伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.08.29
ヌレエフの亡命の根拠となった条約
2013.11.30
実在しないキーロフ市
2013.08.13
ministre(大臣)とministère(省)
2013.05.21
プティ・ラットの意味
2013.04.21
étoileは女性とは限らない

ヌレエフの亡命の根拠となった条約

『ヌレエフ』P.97:
ジュネーヴ協定ではすべての外国人は居住する国における保護権を要求できる
Meyer-Stabley原本:
La convention de Genève prévoit que tout étranger peut demander le droit d'asile dans le pays où il se trouve,
Telperion訳:
ジュネーヴ条約の規定によると、すべての外国人は滞在する国で保護の権利を申請できる

フランスからソ連に送還されかかったヌレエフを救うために友人クララ・サンが思い出したと書かれたことのひとつ。クララはこの後、ヌレエフがフランスの警官に政治的保護を要求する手はずを整え、ヌレエフは亡命を果たすことになる。

権利を申請できる国

新倉真由美が「居住する」と訳した述語は"se trouve"。単に「いる、ある」という意味で、住んでいるという意味ではない。

亡命直前のヌレエフの場合、自分がいる国とはフランス。実際、ヌレエフはフランスに向けて政治的保護を要求した。この事例を頭に置くと、「外国人が自分のいる国で保護の権利を申請できる」は、「他国にいる人物はそこで自国の迫害からの保護を申請できる」と言い換えられると分かる。

このときのヌレエフが居住する国と言われると、私はどうしてもソ連だと思ってしまう。しかしヌレエフがソ連での保護権を要求しても、通る可能性はまったくない。国が自国領内の国民を迫害するのを止めさせるのはあまりに実現困難で、協定の条文に採用するのは無理なのではないか。

あるいは、「居住する国」は自国からの移住先を指すという解釈もできるかも知れない。でも、上の引用の後には「が、これは当事者がはっきりと声高にその援助を主張したときにのみ適応される」(新倉本より)と続く。外国に住むようになる人がそこでの保護をいちいち声に出して主張する必要はない。この描写は亡命の瞬間を想定しているのだから、ヌレエフを含め、移住先の決定は後回しな状況が多いだろう。

おまけ - 条約の呼び名

仏和辞書だけを頼りに"La convention de Genève"を訳すなら、「ジュネーヴ協定」は最も一般的な訳語。私は国際協定のたぐいにはてんで疎いので、この訳語がありえないとは判定できない。それにヌレエフの伝記でこの言葉が間違いだったとしても、致命的ではないだろう。でもせっかく「この協定は日本語では何というのかな」と好奇心を持ったので、googleでざっと調べた結果をメモしておく。

ヌレエフが亡命する根拠としてふさわしいのは、1951年に採択された難民の地位に関する条約だろう。仏語wikipediaの説明ページには"dite Convention de Genève"(Convention de Genèveと呼ばれる)とあるので、Meyer-Stableyによる呼び名"La convention de Genève"とも合う。

日本語の「ジュネーヴ協定」から難民の地位に関する条約を連想するのは、多分難しい。

  • 日本では難民の条約にジュネーブの名を冠して呼ばないらしい。国連難民高等弁務官事務所のサイトでは、「難民の地位に関する1951年の条約」と呼んでいる。
  • 戦時の傷病軍人や捕虜や文民の受けるべき待遇を定めるジュネーブ条約が存在する。1949年のものが一番有名らしい。「条約」に対応する英語はconvention。国際条約の知識がある人が「ジュネーヴ協定」と聞いたら、1949年のジュネーブ条約を連想する可能性はかなりありそう。
  • 第一次インドシナ戦争の休戦に関する1954年のジュネーブ協定というものもある。

いわゆるジュネーブ条約もジュネーブ協定も、ヌレエフの役には立たないから、Meyer-Stableyの頭にあるものではないだろう。「難民の地位に関する条約」とか「難民条約」とかのほうが、日本人読者は戸惑わずに読めるかも知れない。

もっとも、そもそも原本の言い方があいまい。仏語wikipediaの"Convention de Genève"のページによると、こう呼べる条約は400を超えるとか。しかもそこで列挙された例のうち、唯一ボールド体で目立っているのは1949年のジュネーブ条約。フランス人が"Convention de Genève"から直ちに難民条約を連想できるか、疑問が残る。

実在しないキーロフ市

『ヌレエフ』P.72:
特にキーロフ市内では他の地域以上にお互い監督し合うよう奨励されていた。ルドルフは格好な標的のひとりであり続けたのだ。
Meyer-Stabley原本:
Au Kirov encore plus qu'ailleurs, le système encourage les gens à se surveiller les uns les autres. Rudolf constitue donc une cible parfaite.
Telperion訳:
キーロフでは他の場所よりも、人々が互いに監視しあうように仕向ける体制だった。それゆえ、ルドルフは申し分ない標的になった。

