伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2015.03.02
このブログでしたいこと 第3版
2014.09.06
『バッキンガム』照合範囲の狭さによる思い残し
2014.05.11
このブログでしたいこと 第2版
2014.04.25
新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - このブログより
2014.03.31
新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(2)

このブログでしたいこと 第3版

この記事は、初めて読む方への案内として書いた「このブログでしたいこと 第2版」の改訂版です。第2版を書いた当時は『バッキンガム宮殿の日常生活』が対象外だったので、それについての説明を追加しました。

続きを読む

『バッキンガム』照合範囲の狭さによる思い残し

バッキンガム案内からは見つからない先入観

『バッキンガム宮殿の日常生活』(Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)を英アマゾンにある原文を今まで照合してきて、『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』で見られる特徴をいくつも見つけることができました。

  • 原文の構成をたどろうとする形跡がない
  • 文の中心的な単語でも仏和辞書で調べない
  • 単語の見落とし・見間違い

でも、『ヌレエフ』で私が最も問題にしている特徴は見つかっていません。

  • 原文より訳者の予断が優先される

『ヌレエフ』には、「ただの不注意や語学力不足でここまで読み間違えるだろうか、自分の偏見を反映させているとしか思えない」という個所がいくつもあります。でも『バッキンガム』は、語学力の圧倒的な不足と読み方の粗雑さだけでもああなりそうです。英アマゾンにある原文はほとんどがバッキンガム宮殿の説明。先入観にかられて暴走しようにも、新倉真由美に「バッキンガム宮殿はかくあるべき」という強い先入観がなかったのだと思います。

スキャンダル記述に先入観が入るという懸念

でも、他の部分にも先入観がないとは限りません。『バッキンガム』の訳者あとがきで一番気になる部分を挙げます。

神秘のヴェールの向こう側の世界には、(中略)驚きや不思議さに満ちていると同時に、華やかさとは裏腹に言いようのない孤独感が迫ってきました。
しかし、最も印象に残ったのは、ロイヤルファミリーそれぞれの人間としての部分でした。

人間としての部分! 『ヌレエフ』の訳者あとがきを思い出します。

読み進むうちに徐々に人間ルドルフ・ヌレエフ像が浮き上がってきます。

あと、『バレリーナへの道』No.94にあったヌレエフの略歴に関するコラムも。

表面的な華やかさとは裏腹に、心は枯渇し生涯孤高の人であった。

新倉真由美のいう「人間ヌレエフ」が、Meyer-Stableyの文に比べてヌレエフの性格の欠点を誇張したものだということは、私が力を入れて書いてきたことです。Meyer-Stableyだってヌレエフの自己中エピソードは好んで書いていますが、「努力するパートナーには協力的だった」「マスコミが一面的に報道した」など、性格面でのフォローもしています。でも新倉真由美は「ヌレエフは周りをないがしろにした」一辺倒。ヌレエフのダンサーとしての力量も誇張することで、自分をヌレエフの伝道者だとかろうじて見せているようです。

『ヌレエフ』に続いて『バッキンガム』でも、新倉真由美が「人間としての部分」「華やかさの裏の孤独さ」を強調したことに、私はとてもきなくさいものを感じます。第1章の宮殿案内はほんの前座。2002年に出版された原本の山場はダイアナ妃の生涯やチャールズ皇太子やカミラの事件だろうし、他にもワイドショー受けしそうな題材はいくつもあります。そして、王族に向けた辛口の言葉はよその章でちらちら見えます。しっかり読んだら原本購入に突き進むのが目に見えているので、私は照合範囲外の本文には目を向けないようにしているのに。原本を読まずにそのすべてがMeyer-Stabley由来だと受け入れるほど、私は素直ではありません。

英アマゾンにない部分まで照合するのは、私には荷が重いことです。ダイアナ妃の1章だけでも結構な分量ですから。心残りではありますが…今はヌレエフ本2冊を気にしつつ、英アマゾンの原文との照合を進めることに専念したいです。

このブログでしたいこと 第2版

この記事は、このブログを開設したとき、初めて読む方への案内として書いた「このブログでしたいこと」の改訂版です。元記事を書いたときは『ヌレエフとの密なる時』が対象外だったので、それについて触れるのを機に、新しい記事として書くことにしました。

