伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2014.10.16
プティと和解するためヌレエフは自尊心を抑えた
2014.07.22
自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ
2014.02.21
他の誰よりも前に耐えたプティ
2014.01.28
ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない
2014.01.23
真っ赤になったわけではなさそうなプティ

プティと和解するためヌレエフは自尊心を抑えた

『密なる時』P.79-80:
電話の切り際に私は「私は君が好きだ、わかっていると思うけれど」と言った。多分彼は自尊心を保とうとしたのだろう。とまどいながらくぐもった声で答えた。「僕もあなたを愛している」
プティ原本:
J'ai raccroché en lui déclarant « je t'aime bien tu sais » et lui de répondre avec une voix pâle et hésitante, car il lui fallait mettre un mouchoir sur son amour-propre, « I love you too ».
Telperion訳:
私は電話を切り、そのときはっきりと言った。「好きだよ、知ってるだろう」。そして彼は答え、その声は力がなく、ためらいがちだった。自分のプライドにハンカチをかける必要があったからだ。「私も好きだ」

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演がきっかけで数年間絶交していたプティに、ヌレエフが訪問を告げる電話をかけた。その切り際の会話。

ハンカチをかけるのは保つのではなく隠すためでは?

上では文脈紹介のために1つの文をすべて引用したが、私が取り上げたいのは、ヌレエフが弱い声で答えた理由としてプティが書いたこと。

プティ原本:
car il lui fallait mettre un mouchoir sur son amour-propre,
直訳:
なぜなら彼は彼の自尊心の上にハンカチを置く必要があったからだ。
新倉訳:
多分彼は自尊心を保とうとしたのだろう。

「~の上にハンカチを置く」(mettre un mouchoir sur ~)とはどういう意味か。プログレッシブ仏和辞典第2版やラルース仏語辞典を探しても、そういうイディオムは見かけなかった。新倉真由美が出した答えは「自尊心を保つ」。しかし私は次の理由で、この解釈が妥当だと思えない。

直訳から離れ過ぎ
ハンカチをかぶせたくらいで物を守れはしないだろう。だから「保つ」を「上にハンカチをかける」に言い換えるのは理にかなうように思えない。すでに定着している慣用句なら、奇妙な表現でも受け入れるしかない。しかしこの場合は、新たな慣用句を考案するようなもの。文字通りの表現を尊重しないと、やりたい放題になりそうで危険。
ヌレエフの言動との整合性がない
和解を拒絶し続けてきた相手に自ら電話をかけ、相手の「好きだよ」に「私もだ」と返す。果たして自尊心を保ちながらできる行為だろうか。「そこまで言うなら過去のことは水に流してもいい」くらいの返答のほうが、自尊心は満たされるだろう。

私の考えでは、「自尊心の上にハンカチを置く」とは、「自尊心を見ないようにする、隠す」の言い換え。「ここまで頭を下げて悔しくないのか」という自尊心の声を黙らせる必要があったから、声から力が失われたのだろう。

原著者の表現を変えるときは慎重に

「自尊心にハンカチをかける」が「自尊心をわきに押しやる」だという私の解釈は、文脈と直訳から独自に編み出したものなので、絶対に正しいとは言い切れない。その場合、私は下手に言い換えて元の意味が失われる危険を冒すよりは、原著者の言い方をそのまま使うことにしている。

解釈に迷う表現に出会ったとき、新倉真由美はその表現をそのまま使うより、自分の解釈に言い換え、読者にその解釈だけを信じさせる傾向がある。しかし私は、新倉真由美の不確かな言い換えより、たとえ分かりにくくても原著者の表現を読みたい。

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2016/12/9
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自分から和解を持ちかけようとはしなかったプティ

『密なる時』P.79:
本当のことを言えば、私は和解を願い、怪人ヌレエフが同意の兆候を見せてくれることだけを待っていたのだった。
プティ原本:
En réalité je n'attendais qu'un signe du monstre pour la réconciliation que j'espérais.
Telperion訳:
実際には私は、期待していた和解の合図を怪物が見せることだけを待っていた。