訳本を読むだけで分かることだが、キーロフとはレニングラード市内のキーロフ劇場、または劇場付属のキーロフ・バレエ。ヌレエフの生涯を語る際にキーロフ市という場所は出てこない。「市内」という余計な言葉が印刷段階で入り込む(つまり誤植)よりは、原稿にすでに書いてあった可能性のほうが、私には高そうに思える。もっとも、いくらなんでも『Noureev』に目を通した新倉真由美が本気でキーロフを都市だと思い込むとは考えにくく、筆が滑ったほうがありえそう。

それでも、「こんなことを書いたのはいったい新倉真由美とMeyer-Stableyのどちらだよ」と思いたくはなるので、明記しておく。フランス語では都市名に定冠詞を付けないのが一般的。原文の"Au Kirov"は"À le Kirov"の縮約形なので、Kirovには定冠詞leが付いている。つまり、Meyer-StableyはKirovを都市名としては扱っていないことになる。

constituer(構成する)とcontinuer(続ける)

第2文は無害なケアレスミスと言ってもいいが、この記事の分量は少ないのでついでに書いておく。原文の述語である動詞constituerは「~となる、~を構成する」。「続ける」に相当するフランス語はcontinuer。

ministre(大臣)とministère(省)

『ヌレエフ』P.77:
強大な権力を持つ文化省同様、マスメディアで力を発揮していたのはエカテリーナ・フルツエヴァだった。
Meyer-Stabley原本:
Tout comme la toute-puissante ministre de la Culture, la médiatique Ekaterina Fourtseva.
Telperion訳:
全能の文化大臣であると同様、エカテリーナ・フルツェワはメディアに露出していた。

ministreは「大臣」であり、省のフランス語はministère。

フルツェワは1961年当時の文化大臣。原文は、フルツェワが持っていた文化大臣としての政治的権力をメディア面での力と並べて書き、ヌレエフがキーロフ・バレエの欧米ツアーに参加するのを後押ししたフルツェワの力の大きさを述べている。

新倉真由美の訳文では、フルツェワと文化省が別々の立場から力を発揮したような書き方。しかしフルツェワはこの後書かれるとおり「人形ではなく」、実際に文化省を統率していた。しかもフルツェワのメディア受けが良いなら、文化省の顔だったろうから、文化省とフルツェワは一体だったと見なして良いと思う。

プティ・ラットの意味

『ヌレエフ』P.252:
しかし登場するや新しいボスはトラブルも怒りも不平不満もなくコールド、コリフェ、カドリーユ、プルミエ・ダンスーズ、そしてエトワールに仕事を戻した。*3
Meyer-Stabley原本:
Mais dès son entrée en scène le nouveau « boss » remet au travail les petits rats, les coryphées, les quadrilles, les premiers danseurs et les étoiles. Pas d'esclandres, pas des colères, pas de portes qui claquent*...
Telperion訳:
しかし舞台に登場した途端、新しい「ボス」はバレエ学校の生徒、コリフェ、カドリーユ、プルミエ・ダンスール、そしてエトワールを仕事に戻した。騒ぎもなく、怒りもなく、扉が手荒く閉められる誰かが出て行くこともなかった…。

監督に就任したヌレエフが仕事をさせたダンサーたちのランクを列挙しているが、先頭の"petit rat"だけは、パリ・オペラ座バレエのダンサーのランクではない。手持ちの『プログレッシブ仏和辞典第2版』でratを引くと、こうある。

petit rat (d'Opéra)
オペラ座のバレエ練習生: 公演ではエキストラに起用される

この書き方だと、コールドと呼んでもいいような気もする。しかし、もっと専門性が高い情報源に当たると、"petit rat"はバレエ団と仮契約をしているとかいうのではなく、パリ・オペラ座付属のバレエ学校に所属する生徒だということがはっきりする。

  • 『パリのエトワール』(パトリック・デュポン著、林修訳、新書館)でプティ・ラットという通称とその意味に触れている。呼び名の発祥ははっきりしないらしく、説が2つほど挙げてあった。
  • パリ・オペラ座バレエのサイトにあるバレエ学校の沿革紹介ページで生徒たちを« petits rats »と呼んでいる。
  • ラルース仏語辞典サイトでpetit ratが載っている
    petit rat
    jeune élève (garçon ou fille) de l'école de danse de l'Opéra de Paris.
    パリ・オペラ座バレエ学校の若い生徒(少年または少女)。(Telperion訳)