続きを読む

新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - このブログより

新倉真由美による訳本『ヌレエフ』のあちこちにある矛盾や意味不明さのうち、少ない行数で説明できるあからさまなものは、ブログ開設前に「三日月クラシック」のコメントとして投稿しました。それらについては2回に分けて書きました(前編後編)。一方、このブログで扱っているその種の個所は、だいたいが次のどちらかに当たります。

  1. 前後を含めて通し読みするとあからさまに変だが、誤訳そのものだけを取り出すとそれほど変に見えない
  2. つい読み飛ばしがちだが、真剣に読むと、意味が通っていないことに気づく

新倉本がどんなに意味不明かを素早く把握するには、「三日月クラシック」にある例のほうが分かりやすい。ですが、1番目に当たる個所だって、通し読みしていて頭が混乱するのは同じです。そこで、新倉真由美訳のせいで意味がとおらない個所について書いた記事を並べてみます。新倉本を初めて読んでから3年以上になるので、当時の気持ちを正確には覚えていませんが、だいたい次のようになるかと思います。

新倉本を読んだ当初からわけが分からなかった個所

  1. 亡命時のヌレエフをロゼラ・ハイタワーは見なかった
  2. 数百万人のロシア人や中国人がいるソ連?
  3. ポッツがヌレエフと別れた理由
  4. ヌレエフのパトリック・デュポン評
  5. 最初の不協和音の前にスト?
  6. 暗に世代交代をほのめかすマスコミ
  7. 記者をからかうヌレエフに好意的な原著者
  8. 何も教えようとしない真の教師?
  9. 初日を踊ることの重さ
  10. 写真から受ける印象と実際のずれ

新倉本を読み返すうちに疑念を抱くようになった個所

  1. 1人の風貌と存在感がコントラストをなす?
  2. 新入生がキーロフに出演?
  3. 同じなのは3作のうち1作だけ
  4. まず答えてから質問?
  5. 一般人が刑事を雇う?
  6. 急な登板を予定と呼べるか
  7. ヌレエフの一時帰郷の日程改変
  8. ダンサーは政府の答弁を予習するか
  9. 振付家が作家を選択する権利は異例か
  10. ロゼラ・ハイタワーに対して謙虚なヌレエフ
  11. ヌレエフとクララ・サンの「石の花」鑑賞
  12. tour(一周)とtournée(巡業)
  13. FBIの捜査があったという証拠
  14. 話題を監督業から闘病に切り替える文

多くの例を振り返って

こうして一気に読み返すと、私が新倉本を買った当時にどれほど当惑したかが思い出されます。手っ取り早くヌレエフの生涯やいろいろなエピソードを知ることができるつもりでいたのに、「それじゃ理屈に合ってない」「どうしてこんな文が出てくるのか分からない」と疑問が山積み。各文章がつながっていないので、別々な絵から取ってきたジグソーパズルのピースがごちゃごちゃしているような印象で、一枚の絵を形作っているようには見えませんでした。

新倉本を買った2011年2月20日から3日後、私はamazonにDiane Solway著『Nureyev: His Life』を発注しています。新倉本を買う前から私はSolwayの伝記に目星をつけていたのでしょう。しかしこのタイミングでの発注ということは、それだけ「この本ではヌレエフのことは分からない」という危機感が強かったのでしょうね。「三日月クラシック」に寄せた初指摘を読み返す限り、2月の私はパリ・オペラ座バレエに関することを多少知っている程度で、事実と違う記述に気づく力はほとんどなかったはずなのに。

「読み返すうちに疑念を抱くようになった」に分類したものには、新倉本への不信感が高まらなければ読み流したかも知れないものも多くあります。でも、いったん気づくと気になります。原本チェックしたい個所が次々出るのも、私が原文比較に熱心になる動機になりました。

しかし、訳文が露骨に変で原文を読みたくなる個所は、すぐさま眉に唾を付けたくなる分、誤訳を守るために原文を書き換えた疑惑 (1)で書いたようなことをされるよりはましですね。ヌレエフ像のねじまげも、多くは新倉本だけではおかしいと気づかない記述でしたし。

