/4
オーストラリアのGovernor-Generalの説明文URLを公開当時のドメインroyal.gov.ukから現行ドメインroyal.ukに変更

ヴァネッサ・レッドグレーヴは勲章制に恩を着せていない

『バッキンガム宮殿の日常生活』P.69:
有名である私を呼びものにしただけなのです」
Meyer-Stabley原本:
Cela prouve l'attraction qu'ont les institutions sur moi. »
Telperion訳:
私が制度に魅力を感じているという証明になったのです」

女王による勲章授与を説明した部分から、女優ヴァネッサ・レッドグレーヴの談話。直前の文は「私は勲章を受け取ったことをむしろ恥じています(新倉本より)」。ちなみに、レッドグレーヴはCBE、つまり大英帝国勲章のコマンダーを受章した。

構文解析

この文は大きく2つに部分に分けられる。

主文
Cela prouve l'attraction (このことは魅力を証明します)
l'attraction(魅力)を修飾する関係節
qu'ont les institutions sur moi (制度が私に及ぼす)

後半の関係節について注意すべき点は2つある。

関係節の文の目的語はl'attraction(魅力)
関係代名詞qu'は、目的語を表す関係代名詞queの縮約形。つまり、先行詞l'attractionは関係節の文の目的語となる。
関係節の文の主語は"les institutions"(制度)
  • 先行詞l'attractionはqu'に続く文の主語ではないので、主語はqu'の後に存在する。
  • 文の述語は文中唯一の動詞であるont(原形はavoir)。活用形が三人称複数なので、主語は三人称複数の名詞だと分かる。
この2点を満たす名詞は"les institutions"。主語と述語の位置が逆だが、フランス語ではよくある倒置。

以上のことから、関係節の文の原形となる文は"les institutions ont l'attraction sur moi."(制度は私に及ぼす魅力を持っている)だと分かる。

文全体の直訳は、「このことは制度が持つ私に及ぼす魅力を証明します」。つまり、「このこと」はレッドグレーヴが制度に魅力を感じたという証になったということ。文脈から、「このこと」とはレッドグレーヴの受章に違いない。

批判対象は反体制に徹しきれなかった自分

私はレッドグレーヴの名をこの本で初めて知ったほどの不勉強。でも日本アマゾンにある『ヴァネッサ・レッドグレーヴ自伝』(高橋早苗訳、平凡社)のページには、次の紹介文が引用されている。

積極的な政治活動により西欧で最も過激と言われながら、また「英国」を最良に体現すると評される女性
彼女の政治闘争の物語でもある。

どうやらレッドグレーヴは反権力的な言動で知られているらしい。それなら「勲章を受けなければよかった」と述懐しても不思議はない。英国体制への批判を込めて勲章を辞退するほうが、レッドグレーヴにとっては胸を張れる行動なのだろう。

勲章制より有名だと言わんばかりの新倉版レッドグレーヴ

新倉真由美がattractionを「呼びもの」と訳したらしいのは想像が付く。仏和辞書にある訳語の一つなのだから。でも、「有名である」や「しただけなのです」を引き出せそうな語句は原文にはない。「呼びもの」という単語と文脈をもとに、勲章批判の文を創作したように思えてならない。

正直言って、レッドグレーヴが受章によって英国の勲章制に箔を付けるほど有名だとは思えない。なのにあんな自信過剰な発言をしたことにされてしまい、お気の毒。

皇太后の帽子について会社が公言したのではない

『バッキンガム』P.208:
「皇太后が花やリボンやパールや羽根やチュールで飾り立て、クリスマスツリーのような帽子をかぶっていない姿を想像できますか?」
これはフレデリック・フォックス社とシモーヌ・マーマン社に言われたことだ。
Meyer-Stabley原本:
Peut-on imaginer la reine mère sans ses chapeaux fleuris, débauches de rubans, perles, plumes et tulle qui, au dire de certains, ressemblent à des arbres de Noël ? Deux adresses pour les confectionner : Frederick Fox (169, Sloane Street) et Simone Mirman (11, West Hackin Street).
Telperion訳:
花柄でおびただしいリボンやパールや羽根やチュールが付き、クリスマス・ツリーに似ていると言う人もいる帽子をかぶっていない皇太后を想像できるだろうか? これらを作るための住所は2つある。フレデリック・フォックス(スローン・ストリート169)とシモーヌ・ミルマン(ウェスト・ハッキン・ストリート11)である。

