伝記『ヌレエフ』の翻訳の検討

『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)と『ヌレエフとの密なる時』(ローラン・プティ著、新倉真由美訳、新風舎)の誤訳と改変。『バッキンガム宮殿の日常生活』(Bertrand Meyer-Stabley著、新倉真由美訳、文園社)の一部も対象

2013.08.04
パリ・オペラ座の外に出たデュポン
2013.06.10
新倉本が招くヌレエフの誤解(3) - 馬耳東風
2013.03.28
デュポンの声明に辛辣さはあるのか
2012.12.04
ヌレエフはパトリック・デュポンのバレエに懐疑的
2012.11.29
課外授業としてヌレエフを見たデュポン

パリ・オペラ座の外に出たデュポン

『ヌレエフ』P.277:
パトリック・デュポンは八六年以降彼を閉め出そうとしていたし、
Meyer-Stabley原本:
Patrick Dupond a préféré claquer la porte dès 1986
Telperion訳:
パトリック・デュポンは1986年以降、足音高く飛び出すほうを好み、

ヌレエフがパリ・オペラ座監督だった時期の後期、オペラ座ダンサーとの関係が悪化した例として挙げたこと。もっとも、デュポンの自伝の訳本『パリエトワール』(林修訳、新書館)や下でリンクしたシカゴ・トリビューン紙の記事を読む限り、デュポンはヌレエフと不仲だった素振りを見せていないが。

閉め出すのでなく立ち去る

デュポンの行動である"claquer la porte"の直訳は「扉をばたんと閉める」。何冊もの仏和辞書を当たったが、この言葉について直訳以外の意味は私には見つけられなかった。しかし、フランス語の説明を探すと、"claquer la porte"の比喩的な意味の説明が見つかった。私の訳を添えて引用する。

ラルース仏語辞典
partir brusquement, irrité ou mécontent
苛立つか不満を抱き、不意に立ち去る
有志による辞書サイトWiktionnaire
(Figuré) Quitter brusquement un lieu, une réunion, voire démissionner.
(比喩)ある場所、集まりからだしぬけに去る、ことによると辞職する
フランス語wikipediaよりClaqueの項
partir(立ち去る、飛び出す)

ラルース仏語辞典のサイトに比べると、WiktionnaireやWikipediaの信頼性は落ちるかも知れない。しかし、フランス語では"claquer la porte"はイディオムの1つとして確立しているらしいという例にはなると思う。

上記の説明を原文に当てはめると、デュポンは自らオペラ座から飛び出したということになる。

外部での活動が活発だった当時のデュポン

参考までに、私の目に止まった1980年後半のデュポンの経歴をピックアップしてみる。

  • 1986年、1987年 「デュポンと仲間たち」日本&イタリア公演

    出典: 『パリ・オペラ座のマニュエル・ルグリ』(ダンスマガジン編、新書館)、恐らく個人の観劇記録サイト

  • 1987年 客演エトワール(英語ではpermanent guest artist)の契約をパリ・オペラ座と交わす

    出典: 『パリ・オペラ座 フランス音楽史を飾る栄光と変遷』(竹原正三著、芸術現代社。「三日月クラシック」の関連記事を参照)、シカゴ・トリビューン紙の記事

  • 1988年 ナンシー・バレエ(現在はCCN Ballet de Lorraine)の芸術監督に就任

    出典: CCN Ballet de Lorraineの沿革ページ

シカゴ・トリビューン紙の記事によると、"permanent guest artist"はパリ・オペラ座で年15回踊る以外は自由に行動できるそう。同じ記事を読むと、デュポンがパリ・オペラ座以外の活動場所を増やすことに力を入れていることが分かる。

実情を反映しない新倉真由美の訳語

「扉をばたんと閉める」から「締め出そうとする」を連想するのは不自然ではない。しかし、イディオムとしての"claquer la porte"の意味を見ても、外部で活躍していた当時のデュポンを見ても、原文を「デュポンがヌレエフを締め出そうとした」とは訳せない。

新倉真由美はP.252で使われている"claquer la porte"を「不平不満」と解釈している。「締め出す」よりは「不平不満を表す」のほうがまだ原語の意味に近い。ここでもそれをならっていれば、当時を知る人にはぴんとこない訳にはならなかったろうに。