1983年の「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演がもとで約5年ヌレエフと絶交したプティ。プティは共通の知人が仲直りのために2人を会わせようとする試みをすべて拒絶したことを書いた直後の文。

プティが求めたのはヌレエフからの働きかけ

プティが待ったのは、和解のための怪物(ヌレエフ)の合図(un signe du monstre pour la réconciliation)。プティは確かに和解を望んだが、そのための合図をするのはヌレエフであるべきだと思っていた。

しかし新倉真由美は、ヌレエフが合図する目的を「同意」だとした。このため、まずプティがヌレエフに和解の願いを伝え、ヌレエフの同意を待つという構図になった。

プティはヌレエフからの申し出を勝ち取った

プティは序文で、2人が衝突してほとぼりが冷めた後、「それぞれが相手の歩み寄りを待っていた」と書いている。つまり、仲直りしたくても、相手が和解を望んだから承知したという体裁を取りたい。だから「ノートルダム・ド・パリ」事件の後、プティは共通の知人による和解のセッティングを拒否した。結局和解が成立するのは、ヌレエフ自らがプティに電話をかけたとき。「それぞれが相手の歩み寄りを待った」と書いたプティだが、この件ではプティはヌレエフの歩み寄りを待ち続け、ついに勝ち取った。

新倉真由美が持ち込んだ「同意」という一言のせいで、「仲直りしたければ向こうから申し出るべき」というプティの自尊心は消えた。しかも単なる「見せるのを待つ」でなく「見せてくれるのを待つ」。新倉真由美は「~してくれる」という言い方を非常に好むが、自分からは和解に向けて動かなかったプティを描写するには、あまりにも低姿勢な表現。

『密なる時』のプティがヌレエフに低姿勢な例

新倉真由美が『密なる時』で描くプティが、原本に比べてヌレエフに腰が低いと私が思うのは、ここだけではない。

プティは振付家としてヌレエフを従わせるつもり
ヌレエフに対する指示の出し方が「~できるだろうか」
ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない
ヌレエフの毒舌に動揺したと書かれたのがプティだけ
和解後のプティとヌレエフ
「彼は喧嘩をためらった」が「我々は喧嘩をためらった」に

この記事もそうだが、いずれもデリケートな違い。『密なる時』だけを読むなら、これらを一度に読んでも、訳者の偏見を疑わずに「原本とちょっと印象が違う」くらいで済んだと思う。しかし私は新倉真由美の次作『ヌレエフ』を読んだ。あの本で新倉真由美がヌレエフの傍若無人さを散々誇張する兆しは、『密なる時』ですでに生まれているような気がしてならない。

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2016/12/9
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他の誰よりも前に耐えたプティ

『密なる時』P.76-77:
当初私はなんとか彼の急変ぶりに耐えようと試みたが、彼との殴り合いを回避するにはこれ以外の解決策が見つからなかった。もし喧嘩になったら、この愛してやまない怪物と私は転げ回って殴り合ったかもしれない。
プティ原本:
J'étais le premier à supporter cette crise, mais n'avais pas d'autre solution pour éviter le pugilat dans lequel le monstre aurait tant aimé se rouler avec moi.
Telperion訳:
私はこの危機に誰よりも真っ先に耐えたが、殴り合いを回避するには、他に解決法はなかった。もし殴り合いになれば、あの怪物は私と共に転げ回るのを大変気に入ったろうが。

「ノートルダム・ド・パリ」ニューヨーク公演の打ち上げパーティーでヌレエフに悪罵を浴びせられた翌日、絶交に踏み切ったプティ。

ヌレエフへの愛情は話題になっていない

文の最後の"le monstre aurait tant aimé se rouler avec moi"は、プティが回避した"le pugilat"(殴り合い)を修飾する関係節から関係詞"dans lequel"を除いた文。この殴り合いが実現したら行われたろうことを述べている。これを訳すと、「怪物は私と共に転げ回るのを大変好んだであろう」となる。

構文解析

  • 主語は"le monstre"(怪物)
  • 述語は"aurait aimé"(好んだであろう)
  • 目的語は"se rouler avec moi"(私とともに転げ回る)