王族のファッションとひいきのデザイナーを記述した部分から。

会社が皇太后の帽子を公然と小馬鹿にする不自然さ

私がここの原文を読む気になったのは、「批判的な文は新倉真由美が創作した可能性があるのでとりあえず確認」という方針に従ったため。「~で飾り立て」とか「クリスマスツリーのような」とかは、帽子をかぶっている本人に面と向かって言える表現ではないと思う。

でもそれ以外に、こう発言したのが2つの会社だという新倉真由美の説明への違和感もある。人の帽子への感想を会社が自社の意見として表明する局面はそうはないだろう。私に考えられる状況はせいぜいこれくらい。

  1. 2社はマスコミ
  2. 従業員の内輪話を新倉真由美が大げさに社全体の意見扱いした

Frederick FoxもSimone Mirmanもマスコミではないので(2人については後述)、1番目の選択肢は消える。2番目の可能性は、ずさんで困ったことではある。でも新倉真由美が本当にしたことほどではない。

帽子を描写したのは原著者

皇太后の派手な帽子について書いた第1文は、原文では括弧に囲まれていない。当然、原著者Meyer-Stabley自身による文だと受け取れる。「皇太后はいつも派手な帽子をかぶっている」という説明を反語の疑問文として表現しているのだろう。ところが新倉真由美はこの文を角括弧で囲み、誰かが言ったことをMeyer-Stableyが書き写したかのように見せている。

確かに新倉真由美は、日本語の角括弧に当たる原文の«と»の見方が非常に雑。『ヌレエフ』でも、閉じ括弧»があるのに気付かなかったり(「マリア・トールチーフの談話がロゼラ・ハイタワーのものに」や「談話の語り手も範囲も間違い」を参照)、«と»で囲まれた引用文を地の文のように描いたり(「三日月クラシック」の原文比較5より「P.80 一二〇名のダンサーたちは~」を参照)。

それにしても原文にない左右の括弧が見えたつもりになるのは不注意が過ぎる。Meyer-Stableyが«と»をつけ忘れたと思って意図的に日本語文に「」を足したという可能性すら考えてしまう。

2つの名前は帽子制作者のもの

原文の第2文はコロンで前後に分かれている。こういう風にコロンが使われるのは、コロンの直前に話題にしたことをコロンの後で説明するため。

コロン前の文法説明

コロン前にある"Deux adresses pour les confectionner"(それらを作るための2つの住所)は主語と動詞を備えた文ではなく、名詞句。英語だと"two addresses to make them"。

  1. addressは中心となる名詞で、意味は「住所」、または「器用さ、巧妙さ」。
  2. confectionnerは他動詞の原形で、意味は「作る」。
  3. lesは動詞confectionnerの直前にあり、名詞を修飾していない。だから動詞の直接目的語である代名詞「それらを」だと分かる。
  4. pourは前置詞。ここでは「~のために」という意味だとつじつまが合う。

皇太后の帽子について書いた直後にこうあるのだから、「それら」とは帽子のことだろう。

説明したいのは業者の住所

コロンの後には2つの人名と住所が挙がった。

  1. Frederick Fox (169, Sloane Street)
  2. Simone Mirman (11, West Hackin Street)

次の理由から、これは帽子の制作者とその住所だと推定できる。

  1. 「帽子を作るための2つの住所」の説明として2つの具体的な住所が出た
  2. 周囲で王族の服のデザイナーを説明しているという文脈とも合う
  3. Telegraph紙に載ったFrederick Foxの訃報Simone Mirmanの訃報に、二人ともmilliner(婦人帽子屋)だったとあるし、顧客としてQueen Mother(皇太后)などの王族も挙がっている。

新倉真由美はadresses(住所)を「言われたこと」としたらしい。仏和辞書を引き、具体的な住所が続くのを見た後で、「住所」以外の意味を思いつくほうが難しいのに。帽子の描写を引用の«と»が囲むと信じるあまり、その思い込みに合わせてadressesの意味を創作したのだろうか。