更新履歴

2016/5/13
Wiktionnairreやwikipediaからの引用追加、諸見出し変更

新倉本が招くヌレエフの誤解(3) - 馬耳東風

訳本だけに書かれていること、実際にあるにはあるが訳本では誇張されていることは、できれば分けて扱いたいのですが、区別するのが面倒なので、どちらも見出しでは誤解と呼ぶことにしました。

  1. P.255 態度を変えようとせず、耳に入ってくる批判も聞き流していた(「三日月クラシック」の原文比較3より)
  2. P.262 決してベジャールに謝罪しなかった(「三日月クラシック」の原文比較5より)
  3. 辞退が受諾に化ける
  4. 内輪の皮肉が公言のように書かれる
  5. ヌレエフの敵対者への原著者の批判的発言が消滅
  6. 完全撤回が一部撤回のように書かれる

デュポン→ヌレエフ

1番目の項は、抗議ストを匂わせるデュポンが、デュポンらの批判に耳を貸さないヌレエフに化けました。発端は次の2つでしょう。

  • 使役文「~させる」は新倉真由美の不得意分野の一つ
  • 「もし~なら」という意味のs'を新倉真由美が読み落とした

このため、正確な構文解析が不可能となれば、文に散らばった次のような断片を想像だけでつなぎ合わせるしかありません。

  • il laisse entendre(ここでは「彼が理解させる」だと思うが、一番メジャーな意味は「彼が聞かせる」)
  • il ne change pas de comportement(彼が態度を変えない)
  • il risque une grève"(彼がストライキの危険を冒す)

その結果がああなるのも、しかも文冒頭のEt(そして)が反対の訳語「しかし」になるのも、新倉真由美の脳内にいる、他人の言うことを聞かないヌレエフ像のなせるわざでしょう。

ちなみに、デュポンが反発した理由は、ヌレエフが全幕初日に出演する意欲を見せたから。しかしルドルフ・ヌレエフ財団サイトを見る限り、少なくともヌレエフは監督任期中に「ライモンダ」「ロミオとジュリエット」「白鳥の湖」「くるみ割り人形」「シンデレラ」のオペラ座初演に出ていません(「シンデレラ」はVHS版に自身がプロデューサー役で出ていますが、あの役の初演はミカエル・ドナール)。現実のヌレエフは態度を変えざるを得なかったようです。

許さない→謝罪しない

2番目の項で動詞pardonner(許す)が「謝罪する」になるのは、次の理由で私には非常に不可解です。

  • pardonnerは英語pardon(許す)に似た単語なので、むしろ違う意味だったとしても「許す」と訳したくなる単語に思える。
  • そもそも、承認を得たと勘違いしたせいとはいえ、勝手にダンサーをエトワールに任命した上、テレビでヌレエフ追放を訴えたらしいベジャールこそ、先に謝る立場ではないだろうか。

それが「決してベジャールに謝罪しなかった」という、ヌレエフが謝罪すべきだったような言い方になる理由として、「周囲をひっかきまわして平気なヌレエフ」という新倉真由美の先入観をどうしても私は思い浮かべます。

3番目以降の項について

3~5番目の項は訳抜けの連発。「周囲が何と言おうと気にしない」という印象を植え付ける方向の訳抜けの続出にはもやもやします。3番目で否定文を肯定文として訳すのは、故意を疑いたくなるくらい派手なミス。もっとも、新倉真由美はよそで「否定した」を「否定しなかった」としており、意図的にこうする理由は見えないので、本当にこの手の見間違えをするようです。

6番目の項は挙げたなかで唯一、先入観とは無関係なミスだろうと思います。この文を読むのは私も苦労したし、先入観で突っ走るならもっとあからさまな訳文になったのではないかと思うので。

2013/6/28
ヌレエフ財団サイトに「くるみ割り人形」オペラ座初演キャストの記載がなかったので、言及を削除

デュポンの声明に辛辣さはあるのか

以前記事「パリ・オペラ座との関係は監督辞任直後は冷え気味」で、Meyer-Stableyは当時のデュポンに「辛辣さがないわけではない」と書いていることを述べました。それなら、その直後に引用されるデュポンの声明には、その心情がにじみ出ているはずです。なのに訳本ではしごく穏当にヌレエフを立てているのが不自然なので、原文にあたったのですが、私の読解力ではデュポンの意図を解きほぐすことはできませんでした。それでも、構文解析くらいはできるし、訳本と原本の間にはやはり違いが見られるので、原本と訳本の比較だけでも書いておくことにしました。

