伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2016.12.18
エリック・ヴュ=アンを昇進させやすくするためのルグリ昇進
2014.05.16
スノードン家のおざなりな呼び方
2013.08.30
亡命前のヌレエフがCIAに連絡できるとは思えない
2013.08.14
10倍違う署名数
2013.08.04
パリ・オペラ座の外に出たデュポン

エリック・ヴュ=アンを昇進させやすくするためのルグリ昇進

『ヌレエフ』P.260:
ベジャールによれば彼はバレエの責任者とオペラ座の最高顧問アンドレ・ラリックに、何度もエトワール指名について提案を行っていた。そのためプルミエ・ダンスールに配属されていたマニュエル・ルグリのエトワール指名も気まぐれで行われたのではない。
Meyer-Stabley原本:
Selon la version Béjart, à plusieurs reprises le chorégraphe suggère à l'administrateur de la danse et au président du conseil d'administration de l'Opéra, André Larquié, la nomination du danseur comme étoile et, pour que la chose n'ait pas l'air d'un caprice, celle également de Manuel Legris, un premier danseur distribué dans son ballet.
Telperion訳:
ベジャールの説によると、この振付家はバレエの管理担当者とオペラ座理事長アンドレ・ラルキエに、このダンサーをエトワールとして任命することを何度も提案した。そして、ことが気まぐれの雰囲気にならないようにするために、彼のバレエにキャスティングされたプルミエ・ダンスールであるマニュエル・ルグリの任命も。

エリック・ヴュ=アンへのモーリス・ベジャールの肩入れについて。そしてベジャールがヴュ=アンとルグリのエトワール任命を決行したことで、ベジャールとヌレエフが激突することになる。

ヴュ=アンの存在感が薄い新倉真由美訳

ルグリ任命はまだ提案段階

新倉真由美訳では、ベジャールが提案したのは「エトワール指名について」のみ。しかし原文を見ると、"le chorégraphe suggère"(この振付家は提案した)に続く目的語は、接続詞et(および)で結ばれた次の2つ。

la nomination du danseur comme étoile (エトワールとしてのこのダンサーの任命)
celle également de Manuel Legris(マニュエル・ルグリのそれもまた)

新倉訳ではベジャールはエトワール任命について何かを提案しながらルグリ任命を遂行したように見えるが、実際にはルグリの任命も提案しただけの段階。

ベジャールはヴュ=アンを名指しで推薦した

ベジャールの最初の提案が"la nomination du danseur"(このダンサーの任命)なのにも注意してほしい。danseurは一人の男性ダンサー。その前にduが付いていることから、danseurには定冠詞leが付いている。つまりこのダンサーは誰なのか特定された一人だと分かる。この記事で引用した部分の前に、ベジャールがオペラ座で公演する作品2つでヴュ=アンを起用したとある。だからこのダンサーがヴュ=アンなのは明らか。

新倉真由美の「エトワール指名について」だと、このエトワール指名がヴュ=アンのものだと分からない。特定のダンサーにかかわらない一般的な提案のように見える。

ルグリ任命はヴュ=アン任命を有利に運ぶため

原文ではルグリの任命を持ち出す前に次の語句がある。

pour que la chose n'ait pas l'air d'un caprice, (ことが気まぐれの雰囲気にならないようにするために)

"pour que ~(文)"とは「~のために」という目的をあらわす言葉。この場合はベジャールがルグリの任命を提案した目的だと見当が付く。

当時ベジャールがヴュ=アンに目をかけているのはあからさまだった。ヴュ=アンだけのエトワール任命を提案すると、ひいきのダンサーへの単なる執心扱いされ、まともに取り合われない危険があったのではないだろうか。そこでやはり期待が高いルグリの任命も提案することで、客観的に才能を評価したゆえの推薦だと受け入れてもらいやすくするというのが、ベジャールの意図だったのだろう。

新倉真由美が"pour que"(~のために)を無視したために、「気まぐれで行われたのではない」がベジャールの思惑というより実際の出来事に見えてしまう。先に書いた問題点との相乗効果もあり、ルグリの任命がベジャールにとって比較的軽いと新倉訳から読み取るのは難しい。「お気に入りのダンサーのエトワール指名を出し抜かれた」という触れ方といい、新倉真由美にとってこの事件でのヴュ=アンの存在感は軽いのではないかと疑わしくなる個所ではある。