人名を社名に変えたことに根拠はあるのか

Frederick FoxもSimone Mirmanも、原文では名前だけなのに、新倉真由美は「フレデリック・フォックス社とシモーヌ・マーマン社」と会社扱いしている。世を去って久しい帽子デザイナーのことは私には調べがつかないが、上の訃報を読む限り、2人は個人として店を経営していた可能性を無視できない。架空の名前ではないのだから、手を加えるならまずそれでも正しいという確証を得るべき。でも新倉真由美が確証を握った上で「社」を追加したのか、私は非常に疑っている。新倉真由美の文からは、2「社」が帽子を販売していることすら分からないのだから。

原本のミス - 通りの名前

二人の帽子デザイナーの住所は最後の部分しか書いていないが、バッキンガム宮殿があるロンドンにある可能性が最も高い。でもgoogleマップで"West Hackin Street"を検索すると、ロンドンの"West Halkin Street"が検索結果として提示される。googleで"West Hackin Street"を検索しても、ヒットするのは原本『La vie quotidienne à Buckingham Palace sous Elisabeth II』からの引用だけ。正しい住所は"West Halkin Street"なのだろう。

ラテン語の名文句を強引にフランス語扱い

『バッキンガム』P.133:
危険な噂話がある。
Meyer-Stabley原本:
Alea jacta est.
Telperion訳:
賽(さい)は投げられた。

子どもの頃から馬術に打ち込んでいたアン王女が競技大会でその才能を発揮するようになったことを述べた段落にある文。

一向に説明されない噂話

新倉真由美の文があからさまに変な点は、危険な噂話が何なのかがこの後も明かされないということ。アン王女が馬術の大会に出場したのは公の事実。Meyer-Stableyが同じ段落で書くことも、タブロイドより信頼性が高いメディアで普通に取り上げられそうなことばかり。

  • 競技のために進学をあきらめた
  • オリンピックでチームの一員として勝利した
  • 競技が縁で(最初の夫となる)マーク・フィリップスと知り合った

どこが危険な噂話なのか、まったく腑に落ちない。

原文はジュリアス・シーザーが発したとされるラテン語

2つの理由から、原文はフランス語でないことが強く疑われる。

  1. 正しい文法のフランス語として解析するのがとても無理
  2. イタリックで書かれている

イタリックはいろいろな意味で使われるので、それだけで非フランス語だとは決めつけられない。でもこのようにフランス語としては変な文がイタリックで書かれていれば、外国語の可能性を考えていい。

1980年代以前なら、"Alea jacta est."がどこの言葉で何という意味かを探すのは大変な作業だったろう。でも2010年代の今は、googleで検索するだけで、あっという間に答えが出る。

日本語訳「さいは投げられた」に聞き覚えがある人は多いだろう。趣味を優雅に楽しむのに飽き足らず、厳しい競技の世界に飛び込んだアンの覚悟を表すために、Meyer-Stableyは勝負に出たシーザーの言葉を引いた。

無理やりフランス語として読もうとしても破綻する

仏和辞書には、原文の単語3つを思わせる単語がいくつかある。

aléa
偶然、運、危険性
jacter
[口語]話す、しゃべる
est
être(英語のbeに相当する動詞)の直説法現在の三人称単数の活用形。英語のisに相当。

これを見ると、新倉真由美は「危険性」「話す」「~がある(estはこの意味を持つこともある)」を適当に書き換えながら組み合わせ、文を創作したらしいと想像できる。jactaを「噂話」としたらしいのは、飛躍の最たるもの。フランス語でjactaはjacterの直説法単純過去の三人称単数活用形。派生名詞jactaなる単語はラルース仏語辞典にすらない。

『バッキンガム宮殿の日常生活』が昔の翻訳本なら、外国語だと見当をつけてもその先に進めないこともあったろう。調べがつかずに破れかぶれになった訳者に同情したり、ほほえましく思ってもいい。でも『バッキンガム』はgoogleやwikipediaが栄える2011年出版。強引な創作を大目に見るべき事情はない。