『ヌレエフ』P.294:
「我々は国際的に認められ厳守されている条件に従い、無条件にスケジュールに従いはしませんが、ヌレエフ氏をいつでも歓迎します。この偉大な芸術家はダンサーの倫理観を啓発しました。それを愚弄するつもりはありません」
Meyer-Stabley原本:
« M. Noureev est le bienvenu, mais à des conditions internationalement reconnues et respectées, non soumises au bon vouloir de son emploi du temps. Ce grand artiste a imposé sur le marché une éthique du danseur, ce n'est pas pour la bafouer. »
Telperion訳:
「ヌレエフ氏を歓迎しますが、国際的に認められ尊重され、氏のスケジュールの熱意には従わない条件のもとでです。この偉大な芸術家は市場にダンサーの倫理を負わせ、それは倫理を愚弄するためではありません」

前半で強調したいのは

最初の文で、まず"M. Noureev est le bienvenu,"(ヌレエフ氏は歓迎される人物です)と言ってから、mais(しかし)の後で条件云々と続けているのは、注意すべきと考えます。以前に記事「ヌレエフが生まれた年のソ連」で、"Certes A, mais B"(なるほどAではあるが、Bである)という譲歩の構文について触れました。certesがなくても、発言者が本当に言いたいのは、「しかし」の前より後にあることが多いというのは、いろいろな文を読んで感じることです。ここでの「歓迎しますが」はヌレエフに注文を付けるのを和らげるための前置きであり、本題は「国際的に認められた条件のもとで」に見えます。「パリ・オペラ座で仕事をするなら、自分のスケジュール優先はやめてもらいます」ということでしょうか。残念ながら、"bon vouloir de son emploi du temps"(彼のスケジュールの熱意)の解釈には困りますが。

後半は直訳だけで手いっぱい

構文解析が最も面倒なのは、最後の文"ce n'est pas pour la bafouer"(これはそれを愚弄するためでない)。文中のla(それ)はbafouer(愚弄する)の目的語であり、女性名詞を指す代名詞。この文の単語のうち、女性名詞はéthique(倫理)だけです。主語である代名詞ce(これ)は、前の文の内容を指すために使われることはしばしばあるので、私はその前の文の内容だと解釈しました。しかし確実ではありません。それにこの文でデュポンが何を言いたいのか、読み取るのは私にはお手上げです。

その前の文"Ce grand artiste a imposé sur le marché une éthique du danseur"(この芸術家はダンサーの倫理を市場に負わせた)で、danseur(ダンサー)は定冠詞が付いた単数形なので、ヌレエフ1人のことです。どうやらヌレエフが自分の倫理を市場に負わせたと言いたいようです。しかし倫理を負わせるというのがどういう意味なのかは分かりません。

ヌレエフはパトリック・デュポンのバレエに懐疑的

『ヌレエフ』P.259:
バレエ以外の分野でも間違いなくスターになるでしょう」
Meyer-Stabley原本:
Il sera certainement une vedette, de la danse ou d'autre chose »
Telperion訳:
もちろんスターになるでしょう、バレエか他のことで」

ヌレエフによるパトリック・デュポン評の締めとなる言葉。

一見ささいな「そして」と「または」の違い

原文で"de la danse"(踊りの)と"d'autre chose"(他のことの)をつなぐ接続詞はou(または)。このため、ヌレエフはデュポンを「スターになるだろう」とは明言しているものの、バレエのスターになるとは断言していないことになる。

新倉真由美はouをet(そして)であるかのように訳している。どちらも非常によく使われる接続詞であり、ありがちな見間違いのように見える。しかし、引用した原文の周りの文を見渡すと、それだけのことには見えなくなってくる。