ルグリもベジャールの新作に配役されていた

ルグリの説明である"un premier danseur distribué dans son ballet"にあるdistribuéは、バレエ関連の文では「配役された」という意味。公演におけるダンサーのキャスティングを説明するときにはおなじみの単語。だから"distribué dans son ballet"(彼のバレエで配役された)とは、彼、つまりベジャールのバレエでルグリが役を与えられていたという意味。

実際、ルグリはこのときベジャールの新作バレエにキャスティングされていた。なぜか新倉本では作品名が出ていないが、原本にはこの作品はArepo(『アレポ』)と明記してある。パリ・オペラ座の公演記録サイトMémOpéraには、Arepoが初演され、ベジャールがヴュ=アンとルグリをエトワールに任命した公演の記録も残っている。そこでArepoのDistribution(配役)の項を見ると、ヴュ=アンの名もルグリの名もあるのが分かる。

原著者のミス - ルグリはプルミエ・ダンスールではない

パリ・オペラ座バレエ好きには広く知られていることだろうが、ルグリの説明にある"premier danseur"とは、パリ・オペラ座バレエでエトワールに次ぐ階級。しかし当時のルグリはプルミエ・ダンスールのさらに一つ下の階級であるスジェだった。ルグリは後にヌレエフの意向でスジェから一気にエトワールに任命されるので、プルミエ・ダンスールだったことはない。

アンドレ・ラルキエの地位は新倉真由美の想定より恐らく高い

役職の訳語を見つけるのは私の最も苦手な分野。アンドレ・ラルキエの役職はやむを得ず日本語で書いたとはいえ、これが適訳という自信はない。ただ、気づいた点を一つだけ書いておきたい。

conseilは「顧問」という意味がある言葉だが、"conseil d'administration"の意味は「取締役会」。企業でないオペラ座でこの言葉をそのまま使うわけにはいかないが、最上位の意思決定機関のようには見える。ラルキエはそのprésident(議長、代表取締役など)。

エトワール任命を執り行うオペラ座総裁(directeur de l'Opéra)との違いは分からないが、ラルキエはオペラ座の最高責任者のような地位であり、顧問より権力の中枢に近いように思える。ベジャールがエトワール任命を提案する相手として選ぶのも理にかなう。

この記事は過去記事と他ブログの記事の統合版

この記事は、このブログの別記事と他ブログの記事と内容が重なっている。2つの記事が生まれた時系列は次のとおり。

  1. ここで取り上げた原文と新倉訳の一部について、私がブログ「三日月クラシック」のコメントに投稿
  2. 「三日月クラシック」の作者ミナモトさんに記事「『光と影』原文比較1」(http://lunarudy.blog41.fc2.com/blog-entry-613.html)からで私のコメントを取り上げていただく
  3. 私がこのブログで残りの部分を記事ベジャールが昇進させたいのは主にエリック・ヴュ=アンにする

このため、1つの原文についての指摘が2つのブログにまたがり、全容がつかみにくかった。しかも少し前に「三日月クラシック」が非公開になっているのに気づいたため(注記: 2017年になってから再公開)、読みやすさのために2つの記事の対象個所を1つにまとめた記事を新たに書いた。

スノードン家のおざなりな呼び方

『ヌレエフ』P.244:
スノードン侯
Meyer-Stabley原本:
des Snowdon
Telperion訳:
スノードン一家

ヌレエフのセレブな友人の一例。ここでいうスノードンとはマーガレット王女の夫のこと。もっとも、新倉本でスノードンの名が初めて出るP.202には「マーガレット&スノードン大佐夫妻」とあるし、マーガレットが王妃呼ばわりされているので、新倉本からはスノードンの素性は明らかとは言えない。

新倉訳の不適切さ

一人だけではない

desは"de les"の縮約形。固有名詞の前に付く複数形定冠詞lesは、「~一家、一族」という意味。だからここで言われているのはスノードン一人でなく一家。実際、新倉本P.202~203を読む限り、ヌレエフはスノードンよりマーガレット王女と親しく、一家ぐるみで交際していたらしい。

爵位が違う

古代中国ならいざしらず、現在「なんとか侯」と言えば、侯爵を指すのが普通だろう。しかしスノードンは伯爵。「スノードン伯」という呼び方は比較的見かけるが、「スノードン候」は少なくともgoogle検索では見かけない。