新倉真由美は恐らくこう解釈している。

  • 主語は"le monstre tant aimé"(大変愛される怪物)
  • 述語は"aurait se rouler"(転げ回ったであろう)

それが正しくない理由は次のとおり。

  • aiméはauraitより遠くにある"le monstre"にはつながらない
  • auraitはaiméより遠くにある"se rouler"にはつながらない
  • auraitと動詞の原形"se rouler"が合わさってひとつの述語になることはありえない

「最初にする人」と「最初にすること」の違い

最初の原文"J'étais le premier à supporter cette crise"の直訳は、「私はこの危機に耐える最初の人間だった」。"le premier à ~(動詞の不定詞)"は「~する最初の人/もの」だが、主語は私(J')なのだから、premierは「最初のもの」でなく「最初の人」。

「~する最初の人/もの」という言い回しを消さずに、対応する新倉真由美の訳「当初私はなんとか彼の急変ぶりに耐えようと試みた」を書き直すと、「私がした最初のことは、なんとか彼の急変ぶりに耐えようと試みることだった」といった形になる。つまり、最初なのはプティの耐えるという行動。

まとめるとこうなる。

プティの文
  • 最初なのはプティ自身
  • 比べる対象は他の人びと
新倉真由美の文
  • 最初なのはプティの耐えるという行動
  • 比べる対象はプティのしうる他の行動

プティの言葉がどういう意味なのか、私の推測は2つある。

  1. 「この危機」とは打ち上げパーティーの事件だけでなく、稽古中から積み重なってきたプティとヌレエフの不仲全体を指している。「私は誰よりも前から耐えてきた」と言うことで、堪忍袋の緒が切れるのが必然だったと訴えている。
  2. 「私はこの危機に最初に耐える」とは、普段のプティに関する一般論。「私はダンサーからの罵倒ごとき、他の誰よりも難なく受け流すことができる」と言うことで、それをこの時できなかったプティがどれだけ精神的に痛手を受けていたかをほのめかしている。

2番目の推測の場合だと「この危機」より「このような危機」と言いそうなので、私は1番目の推測に傾いている。でも私の語学力では、2番目の推測がありえないとは言い切れない。

1番目の推測どおりの場合、プティの「他の誰よりも前から」も、新倉真由美の「他の何よりも前に」も、「早くから」という意味では似たようなものかも知れない。それでも私は「他の誰よりも前から」という表現を尊重したい。プティが自分と比べている相手の中には、間違いなくヌレエフも含まれているはずだから。

ヌレエフの毒舌にプティが動揺したとは限らない

『密なる時』P.41:
彼はそれを使うことを好んでいたが、それは恐怖感やショックを与え、私を情緒不安定にさせた。
プティ原本:
qui font peur, et il aime ça, choquer et rendre son interlocuteur instable.
Telperion訳:
おかげで相手は怖がり、ショックを受け、不安定になったし、彼はそれを気に入っていた。

ヌレエフの話し言葉について述べた長文の最後。この部分は、ヌレエフが多用する攻撃的なアメリカ英語について説明する関係節。文全体を解読するのは私にはとても難しかったので、前の部分は棚上げにした。

話し相手にプティが含まれるかは分からない

  • ヌレエフの言葉が恐れさせ、不快にさせ、不安定にするのは"son interlocuteur"(彼の話し相手)
  • プティはここでヌレエフの言葉づかいや友人関係を長い間語るのだが、その間に自身に触れるのは、「彼はマーゴについて私にこう打ち明けた」だけ。

つまり、「彼の相手」がプティ一人だと決めるべき要素はない。単なる一般論と見なすほうが無難。

ヌレエフが好んだこと

挿入されている"et il aime ça"(そして彼はそれを好んだ)にある指示代名詞ça(それ)は、既出の名詞を厳格に置き換えるよりは、漠然としたことを指すことが多い。この場合、「(ヌレエフの言葉が)相手を恐がらせる」という説明が始まってからçaが現れることから、相手が怖がるという状況を指すのだろうと思う。