この言葉はヌレエフが起こしたトラブルの例

ヌレエフがエトワール任命を観客に公開したことを書いた段落の後、原本ではその段落の倍近い長さの段落が続く。ざっと要約すると、「しかしヌレエフはまもなく周囲と衝突する性格に逆戻りした。物を投げたり、公の場でダンサーを批判したり、振り付けた『ワシントン・スクエア』が不評だったり。そしてついにベジャール・ヌレエフ事件が起きた」。そしてヌレエフのデュポン評は、以下の部分の後に丸括弧で囲まれて引用されている。

Meyer-Stabley原本:
il y a des propos acerbes à la presse contre certains danseurs
Telperion訳:
特定のダンサーたちに反対する、マスコミに向けた手厳しい言葉があり

つまりデュポン評はヌレエフのダンサー批判の具体例。このことを念頭に置いてデュポン評を見ると、なるほど「口論した」とか「表面的」とか、穏やかでない。「踊りか他のことのスターになるでしょう」という締めの言葉は、「彼は確かにスターの素質がありますよ、しかしダンサーとしてはどんなものやら」という不信の表れなのだ。

唯一、最初の文"Patrick Dupond est hyperdoué."(新倉真由美の訳は「パトリック・デュポンは群を抜いて優秀なダンサーです」)は褒め言葉かも知れない(hyperdouéは仏和辞書で見つからず、断言はできないが)。しかし他の文のことを考えると、最初の文は「才能は認める、しかし~」という譲歩に過ぎず、ヌレエフが本当に言いたいことではないのだろう。

Meyer-Stableyが明記した「ダンサーに反対する言葉」を消し去った上での「バレエ以外でもスターになる」という訳は、私には不注意でなく意図的に見える。

新倉真由美の文の不自然な点 - 前後とまるでつながらない

訳本では、デュポン評の前後はこうなっている。

  • 直前の文は「任命された最初のダンサーがシルヴィー・ギエムだった」。エトワール任命とヌレエフのかかわりについて述べた段落の最後の文。
  • 直後の文は「そしてついに一九八六年春ベジャール―ヌレエフ事件が起きた」。ベジャールがエリック・ヴュ=アンとマニュエル・ルグリをエトワールに任命した事件の説明の始まり。

この2つの段落に挟まれ、何の説明もなく唐突に「デュポンは優秀です」。その違和感は半端ではない。「前後とのつながりがわからない、脈絡がない」という感想は、「事実と違う」や「論理的に破たんしている」に比べると主観的であり、私にとっては説明が難しいもの。しかしこの部分は、私には「他の人は違和感なしに読めるかも知れない」と思えないくらい、前後どちらの段落とも無関係。

更新履歴

2016/5/5
諸見出し変更

課外授業としてヌレエフを見たデュポン

『ヌレエフ』P.220:
妙技の羅列のみならずクラシックバレエの卓越した技巧を披露した彼は、瞳に微笑みをたたえ“皆さんアンコールをお望みですか?”とでも言いたげだった。
Meyer-Stabley原本:
Une leçon de brio, mais aussi de maîtrise de la danse classique, avec, dans les yeux et le sourire, un je-ne-sais-quoi de royal et divin à la fois qui semblait dire : « Pauvres mortels, en voulez-vous encore ? »
Telperion訳:
名人芸のレッスンだが、同じように古典バレエの自制のレッスンでもあり、目と微笑みの中に、王者らしくもあり神のようでもある名状しがたいものがのぞいており、こう言っているかのようだった。「哀れな人間たちよ、再びこれを望むのか?」

「眠りの森の美女」第三幕のヴァリアシオンを踊った後のヌレエフ。この感想を抱いたのは恐らくパトリック・デュポン。私がそう推測した理由は後で書く。

原文無視が過ぎる点 - ヌレエフの表情

ヌレエフの目と微笑みの中にある"un je-ne-sais-quoi"(名状しがたいもの)とは、royal(王の)であり、divin(神の)であり、そして"pauvres mortels,"(哀れな人間たちよ)と呼びかけているかのよう。微笑んでこそいても、ヌレエフの表情の中にはとてつもなく尊大なものがあったことがうかがえる。これらの形容からは、愛想よく「アンコールをお望みですか?」と問いかけるエンターテイナーの面影を見ることはとても無理。mortelは「死すべき運命の」という形容詞でもあるが、「哀れな死すべき人間」と呼びかけられて「皆さん」と呼ばれるのと同じように感じる人がいるのか疑問。原文で描かれるヌレエフの様子と、新倉真由美が書くところのヌレエフの様子の共通点は、笑みがあることだけだと思う。