侯爵にされたもう一人の人物

侯爵でない人物が侯と呼ばれた例はもう一つある。ついでにここに書き加えておく。

『ヌレエフ』P.202:
ロスチャイルド候
Meyer-Stabley原本:
Lord Rothschild
Telperion訳:
ロスチャイルド卿

これもヌレエフのセレブな友人。Meyer-Stabley原本では"Jacob Rothschild"、新倉真由美訳では「ヤコブ・ロスチャイルド」と書かれており、イギリスの男爵であるジェイコブ・ロスチャイルドのことだと分かる。Lordは爵位を持つ貴族一般に対する尊称なので、日本語訳は「卿」でいいと思うのだが、新倉真由美はわざわざ侯爵に限定している。

英国王室本を翻訳する予定のはずなのに

爵位を間違えるのは小さなミスと呼んでよい。でも私の気になるのは、『ヌレエフ』より5か月後の2011年4月付で、『ヌレエフ』と同じくMeyer-Stabley原著、新倉真由美訳の『バッキンガム宮殿の日常生活』が文園社から出版されたということ。イギリス王室の豆知識本らしい。『ヌレエフ』出版のためにやむを得ず抱き合わせたのだろうと想像している。

しかし本を出した以上、知識を求めて真剣にその本を手に取る読者がいるはず。その信頼を裏切らないためにも、きちんとした翻訳で出すのが当然と思う。そのためにはイギリス王室に無知ではいられないはず。『ヌレエフ』後の『バッキンガム宮殿』では爵位をろくに調べず創作するような真似を控えるようになったのか、気になるところ。

更新履歴

2016/5/13
諸見出し変更

亡命前のヌレエフがCIAに連絡できるとは思えない

『ヌレエフ』P.107:
ソヴィエト当局の調査書類は、ヌレエフは西側への移住の意志を持ち、クララ・サンをアメリカ人が操作しているCIAの側近にしていた明白な事実があったとしている。
Meyer-Stabley原本:
Le dossier de l'agence soviétique met en évidence le fait que Noureev avait l'intention de passer à l'Ouest, mais surtout, il fait passer Clara Saint pour une proche de la CIA, manipulée par les américains.
Telperion訳:
ソ連当局の書類は、ヌレエフに西側へ渡る意志があったことを明らかにしているが、なかでも、クララ・サンをアメリカ人に操られたCIAの関係者だと思わせている。

ヌレエフの亡命後、KGBがまとめた報告書について。クララ・サンはヌレエフが亡命するのを手助けした。

クララはCIA関係者だと決めつけられたに過ぎない

問題なのは"il fait passer"以降。この中でイディオム"passer pour ~"(~だと見なされる)が使われている。これを踏まえて問題の部分を直訳すると、「彼/それはクララ・サンがアメリカ人に操られたCIAに近い人間だと見なされるようにした」。クララが実際にCIAに近い人間にされたという文ではない。

クララをCIA関係者に仕立てたのは報告書

クララをCIAの手先だと思わせたのは、該当文の主語である男性名詞の代名詞il。これをヌレエフだと解釈するのは、文法的には問題ない。しかし、この部分の前後には、ヌレエフは事前に亡命を計画しなかったと主張していることが書かれている。そのヌレエフが、クララとCIAがつながっていると吹聴するような真似をするのは不自然。

ilが指す男性名詞としては他の候補を探すと、最初の文の主語である"le dossier"(書類)が見つかる。「書類がクララをCIAに近い人間であるように見せた」とは、書類の中でクララがCIAの人間だと書かれているという意味になる。これなら、この後に続く「書類には矛盾がある」という文ともうまくつながる。

新倉本では報告書の内容が奇抜すぎ

KGBがヌレエフの亡命をCIAの陰謀に仕立てようとしたこと自体、無理があるのだろう。しかし、西側でやっと名前が売れ始めたばかりのヌレエフがクララをCIAに送り込んだという新倉本バージョンの報告書は、あまりに実現可能性が低い。あまり無茶な報告書を作っては、中央政府の怒りを余計に買うのではと心配になるくらい。

10倍違う署名数

『ヌレエフ』P.292:
一九七三年世界各国一万名以上の署名入りの嘆願書が作成されたが、なんの返答も得られなかった。
Meyer-Stabley原本:
Une pétition réunissant plus de cent mille signatures recueillies dans le monde entier sera rédigée en 1973 mais n'obtiendra aucune réponse.
Telperion訳:
世界中で集められた10万以上の署名をまとめた嘆願書が1973年に作成されるが、何の返答も得られないことになる。