更新履歴

2014/5/14
「三日月クラシック」に寄せた初コメントによると、私が海外伝記を本気で探し始めたのは新倉本を買った後なので、それに応じて取り消し線を引く

新倉本『ヌレエフ』の不自然さ - 「三日月クラシック」より(2)

『ヌレエフ』を読んで事前の知識の有無にかかわらずに変だと思った訳文について、今回は「三日月クラシック」の次の記事に載っている分を取り上げます。

とはいっても、今回取り上げる訳文は前回ほど多くありません。原文比較3のときはDiane Solway著『Nureyev: His Life』の記述と合わない個所を主に照合したようだし、原文比較4・5のときは訳文が一見自然かどうかを重視しなかったようです。

ありそうにない内容の訳文

寒村にある私設天文台

P.23-24 私設の天文台によじ登って (原文比較3)

ヌレエフが自伝で語る幼少時の思い出。私は「私設の天文台」から私が思い浮かべるのは、天文好きの個人が作り上げた、小規模ながらも本格的な設備。しかし幼少時のヌレエフが当時いたのは貧しい村で、そんなおしゃれなものはありそうにない。

年齢で追いつきたい

P.130 ヌレエフは年齢だけでなくバレエテクニックにおいても、エリックに追いつき支配したがるようになった。(原文比較3)

すでに別記事で書いたがもう一度。「年齢において追いつきたい」という実現不可能な望みをいい年をした大人が本気で抱くのか? 「年下だからといって負けない」という意味だと好意的に解釈しても、それを「年齢において追いつく」と呼ぶのが一般的とは思えない。

さらに言うと、ヌレエフが何よりもダンサーとしてのエリック・ブルーンに心酔していたのは、『ヌレエフ』を読んでいてすらうかがえる。ヌレエフが「年齢だけでなくバレエテクニックにおいても追いつきたがる」という表現は、バレエより年齢を先に重視しているようで、しっくりこない。

大物のバレエ愛好家がいる場所で注目されない

P.73 そこではルドルフの存在は注目には値しなかった。(原文比較5)

ソ連政府のお偉方が集うパーティで踊るために呼ばれたことについて。この直後に続く「フルシチョフ夫人はバレエ愛好家」は、逆にヌレエフが注目される立派な理由となっている。さらに「フルシチョフ夫人はルドルフの流儀を認めていなかった」とか「ルドルフは高官たちの前で失敗してしまった」とか続くなら、文全体としての整合性は保たれるだろう。しかし読み進めても、ヌレエフは名誉な場所で任務をこなしており、注目に値しない理由は分からないまま。

意味不明な訳文

既婚ダンサー用の許可

P.77 ヨーロッパ行きに際しルドルフに与えられた許可は、驚くべきことに既婚ダンサー用のものだった。(原文比較3)

既婚ダンサー用の許可を与えられるとはどういう意味なのか、なぜそうなったのか、新倉本にはまったく書かれていない。

お粗末なマスコミにより公演になかなか出られない

P.82 反順応主義者としての評価とお粗末なマスコミによって、五日目の公演からしか出演できなかったのだ。(原文比較3)

ヌレエフが反順応主義者だと評価されていたせいでパリ公演登場が遅くなるという因果関係は分かる。しかしマスコミがお粗末だとなぜヌレエフのパリ・デビューが遅くなるのかが分からない。ヌレエフのデビューを早めるためにマスコミが運動するべきだったとか?

飛行機搭乗と無関係な話の乱入

P.92 彼らは年々狭き門を通過してくる。(原文比較4)

パリから出国しようとしているダンサーたち。その描写の最中にいきなり入団試験か何かの話?

ヌレエフの亡命とアメリカの交渉拒否が並ぶ

P.104 ソヴィエトへの外交上の記録には、ヌレエフの政治的保護要求は、核実験や非武装に関する交渉をアメリカ合衆国が拒否したことと同様に曖昧に記述されていた。(原文比較3)

ソ連に向けた記録にヌレエフの亡命とアメリカの表明を併記する状況が分からない。ヌレエフはフランスで亡命したので、フランスから亡命に関する文書を送ることはあるかも知れない。しかし、その文書でアメリカの交渉拒否について書く必要はあるのだろうか。フランスでなくアメリカからの文書だとすると、今度はヌレエフについて外交文書で書く理由がない。ダンサーに逃げられたのを皮肉るとか?

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する