新倉真由美の訳を読む限り、ヌレエフが好んだ「それ」と恐怖感を与えた「それ」は同じものに見える。その場合、"qu'il aime et qui font ~"というように、どちらも同じく関係節で説明するほうが自然に思える。

何かとプティの話にする新倉真由美の癖

原本ではプティ自身の話でないのに、訳本ではプティが出てくるのは、『密なる時』ではそう珍しくない。今までにこんな例を見た。

  1. 「観客がタクシーを探した」が「私は群衆に急き立てられながらタクシーを探した」に
  2. 「楽園でテルプシコーレに再会する」が「私の創造する芸術世界の楽園へ再び戻る」に
  3. 「人気のミュージカルを見ないのが不可能だった」に「もはや私には」が追加
  4. 「彼にためらわせた」が「我々にためらわせた」に

ここでの例は最初の2例ほどとんでもなくはないが、それでも強引さを感じる。奇妙な癖だと思う。

真っ赤になったわけではなさそうなプティ

『密なる時』P.32:
この奇想天外な説明に私は赤面し、それが少しどころではなかったことは神様がご存知だろう。
プティ原本:
Suivirent des explications rocambolesques qui me firent monter le rose aux joues, et Dieu sait s'il en faut plus qu'un peu pour me faire rougir.
Telperion訳:
途方もない説明が続いたために私の頬はピンク色が差し、私を赤面させるために必要なことが少しですむかどうかは神のみぞ知る。

初めてフォンテーンとヌレエフに振付けた「失楽園」の初演前、「今日は3回愛し合ったから今夜の気分は最高」みたいなことをヌレエフに言われたプティ。

構文解釈

引用したうち前半の解釈は新倉真由美とそう違わないので、後半に絞って書く。

  • 神が知ることの内容である"s'il en faut plus qu'un peu pour me faire rougir'の直訳は、「私を赤くするために少しのそれより多いものが必要かどうか」。
    • "il faut A pour B"は「BするにはAが必要だ」。その前にs'が付くことで、「BするにはAが必要かどうか」となる。
    • 「少しのそれより多いもの」に当たる語句は、中性代名詞enと"plus qu'un peu"。たとえば「少しの花より多いもの」なら"plus qu'un peu de fleurs"となる。「花」を「それ」に言い換えると、"de fleurs"がenに言い換えられ、述語fautの前に移動する。
  • "Dieu sait ~(神が~を知る)は文脈によって次のことを表す。
    • 「~なのは間違いない」という断言
    • 「~なのは分からない」という不確かさ
    この場合、後に続くのが「~が必要かどうか」という疑問なので、表すのは不確かさ。

プティが言いたいこと

人を赤面させるために必要なものは、無遠慮さ、はしたなさなどいろいろ考えられる。プティは中性代名詞enを使うことで、具体的には明言せずにすませている。「それ」が何なのかを深く考えずにこの後半の文を読むと、「私が少しのことでは赤面しないかどうかは何とも言えない」と言い換えられると思う。

「ヌレエフが露骨なエロ発言をし、プティが頬を染めた」という文脈を考えると、プティを赤面させるのが易しいかどうかに応じて、プティの内心はこんな感じなのだろう。

  • 赤面させるのが易しい
    私はすぐ赤面する人間なのだから、あんなことを言われたら赤くなるに決まっている。
  • 赤面させるのが易しくない
    私は簡単に赤面しない人間なのに、あまりの言い草に赤くなってしまった。

次のことから、私の考えでは「簡単には赤面しない」のほうがありえそう。

  • 「ヌレエフったらあんなこと言って」という気持ちを強調できる。
  • プティは長年バレエ界で仕事をしてきたのだから、ある程度の奇矯さには慣れているだろう。

プティの赤面の程度

もう一つ、私が「プティを赤面させるのは易しくない」説を取る理由がある。引用した前半でプティが"le rose"(バラ色、ピンク)という言葉を使っていること。後半の一般論ではrougir(赤くなる)という単語を使っているが、実際になった色を表すときは赤でなくピンク。プティの頬が染まったとしても、たかが知れていたのではないだろうか。

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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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