ロイズは王室儀式中止保険を提供する

『バッキンガム』P.71:
ロイド社は大きな公式セレモニーの中止に備え、定期的にコマーシャルやホテル経営者やテレビ番組に保険をかけている。戴冠式の折に安全警備にかけられた額は少なかった。
Meyer-Stabley原本:
La compagnie Lloyd's assure ainsi régulièrement commerçants, hôteliers et chaînes de télévision contre l'annulation de grands cérémonies royales. Au moment de son couronnement, la cote de la prime sur la police d'assurance était bon marché ;
Telperion訳:
だからロイズ社は定期的に、商人やホテル経営者やテレビのチャンネルを相手に、大規模な王室儀式の中止に対する保険を引き受ける。戴冠式の時点では、保険証券の保険料の相場は非常に安かった。

女王の健康状態に細心の注意が払われる様子を述べた部分から。この引用の後には次の文が続く。

言い換えればロイド社の専門家たちは女王のヴァイタリティに賭けたのだ。

ロイズは保険業を営むというのが大前提

新倉真由美の文から思い浮かぶロイド社は、ホテルやテレビ局を傘下に収め、警備を手掛ける巨大多角企業といったところだろうか。でもあいにく、Lloyd'sは保険会社と同じサービスを提供する組織だということは、ちょっと調べれば分かる。ロイズはホテル経営者などに保険をかけたり、安全警備にかける費用を決めたりする立場にない。

保険に関する文で「ロイド社」を見てロイズを思い出す人なら、新倉真由美の文にかなりの違和感を覚えるはず。王室の機構や日常が詳しく書かれた本を読もうという『バッキンガム』読者には、イギリス全般についても知識がある人が比較的多いのではないかと私は思う。

ロイズは王室儀式中止の折には保険金を支払う

保険をかけるのではなく引き受ける

最初の文の述語の動詞assurerには、保険関連の意味が2つある。ラルース仏和辞典での説明とともに紹介する。

動作主が保険契約者
意味は「~に保険をかける」
Faire garantir un bien, une personne par un contrat d'assurance ;
保険契約によって財産や人を保証させる (Telperion訳)
動作主が保険業者
意味は「~を保険で保証する」
couvrir quelqu'un, quelque chose en tant qu'assureur :
保険業者としてある人や物を保護する (Telperion訳)

この場合、ロイズは保険業者なので、assurerは2番目の意味。

ホテル経営者などはロイズの顧客

最初の文の目的語、つまりロイズが保証する相手は"commerçants, hôteliers et chaînes de télévision"(商人、ホテル経営者、およびテレビのチャンネル)。三者のうちホテル経営者は、王室儀式が中止になると大損害を被りうる立場にあるということが最も分かりやすい。商人やテレビチャンネルも同様の立場にあると考えられる。

ロイズがこれらの業者を保証するとは、王室儀式が中止になったときに保険金を支払い、儀式を当てにした加入者の損害を軽減するということ。

警備費用をけちるのでなく保険料を安くする

2番目の文もやはり保険の話をしていることが、2つの保険用語から分かる。

la police d'assurance (保険証券)
仏和辞書に載っている用語。一見すると、「保障の警察」と訳せなくもない。新倉真由美が「安全警備」と言い出したのはそのせいだろう。しかし前の文の述語assurerの関連語assuranceが使われているのだから、やはり保険用語だと疑うべきだった。
prime (掛金、保険料)
仏和辞書にもある意味で、ラルース仏和辞典では最初に載っている。

前の文とのつながりから、ここで話題にしている保険とは、戴冠式が中止になったときに支払われる保険だと推測できる。その掛金が安価だったのは、保険金を支払う事態にはならないから安い保険料でも黒字になるとロイズが見込んだから。だから「ロイズの専門家たちは女王の生命力に賭けた」と言い換えることができる。

新倉真由美は「保険証券の掛金の相場」(la cote de la prime sur la police d'assurance)を「安全警備にかけられた額」とした。「安全警備の費用が少なかった」の後に「女王のバイタリティにかけた」が続くため、ロイズは「女王はバイタリティがあるから、テロがあっても大事には至らないだろう」と考えて警備の金を惜しんだように見える。何とも無責任な警備会社扱い。

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Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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