引っかかった点

1. encoreは「アンコール」か

最後の"en voulez-vous encore"の直訳は「君たち(あなた方)は再びそれを望むのか」。ここでの「それ」(en)が指すのはヌレエフが見せたばかりの踊りだろうから、「アンコールを望むのか」と同じ意味と言えなくもない。私が自分の訳で「アンコール」という言葉を避けた理由は、以下の2点。

  • encoreは日本語の「アンコール」の語源ではあるが、フランス語のencoreは「まだ、再び」。フランス語で「アンコール」に相当するのはbis。
  • 「哀れな人間たちよ、~を望むのか」という文に「アンコール」という言葉を当てはめるのはそぐわない気がする。

2. maîtriseは「卓越した技巧」か

maîtriseは「制御、自制、すぐれた技量」という意味もある。ただ、ここでは「brio(名人芸)のみならずmaîtriseもある」と言っているので、maîtriseを「すぐれた技量」としてしまうと、同じものを2つ挙げて「こればかりでなくあれもある」と言っていることになり、変な文になる。一応maîtriseには"de la danse classique"が付いているが、2つの同じものを別物のように言っているという事態はほとんど変わらない。ここではmaîtriseの訳語として「制御」とか「自制」とかにしたほうが、直前で書かれている踊りの最中の技巧がbrio、最後の静止がmaîtriseなのだと無理なく読める。

デュポンの自伝との関係

原本でleçon(レッスン)という言葉が出るのはかなり奇異に思えるかも知れない。その疑問を解く鍵は、引用部分の少し前にある。

Meyer-Stabley原本:
Patrick Dupond se souvient dans ses mémoires d'une Belle au bois dormant à Paris en 1973 :
『ヌレエフ』P.220:
パトリック・デュポンは一九七三年パリでの“眠れる森の美女”公演の思い出を語った。

新倉真由美が省略した"dans ses mémoires"(彼の回想録で)から、Meyer-Stableyはデュポンの自伝『Étoile』から引用していることが分かる。明確に括弧で囲まれた引用は直後の一文だけだが、その後に続く第三幕のヴァリアシオンの描写全部が『Étoile』をもとにしていることは、たやすく想像が付く。そこで邦訳『パリのエトワール』(林修訳、新書館)を読むと、当時パリ・オペラ座付属バレエ学校の生徒だったデュポンを、教師ミシェル・ルノーがクラス全員とともにフォンテーンとヌレエフの全幕公演に連れて行ったことが書いてある。この鑑賞はバレエの勉強の一環だと知れば、leçonという言葉はまったく不思議でない。

『パリのエトワール』は『Étoile』をそのまま訳してはいないことは、訳者あとがきで明記されている。邦訳での省略がかなり多いことは、ページ数の差からうかがえる。実際、ヌレエフの偉そうな態度は邦訳には書かれていない。しかし次の一文からは、「妙技のレッスンばかりか自制のレッスン」という原文の面影を感じ取ることができる。

ダンスの輝き、ダンスのコントロールとはまさにこのことだ。

brioには「はつらつさ、快活さ」という意味もある。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Telperion

Author:Telperion
バレエへの関心が芽生えたのは2011年1月。その翌月に読んだ『ヌレエフ 20世紀バレエの神髄 光と影』は、そんな新参の私から見ても、間違いや意味不明な記述が多すぎました。その原因のほとんどが翻訳のひどさだと気づいたことからブログ開設を思い立ち、今は同じ訳者による邦訳本3冊を取り上げています。詳しくはこのブログでしたいこと 第3版をご覧ください。
フランス語の学習を始めたのは『ヌレエフ』に出会う少し前。まだまだ知識は浅く、至らぬところもあるでしょう。お気づきのことはぜひ知らせてください。リンクはご自由に。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
タグ

マーゴ・フォンテーン エリック・ブルーン ノートルダム・ド・パリ パトリック・デュポン マリア・トールチーフ ミック・ジャガー 

全記事表示リンク

全ての記事を表示する