ソ連に残った母とヌレエフの再会をソ連政府に認めてほしいという嘆願書について。

"cent mille"(10万)を1万と読み違えたという、ごく単純なミス。言われてみれば、集客力抜群だったこの時期のヌレエフのために世界中で集まった署名にしては、1万人は少ない。

署名数が1/10では、嘆願運動の規模がだいぶ落ちる。数値の間違いは語学の試験では取るに足りないミスとされるが、実地の翻訳では侮れない。

パリ・オペラ座の外に出たデュポン

『ヌレエフ』P.277:
パトリック・デュポンは八六年以降彼を閉め出そうとしていたし、
Meyer-Stabley原本:
Patrick Dupond a préféré claquer la porte dès 1986
Telperion訳:
パトリック・デュポンは1986年以降、足音高く飛び出すほうを好み、

ヌレエフがパリ・オペラ座監督だった時期の後期、オペラ座ダンサーとの関係が悪化した例として挙げたこと。もっとも、デュポンの自伝の訳本『パリエトワール』(林修訳、新書館)や下でリンクしたシカゴ・トリビューン紙の記事を読む限り、デュポンはヌレエフと不仲だった素振りを見せていないが。

閉め出すのでなく立ち去る

デュポンの行動である"claquer la porte"の直訳は「扉をばたんと閉める」。何冊もの仏和辞書を当たったが、この言葉について直訳以外の意味は私には見つけられなかった。しかし、フランス語の説明を探すと、"claquer la porte"の比喩的な意味の説明が見つかった。私の訳を添えて引用する。

ラルース仏語辞典
partir brusquement, irrité ou mécontent
苛立つか不満を抱き、不意に立ち去る
有志による辞書サイトWiktionnaire
(Figuré) Quitter brusquement un lieu, une réunion, voire démissionner.
(比喩)ある場所、集まりからだしぬけに去る、ことによると辞職する
フランス語wikipediaよりClaqueの項
partir(立ち去る、飛び出す)

ラルース仏語辞典のサイトに比べると、WiktionnaireやWikipediaの信頼性は落ちるかも知れない。しかし、フランス語では"claquer la porte"はイディオムの1つとして確立しているらしいという例にはなると思う。

上記の説明を原文に当てはめると、デュポンは自らオペラ座から飛び出したということになる。

外部での活動が活発だった当時のデュポン

参考までに、私の目に止まった1980年後半のデュポンの経歴をピックアップしてみる。

  • 1986年、1987年 「デュポンと仲間たち」日本&イタリア公演

    出典: 『パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリ』(ダンスマガジン編、新書館)、恐らく個人の観劇記録サイト

  • 1987年 客演エトワール(英語ではpermanent guest artist)の契約をパリ・オペラ座と交わす

    出典: 『パリ・オペラ座 フランス音楽史を飾る栄光と変遷』(竹原正三著、芸術現代社。「三日月クラシック」の関連記事を参照)、シカゴ・トリビューン紙の記事

  • 1988年 ナンシー・バレエ(現在はCCN Ballet de Lorraine)の芸術監督に就任

    出典: CCN Ballet de Lorraineの沿革ページ

シカゴ・トリビューン紙の記事によると、"permanent guest artist"はパリ・オペラ座で年15回踊る以外は自由に行動できるそう。同じ記事を読むと、デュポンがパリ・オペラ座以外の活動場所を増やすことに力を入れていることが分かる。

実情を反映しない新倉真由美の訳語

「扉をばたんと閉める」から「締め出そうとする」を連想するのは不自然ではない。しかし、イディオムとしての"claquer la porte"の意味を見ても、外部で活躍していた当時のデュポンを見ても、原文を「デュポンがヌレエフを締め出そうとした」とは訳せない。

新倉真由美はP.252で使われている"claquer la porte"を「不平不満」と解釈している。「締め出す」よりは「不平不満を表す」のほうがまだ原語の意味に近い。ここでもそれをならっていれば、当時を知る人にはぴんとこない訳にはならなかったろうに。

更新履歴

2016/5/13
Wiktionnairreやwikipediaからの引用追加、諸見出し変更
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プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

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