新倉真由美の文の不自然な点

パリ・オペラ座バレエの群舞ダンサーであるコールド・バレエは、カドリーユ、コリフェ、スジェの総称。「コールド、コリフェ、カドリーユ」では、コールドという言葉に含まれるコリフェとカドリーユがまた名指しされることになる。自然な表現は「スジェ、コリフェ、カドリーユ」か、単に「コールド」だけだろう。

正直言って、このpetit ratは間違えても仕方ないかなと思うし、間違えても影響が大きいわけではない。しかし、パリ・オペラ座バレエに詳しい人が『ヌレエフ』の読者になることは多いと思われ、そのなかには「コールド、コリフェ、カドリーユ」という列挙に変な気になる人がいても不思議はない。翻訳が原因で訳文に違和感を覚える個所は取り上げるポリシーなので、あえて記事にした。

ばたんと閉まる扉

上の見出しは、原文最後の"de portes qui claquent"の直訳。これが何の比喩なのかは私は断言できないし新倉真由美の「不平不満」に違和感もない。だから本来ならこの部分の対訳は載せないのだが、この言い回しについて別記事でいずれ書いてみたいので、参考のために前もってこの部分も載せておいた。

更新履歴

2013/12/11
パリ・オペラ座サイトの構成変更に伴い、プティ・ラットに触れたリンク先を変更
2014/1/18
「扉がばたんと閉まる」が何の比喩なのかが分かったのに伴い(参照: パリ・オペラ座の外に出たデュポン)、私の訳を修正
2014/3/18
小見出し「ばたんと閉まる扉」に取り消し線を引く。この言い回しの意味が判明した後では必要ない内容になったので。

étoileは女性とは限らない

『ヌレエフ』P.43:
巨匠の周りには権威ある輝かしいダンサーが名を連ねていた。プリマバレリーナには、ソコロヴァ、ニキティナ、トレフィローヴァ、クシェシンスカ、プレオブラジェンスカ、ゲルトなどがいた。
Meyer-Stabley原本:
Autour du maître se constitue l'une des plus prestigieuses troupes de l'histoire de la danse, troupe foncièrement russe dont les étoiles ont pour nom Sokolova, Nikitina, Trefilova, Kchessinska, Preobrajenska, Guerdt.
Telperion訳:
主の周りには舞踏史上最もそうそうたる一団の1つ、本質的にロシアの一団が作られた。そのスターたちの名を挙げると、ソコロワ、ニキティナ、トレフィロワ、クシェシンスカヤ、プレオブラジェンスカヤ、ゲルトである。

ここで言うmaître(巨匠、主)、マリウス・プティパとつながりがあり、マリインスキー・バレエの歴史に名を残すゲルトといえば、プティパが振り付けたチャイコフスキー作曲三大バレエすべてを初演したことで知られるパーヴェル・ゲルト。名前から分かるように男性。挙げられた名前の中で男性が1人だけとはいえ、「プリマバレリーナにはゲルトがいた」とは言わないと思う。

原本に出る名前をいちいち調べるのは必須ではないだろう(もっとも、Meyer-Stableyはよく人名を間違えるので、調べたほうが安心できる)。しかし、étoileは女性名詞ではあるが、女性だけを指す言葉ではないのは、仏和辞書を引くだけでも分かる。ロシアのバレエの歴史に通じていなくても、étoileを辞書通り「スター」と訳せば済む話だった。

同種の例

étoileが「プリマ・バレリーナ」になったために変な文になった例は、「三日月クラシック」に2つ取り上げられている。どちらもétoileは本当はヌレエフを指している。

また、性別は問題ないし、誤訳だとも言わないが、以下の部分も違和感を覚える。

『ヌレエフ』P.198:
プリマ・バレリーナだったクレール・モット
Meyer-Stabley原本:
l'étoile Claire Motte

パリ・オペラ座バレエのエトワールを「プリマ・バレリーナ」と紹介するのは一般的でないと思う。モットがエトワールだったことは、『密なる時』の訳注(P.83)で新倉真由美が自ら書いている。

おまけ - ここで挙げられたダンサーたち

日本語wikipediaに項がある
  • マチルダ・クシェシンスカヤ(Mathilde Kschessinska)
  • パーヴェル・ゲルト(Pavel Gerdt)
英語wikipediaに項がある
  • ヴェラ・トレフィロワ(Vera Trefilova)
  • オリガ・プレオブラジェンスカヤ(Olga Preobrajenska)
ロシア語wikipediaに項がある
  • エフゲーニャ・ソコロワ(Евгения Соколова)
  • ヴァルヴァラ・ニキティナ(Варвара Никитина)
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プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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